Oh, sleepy. I want to see a good dream.


 あるところに、なんとも珍しい六つ子の兄弟がおりました。上からおそ松、カラ松、チョロ松、一松、十四松、トド松と言いました。まあ、上からも何もみんな同じ年なのですけれどね。
 さて、クソがいくつついても足りないくらいのやんちゃ盛りの子供時代を経て、彼らは大人になったのですが、やることといったら食って排泄して自慰して寝るくらいのもの。その傍ら日々の暇を潰すにはどうしたらいいのかを模索するニートとなっていたのです。
 六人も兄弟がいて誰一人として働いていないだなんて、ある意味奇跡と言えましょうか。
 そんなクズ人間六人は当然のように女の子達に見向きもされません。トド松曰く、「僕らはカースト中のカースト、暗黒大魔界底辺にいる人間なんだ」ということ。
 日々女に飢えている彼らにはご近所に憧れてやまないマドンナがおりました。
 その子の名前はトト子ちゃん。なかなか腹のなかが真っ黒で悪どい女の子なのですけれど、いかんせん可愛いのです。
 それはもう、可愛いのです。「トト子ってぇ、すっごく可愛いでしょ〜?だから、ちやほやされて生きていきたいのよね〜!」と自ら公言してしまうほどです。それが許される容姿が彼女にはありました。
 くりくりぱっちりのお目々に長い長い睫毛、ぷるんと潤った桃色の唇、ぽいんと突き出た胸とお尻。
 女の子でも思わず羨望の眼差しを向けてしまうような容姿端麗なトト子ちゃんの性格がどんなに悪くても、彼ら六つ子には何の問題もないのでした。
 こんなにも強烈な人が密集していると、赤塚区は変人の集まる町なのかしらと思えてきますが、それは錯覚ではありません。
 そうそう、あともう一人、この物語に欠かせない人物がいました。
 悪女のトト子ちゃんとクズの六つ子。この二つに挟まれていつも苦労している女の子がいたのです。
 それがななしちゃんでした。
 昔こそ純粋で優しかったななしちゃんでしたが、六つ子とトト子ちゃんに鍛え上げられた今ではすっかり口の悪い女の子へと成長してしまったのです。
 六つ子は気が多いですからね。もちろんななしちゃんのこともマドンナのトト子ちゃんと同じくらい──いや、やっぱりその次くらいかもしれません、いやいやでもやっぱりトト子ちゃんよりも──大切に思っていて、今でも何かとちょっかいをかけているのでした。
 さて、この物語はそんな六つ子とトト子ちゃんとななしちゃんがおくる慌ただしい日常とほんの少しだけ甘酸っぱいお話なのでした。
 それでは、はじまり、はじまりー。





 私の日常はスマートフォンのアラームで八時に起きてトイレを済ませ、歯を磨くことから始まる。
 歯ブラシをくわえながらリビングに戻ってソファに腰掛けるとテレビをつけた。こうしてニュースを見ながら歯を磨くのも習慣だった。
 大体五分ほど歯を磨くとまた洗面台に戻って、口をゆすいで、顔を洗う。
 水の冷たさに思わずぎゅっと目を瞑った。ほのぼのと暖かい春が待ち遠しい。
 顔をタオルで拭いてから、洗面台のコンセントにヘアーアイロンをさして電源を入れた。温まるまでの間に化粧をすませてしまう。
 リビングに戻ってソファに座った。前髪をピンで留めて化粧水を肌につけ始めたところで、お向かいの家から窓の割れる音がした。
 同時に、おいコラ長男ふざけんな死ね!という物騒な怒声も聞こえてくる。
 朝からうんざりした思いが芽生えて、思わず溜息が漏れた。あの騒ぎが飛び火してこないことを祈るばかりである。いや、たとえ飛び火してこようと、我関せずで通すだけの話しだけれど。
 テレビを見ながら、二十分ほどで化粧を終える。ニュースでは有名人が麻薬で捕まったというテロップが流れていた。それを見て、ぱっと脳裏に六つ子が出てきたのはなぜだろう。
 テレビを切り、洗面台に行くとすっかり温まったヘアーアイロンで髪の毛をくるりとワンカールさせる。パーマの失敗で痛みまくった髪の毛はヘアーアイロンなしでは人前に出ることも叶わないのだ。
 その間もお向かいの兄弟喧嘩は続いていたが、もう慣れたものだった。どうせもうあと十分もしたらしんと静まりかえる。今はまだ朝の八時半だ。彼ら六つ子が普段起きている時間よりもだいぶ早い。そのうち疲れて寝てしまうに決まっていた。
 髪を巻き終えるとコンセントを引っこ抜く。それから簡単に着替えると、鞄を手に取り、コートを羽織り、マフラーを巻いて車のキーを持つ。そろそろ家を出ないと仕事先に間に合わない。
 靴を履くと家を出た。松野家二階の窓が割れていて、道路にはガラスが散乱している。二階の窓は段ボールで取り敢えず塞いでいるようだった。
 道路にガラスをばら撒きっぱなしって危ないのに、誰も出てくる気配がない。彼らはやはりクズだと思いながら玄関の鍵を閉めた。
 隣の車庫に向かおうとすると、がらがらがら、と古き良き引き戸の音がした。見てみるとぼさぼさの寝癖からたんこぶをのぞかせたおそ松がちりとりと箒を手に、ぶつくさと文句を言っていた。
「あいつらほんっと容赦ねーなー。俺、お兄ちゃんなんだけど長男なんだけど。ってか俺悪くなくね?なんなの、あいつら。まじないわーほんっとないわー」
 なんだかんだ片付けるのかと思うと、彼らも思ったよりクズではないらしい。いや、朝から窓ガラスを割っている時点でクズには変わりないのだけれど。
 ほんの少し見ていただけなのに、ぱちりと目が合ってしまった。最悪だ。
 おそ松の顔がみるみるうちに輝き出す。いやっほーい!と叫びかねない目の輝きをしている。それに反して私の顔はみるみるうちに引き攣っていった。
 箒とちりとりを後ろに放り投げて、ひょいと私の方やってくるものだから、私はさっと身を翻して車庫のシャッターを開けるためにポケットを探りながらしゃがみこんだ。そんなことは虚しい動作に終わることが常なのだけれど。
 おそ松が私を覗き込んだ。
「朝から会えるなんてすっげーついてる!今日も可愛いね」
「うるせー、話しかけるなクズ」
「朝一番からクズ!?ひどくね!?」
 シャッターの鍵を開けて、上に引き上げるとがらがらと騒がしい音がした。「俺まだ何にも悪いことしてないよ?」という言葉も無視をする。まだとはなんだ、まだとは。これから何かするつもりなのだろうか。
「早く片付けたら」
「ああ、いーのいーの。あんなんあとでやるからさ。それかカラ松に押し付けちゃえばいいし。今はななしちゃんと喋ってる方が大事」
「いえそういうの間に合ってるんで。ていうか、お前が悪いんだからお前が片付けろ。カラ松が可哀想だから押し付けるのやめろ」
「かっー!ななしちゃんほんっと冷たいよねー!」
 ──ま、そこがいいんだけど。
 にへらにへらと笑いながらそう言うおそ松にいらっとする。こめかみに青筋が立ったのがわかった。
 この六つ子たちは私の親友兼幼馴染みであるトト子にぞっこんで、自分で言うのもおかしな話だけれど私にも首ったけなのだった。
 それを心底鬱陶しく感じているからか、態度に出ることも多い。
 昔の私なら六つ子から好かれたら喜んでいたかもしれないが、トト子も好きで私のことも同じくらい好きだとのたまう彼らを見限ったのもまたとうの昔のことだった。
 きっと本命はトト子で、誰かがトト子と付き合ってしまったときのために、私はその予備軍でしかないのだろう。
 仏頂面の私に構わずおそ松は笑いながら車庫の中までついてくる。
「ねー、ねー。今日何時に帰ってくる?良かったらチビ太の店で一杯やらね?」
「絶対いや、むり、殺す」
「殺す!?誘っただけで殺されるの、俺!それ物騒すぎない!?殺されるの早すぎてサスペンスドラマにもならなくない!?」
「じゃあ仕事行くから。早くガラス片付けろ。車がパンクした瞬間に殺す」
「ちぇー」
 車に乗り込むと、鞄を助手席に置いてエンジンをかける。さっき放り投げたちりとりと箒を手にしておそ松がぶつぶつと何か言いながら片付けていた。
 ああ、おそ松のせいで十分も無駄にした。
 仕事先に着くのが結構ぎりぎりになりそうで、おそ松に怒りを覚える。
 アクセルを踏んで仕事先へと向かおうと車を車庫から出したところでサイドミラーを見てみると、おそ松が鼻を人差し指でこすってから、ひらりと手を振るのがうつっていた。
 私の朝は大抵こんな感じで始まる。
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