2

というわけで、エールさんから私は2億ジェニーという大金を手に入れてしまった。
もうこれで一生遊んで暮らせるのではないか。本当に。帰る必要なくね?とか思ってしまうあたり、私はなんて現金な奴なのだろう。

それでも、やはり元の世界に戻りたい私は、そっと通帳を閉じた。





昨日の仕事から一夜あけ、下におりると珍しいことにエールさんはすでにもう起きていた。

「エールさん、おはようございます。もう起きてるんですね」
「ヨルはよ。今日は臨時休業だから」
「え、そうなんですか?」
「そうなんだよ」

エールさんはそういうとコーヒー片手に階段のそばに立っている私のそばにやってくる。
私のコーヒーはないみたいだ。

「お前に『念』を教えようと思ってな」
「『ネン』って..前言ってたやつですか…?」
「覚えてたか」

昔、初めてエールさんと会ったときにエールさんがぽつりとつぶやいていたネンというもの。
たしか、そのネンが使えないとこの店にはたどり着けない、とエールさんはあのときいっていたはずだ。

「まずは念について教えてやるから、そこ座れ」

いつもはエールさんが座っている受付の椅子。今日はパソコンもすべてシャットダウンされていて、なんだかとても不思議な感じがした。
言われたとおり椅子に座れば、エールさんは紙とペンをだしてきた。

「念は、人なら誰しもが持ってるオーラだ。精孔っつー穴からそのオーラが流れてる。普通の人間はその精孔を塞いでて、微弱なオーラしか流れていない。だけど、二つの方法で精孔をあけさせて念に覚醒させるんだ」
「二つの方法ですか」
「一つ目は瞑想とか座禅でゆっくり開ける方法。次に、念能力者が無理矢理あける方法。前者は時間がかかる場合もあるし、すぐに開く場合もある。個人差によるな。後者は未熟な者にやられるとすぐに死ぬ場合がある」

紙に書かれた「座禅、無理矢理」という文字を交互に見比べる。さぁ、どうする?と、エールさんはにやりと笑いながら言った。

「まず質問があります」
「あぁ」
「その念がないと、私は元の世界に帰れませんか」
「100%そうとは言い切れねーが、お前をこの世界に送ったやつは念能力者である確率が高い。そうなると、お前も念能力者じゃないと帰れない可能性が高くなるな」
「なるほど..」
「ほかは?」

確かに、昔エールさんが言っていた。
私をこの世界に送った人はきっとハイリスクハイリターンで私を送っていると。おそらく死んでいる可能性もあるのだろう。
とにかく、元の世界に戻ることが目的の私は、念を覚えないと話にならない。

そう、エールさんはいいたいのだろう。

「いえ、特にありません」
「なら、今から精孔開くから」
「…え?」
「俺が今開けるから背中むけろ」
「…え?」

いや、エールさんが未熟だとかそういってるんじゃないけれど、死ぬ可能性もあるのに?

「大丈夫だ、俺熟してるから」
「そういう問題じゃ!!」

言い終わるまえに、エールさんが私が座っていた椅子をまわして逆にさせる。なにか反論しようとするまえに、すでに彼は手を私の背中にあわせるようにして何かをした。

そう、何かを。


「…!!!!!」

押されているわけじゃない。それは分かっているのに、明らかになにかに押されている。椅子から転げ落ちた私は、よく分からないものを身にまとい、息が荒くなった。

呼吸がつらい。息の仕方をわすれてしまった。一度死にそうな体験をしてからというもの、死への恐怖は人一倍な私。



死にたくない。


そういう目でエールさんをみれば、エールさんは次は確実に私の背中に手をあわせて、ゆっくり息をしろと、そういってくれた。

大きく、ゆっくりと。
エールさんの呼吸に合わせて私も息をする。

「吸って、吐いて。もう一度、吸って…」

やっと落ちついてきた。そう思ったとき、よくみれば私の体をまるで水のようなものが包み込んでいた。

「それが念の基本、纏だ。念には基本の四大行があってな、纏、絶、練、発。今のお前のその状態は纏。オーラを体の周囲にとどませるんだ」

ゆっくり、エールさんは分かりやすく私に語りかける。
背中からエールさんの手が離れた。私はゆったりと立ち上がり、手を開いたりとじたりしてみる。

「どうだ?」
「なんか、不思議な感覚です」
「だろ。明日から修行だ。今日は疲れただろうからもうあがれ」

まだ、昼の12時すぎなのに、言われたようにどっと疲れがおそってきた。本当に、目もあけられないくらいの疲れが襲ってきて。私はその場でエールさんに倒れ込むかのように眠ってしまったのだ。

- 9 -

<< >>

しおりを挟む

ALICE+