Oh, sleepy. I want to see a good dream.


 車内に流れるクラシックを聴きながら、ようやく一日が終わったことを実感する。
 深い溜息が出た。
 今のところ大して辛い仕事ではないが、ビラ配りという業務が毎日ついて回り、そういったことが苦手な私はそこそこ疲れが溜まるのだった。
 最近転職をしたばかりで業務に慣れることに精一杯なことも、その原因の一つなのだろう。
 車庫に車をおさめて、シャッターをおろす。
 振り返れば向かいの松野家の明かりがもれていた。今朝道路の上にばら撒かれていたガラスたちはすっかり綺麗に片付いている。
 すん、と鼻をひくつかせた。揚げ物のいい匂いがする。私の口から白い息が出ていくのを見ながら、同じような形をした影達が騒々しく動くのを見つめた。
 ──ちょっとおそ松兄さん、僕の唐揚げ食べたでしょ!?
 ──はあ?証拠はあんのかよ、トッティ。
 ──……食べるところ、見たよ。
 ──ばっ、一松なんで言うかなー!そういうの普通言わないでしょー!
 ──やっぱり!ほんっとサイッテーだよねー!クソ松兄さんだよねー!
 ──トド松、僕のあげる!!!
 ──ありがとう、十四松兄さん。
 ──あ、チョロ松。マヨネーズ取って。
 ──あ?てめーもう今朝のこと忘れてんのか、クソ長男。死ね。禿げろ。むしろ全部燃えろ。
 ──おいおい、ブラザー達。喧嘩はもうやめにしないか?俺の心がハートブレイク寸前だぜ。
 ──黙れ、クソ松。
 ──うごおっ!?い、いいアッパーだった…ぜ……。
 ──ほんっとイッタイよねー!
 影が跳ねたり飛んだり、言葉も同じように飛び交いあっている。
 迷惑なほど大きい喧騒だけれど、仕事で廃れた私の心にはじわりじわりと染み込んでくる。なんだかとても温かくて、懐かしい光景が広がっていて、あの六つ子は本当に昔から変わっていないんだと思った。根っこの部分に子供心が残ったまま大人になっている。もう私には無くなったものだった。
 口から漏れ出た白い息が空気に溶けていくと、つんと鼻の奥が痛くなった。自分が帰るべき家を振り返って見てみると真っ暗だ。きっと家の中もしんと静まり返っていて、ひどく寒いに違いない。
 一軒家だから部屋の中が温まるのも時間がかかるだろうし、ご飯も作りたくない。母のご飯が、無性に食べたかった。どんなに声を大にしてそれを言ったところで、もう叶うことはないのだけれど。
 電気のついていない松野家の二階を見てみると、まだダンボールで塞がれたままだった。きっと今日は隙間風で寒いに違いない。でも彼らは六つ子で一緒の布団に寝ているから、そんなに寒くないのかもしれない。
 自宅の玄関の鍵を開けながら、今朝のおそ松の誘いが脳裏をよぎる。
 靴を脱いで靴置きの上に適当に鍵を放った。
 ──チビ太のおでん、行けばよかったかな。
 そんな弱気な思いが心をよぎると、それを振り払うように左右に首を振った。
 いや、そんなことをしたら奴の分も奢らなければならなかっただろうし、あわよくば一発ヤらせてくれないかと頼んできたもしれないし、付き合ってほしいと泣いて迫られていたかもしれない。過去に何度かあった面倒臭い案件諸々を思い出すと、少しは心が落ち着いた。
 やっぱり断って正解だった。
 鼻歌交じりで二階にある自分の部屋に行き、電気をつける。コートを脱いでハンガーにかけた。
 ふと窓の外を見ると、松野家の二階が見える。家の構造が似ているからなのか、向こうの二階の窓と、私の部屋の窓は真向かいにあった。昔はよく六つ子揃ってあの窓から顔を出して私にモーニングコールをしてくれていたこともあったが、立派なクズに育った彼らと起きる時間が違ってきた今ではすっかりそういうこともなくなった。
 床に落ちているジャージのズボンを拾うと、ジーンズを脱いで履きかえる。上のシャツとキャミソールも脱いで、室内だから下着も外そうと背中に手を回した時だった。
 視界の端でぱっと何かが明るくなったのを感じた。自然と目がそちらに向かう。
 ぱちりと目が合った。
 黄緑の服を着た奴だけじゃない。後ろからひょっこりと現れた赤い奴とも目が合う。そしてまた後ろからひょっこりと青、またまたひょっこりと黄色。ピンク、紫。
 六つ子の顔が全て揃って彼らの顔が真っ赤に染まる頃、ようやく私の意識もはっきりとしてきて、わなわなと震える身体を抱きしめながら勢いよくカーテンを閉めた。
 慌ただしくパーカーに袖を通すと、家を飛び出る。
 松野家の二階から興奮したような声がわっとあがるのと、私が松野家の扉を勢いよく開けるのはほぼ同時だった。
「あら、ななしちゃん。こんばんは」
 松代さんがたまたま玄関先にいた。にわこにこと笑う松代さんに小さく頭を下げた。
「こっこんばんは。お邪魔してもいいですか?六つ子に用事が、あって」
「大丈夫よ。ななしちゃんならいつでも歓迎だわ。ニートたちー、ななしちゃんが来たわよー」
 松代さんが二階の階段に向けて声をかけるとぎゃいぎゃいと騒がしかったのが嘘のように、ぴたりと声がやんだ。
 松代さんも、普段なら嬉しそうに階段を駆け下りてくるというのにいつもとは違う反応が返ってきて、困惑したように小首をかしげた。
「おかしいわねぇ。いつもなら直ぐにおりてくるのに」
「あ、大丈夫です。私から行くので」
「ゆっくりしていってちょうだい」
 ありがとうございます、とお礼を言いながら靴を脱いで整えた。その時、視界の隅に入り込んできたのは傘立ての隣にある金属バットだった。私はそれを咄嗟に手にとると、ゆっくりと階段を踏みしめるのだった。
 ぎしりぎしりと軋む階段を登り終えると、金属バットを肩に担ぎ、勢いよく襖を開いた。「ひいっ!」という6人分の情けない声が聞こえる。
 同時に立てた親指を自分の首元に突きつけて、真横にびっと引いた。
「お前ら全員記憶なくすまで殴る」
「物騒すぎィ!!ななしちゃん、落ち着いてよ!!!!僕らにだって言い分っていうものが──!」
「黙れチョロ松。お前が一番最初に見たってのはわかってるんだ。原型なくなるまでボコす」
「怖すぎだから!洒落になんないから!ちょ、おそ松兄さん、何か──って、お前ほんとに何してんのォ!?」
 びょーんとチョロ松の目ん玉が飛び出たものだから私の視線も自然とおそ松に向いた。おそ松はいつも通りにチョロ松に笑いかけている。
「いやー、勃っちゃったから隠そうと思ってさー。でもそんな簡単に隠せないじゃん?だからとりあえずちんこを下に向けようと思って押さえつけてる」
 下に視線を向けてみればジャージの中におそ松の手は突っ込まれていて、何やら股間の辺りがふっくらとしているがそれは膨れ上がったアレを押さえつけるために重ね合わせた手のひらがあるがゆえ、なのだろうか。わかりたくもなかった。
 ぱちんとおそ松がウィンクする。
「これで万事オッケーでしょ」
 チョロ松の大きく開いた口から怒声と唾が飛んだ。
「お前馬鹿なの!?何で女の子を目の前にしてパンツの中のアレ触れんの!?頭おかしすぎんだろ!!!!」
「おそ松、てめーはもう殺す」
 びっと中指を立てる。絶対に殺してやると息巻く私を見ても余裕の笑みを浮かべているのだから憎さしか芽生えない。
 いや、よくよく見てみれば他の四人もなんだかそわそわとしていて挙動不審だ。
 一松はただでさえ猫背なのにもっと猫背だし、十四松は普段通り口を開けて笑いながら万歳している。「ハッスルハッスル、マッスルマッスル!セクロスセクロス!」と騒いでいるあたり、小学三年生くらいで時が止まっているのかもしれないと思った。
 いつも堂々と腰に手を当てて立っているカラ松は足を交差させて立ちながら額をおさえている。きらきらとしたものを振りまいているのを見て、こんな時でもイタさが健在なことを知った。
 いや、額をおさえている手が少し震えているから実は怖いのかもしれない。そんなことを知ったからといって殴る手を緩めるつもりは毛頭ないけれど。
 トド松はといえば一松と十四松の間にいて、十四松の背中に隠れていた。ひょっこりと顔だけのぞかせて、十四松の腕を握ったりしているのが非常にあざとさを感じさせる。
 トド松、と薄く笑って声をかければトド松の肩が大きく跳ねた。そうやって逃げようとしたって、そうはさせない。
「お前のあざとさ、私にはきかないからな」
「ひいっ!ななしちゃん、僕わざとじゃないんだよ!兄さんたちが外見てぼんやりしてたからどうしたんだろうって思って……。それで見てみたらななしちゃんが……」
「わざとじゃなかろうが見たもんは見た。記憶消えるまでボコす」
 ぶんっと金属バットを振る。トド松が怯えてがたがたと震え出した。そんな中、フヒッ……、という不気味な笑い声が聞こえて、ぞっとする。そういえばやばい奴が一人いたのを忘れていた。
「……蔑んでくれてもいいですよ。こんなゴミクズみたいな奴に裸を見られたなんて一生の汚点でしかないでしょ」
 マスクを下にずらした一松の口元はにやけていて、死んだ目もどことなく恍惚としているような気がする。
 今この場の気持ちに任せて一松を罵ることは簡単だが、罵ったらとんでもないことになりそうな気がした。
 とりあえず気絶させておこうと思ったら身体が勝手に動いていて、金属バットを思いきりスウィングして一松の腹を殴っていたのだから私もなかなか感情的だ。流石に頭を殴るのは可哀想だったからできなかったけれど。
 「ボウエ!」という低いうめき声と共に一松が床に伏すと、手の甲で額を拭う。
「よし、まずは一匹」
「えええええええ!?容赦なさすぎでしょおおおお!」
「……でも、そんなななしちゃんが可愛い……」
 フヒッ、と笑いながら震えてうずくまっている一松に賛同するようにチョロ松が大きく頷いた。目の形がピンクのハートだった。
「わかる!!容赦ないななしちゃんも超絶可愛い!!」
「ばっかじゃないの」
 唾を飛ばすチョロ松の下腹部に冷めた視線を向けた。チョロ松はずっと騒いでいるからなのか、勃っている様子はなさそうで安心する。いや、勃っていないことが普通だし、そもそも下着姿を見たくらいで勃つなんてことあり得るのだろうか。
 じろりとチョロ松を見た。そういえば彼らは童貞だったか。
「チョロ松うるさい、黙れ、ご近所迷惑。ただし、ちんこ勃ってないのは評価する」
「女の子が軽々しくちんこなんて言っちゃ駄目だからね!?」
 おそ松はアレが少しは落ち着いたのか、片手だけズボンから出すとチョロ松の肩を叩いた。自分のいちもつに触れた手でよく他人に触ることができるなと思う。
 私だったらあんなことをされたら条件反射で殴り飛ばしていたに違いない。
「まあ、落ち着けって。自分もちんこって言ってんじゃん、シコ松」
 ──めりっ。
 おそ松の顔面にチョロ松の拳が食い込んだ。背中から倒れていくおそ松を見て、よし、と頷く。これであと四匹か。
「黙れ、クソ長男。汚い手で触んな。てめーはいっぺん死ね。二度死ね」
 この時のチョロ松の顔といったら、目が血走っていて放送禁止に近いひどい顔だった。
 おそ松に触られた肩を叩いているチョロ松も、気を抜くとこちら側の人間なのだと勘違いしそうになるから早めに処理しておくに限る。
 ツッコミだし、意外と常識的なことを言うからつい味方だと思いがちだが、もとはといえばチョロ松がさっと視線を逸らさなかったからこうなったのだ。
「チョロ松」
「は、はい!」
 チョロ松の背筋がピンと伸びる。私はパーカーの襟元を掴むとぐいっと引き寄せた。鼻先にチョロ松の顔があって、にっこりと笑う。
「あのさー私思うんだよね。視線なんてすぐに外せたんじゃないの?ってさぁ。何でずっと見てた?」
「すっ、好きな子のラッキースケベだから思わず見てしまいました!」
「お前が好きなのはトト子だろ!!」
 チョロ松の横っ腹に回し蹴りをすると、蛙が潰れたような声を出して震えながら蹲る。「ななしちゃんのことも同じくらい好き…なん、です……」という最低な発言は聞かなかったことにした。
 これであとはカラ松、十四松、トド松の三人である。彼らさえ始末してしまえばもう何も残らない。
 身を寄せ合ってがたがたと震え出す二人の怯えた目が私を見つめる。
 十四松だけ何にも考えていないような顔をしていて、十四松の頭の上をはてなマークが飛び交う。
「え、なになに?何が始まんの?あれ、なんでななしちゃん、僕のバット持ってんの?」
 今更聞くことなのかと疑問に思うようなことを呟いたかと思えば、十四松が何かを閃いたようにぽんと両手を叩いた。彼の頭の上に光る電球が見える気がする。ああ、嫌な予感しかしない。
「わかった!ななしちゃん野球がしたいんでしょ!うおおおおお、一緒にやりマッスルマッスルー!!」
「ちょ、ちが、やめ、きゃああああ!」
 ぐんと視界が上がる。天井が近い。十四松に持ち上げられたのだ。いや、持ち上げられているというか、お尻か腰の辺りを十四松の両手のひらで押し上げられていると言った方が正しいのかもしれない。
 このまま河原に連れて行かれたら最悪だ。明日も朝早いのに、十四松の野球に付き合わされてしまったら、もう次の日は起きる自信がない。
 六つ子の記憶を消したいだけだったのに、どうしてこう上手くいかないんだろうか。ただ、六つ子を殴って記憶を飛ばせればそれでよかったというのに。
 そんな時、十四松の前にカラ松が立ち塞がった。しどろもどろなのは先ほどまでの怯えが抜けていないからなのだろうか。
「お、おおおい、十四松。も、もう夜だぞ。ななしちゃんは明日も朝早いんだ。野球はまた今度にしよう」
 十四松は、よくわかっていないようで普段通り大きく口を開けて笑いながら小首を傾げていた。それでも、「な?」と宥めるように言うカラ松のなんと頼もしいことか。
「でもななしちゃん僕のバット持ってるし、野球やりたいんじゃないの!?」
「違う、十四松!これはあんたら六つ子を殴るために持ってきただけ!決して野球をするためじゃない!大事なことだからもう一度言う!あんたらを殴るために持ってきただけ!!」
「ななしちゃん今とんでもないこと言ってるんだけどわかってる!?」
 ぎゅっとバットを抱き締めて叫ぶ私のことを見て、トド松も叫ぶ。チョロ松がいない時のトド松は声を張りあげることが多い。
 六つ子どれをとってもクズだけれど、チョロ松とトド松はその中でもまだマシな方なのかもしれない。ただたんに気のせいかもしれないが。いや、気のせいに違いない。
 宥めるカラ松を見ながら、やっぱり頭の上にはてなマークを沢山浮かべる十四松を見て、小さな絶望を抱く。
 このまま連れ去られてしまうかもしれない。かといってこのまま十四松の脳天をバットで叩くこともできなかった。十四松は基本的に無害だから、そんなひどいことはできない。だからつとめて静かに、言い聞かせるように口を開いた。
「十四松、おろして。私、野球しにきたんじゃない。お前たち六つ子がさっき見た記憶を物理的な方法で消しにきただけ」
「えー?さっき見た記憶ってなんすかー?」
 私を見上げながら、ぐりんと首をかしげる十四松に対して、ぐっと言葉が詰まる。
 十四松は見ていないのか。いや、目はあった気がする。
 しかし、目の前の彼が嘘をついているようにも見えない。
 恐る恐る問いかけた。
「……十四松、なんも見てないの?」
「えー、なになに?なんか変なものあったっけー?」
 見ていない、のか。十四松が嘘をついているようには見えない。
 なんだかんだ道路一本挟んだ、しかも窓越しだったのだから光の反射で見えないということもあるのかもしれない。十四松の顔が見えたのも三人の顔が出たくらいの時だったのだし、場所的にそうなってもおかしくはない。
「いや、見てないならいい。殴る手間省ける」
 そもそも十四松の記憶に関しては殴って消すのではなく、言い含めて無理矢理消そうと思っていたから好都合だった。いい含める方が大変だ。
 とりあえずおろして、ともう一度言えば素直におろしてもらえた。
 十四松の腕力が一体どうなっているのか気になるところだが、ある日を境にこうして人間離れし始めたのだから疑問に思うだけ無駄なのだろう。
「じゃあ今度野球しよ!」
「まあ、気が向いたらね」
 曖昧に濁す。相変わらず大口を開けて笑う十四松の体力についていける自信なんて到底ないのだ。
 今はそんなことよりも、二人の男がそろりそろりと部屋から出て行こうとすることの方が問題だった。
「おいコラ待て。さっき見たもん消すまで出すわけないでしょ」
「フッ、じ、実は俺も何も見てないんだマイハニー!ブラザーが何を見ているか気になって顔を出してはみたが、あまり見えなくてな」
「手、震えすぎ。嘘つくなアホ松」
 前髪をなびかせる手が震えすぎてえらいことになっていた。
 そのまま脳天にチョップを食らわせる。カラ松の目ん玉が飛び出た後、そのまま畳の上に白目をむいてごろりと横たわった。これであと一匹だ。
 じりじりと後退するトド松を壁際まで追い詰めた。指の関節をゆっくりと鳴らす。
「腹ァくくりな」
「ななしちゃん考え直して!たかだか下着だよ?昔は一緒にお風呂に入ったこともあるんだよ?下着姿とか今更じゃない?」
「うっさい!」
 昔は昔、今は今。
 カラ松同様、脳天に強烈なチョップを叩き込む。白目をむいて倒れ込んだトド松のスマートフォンを取り上げると写真フォルダを開いて、私の下着姿の写真を消した。
 部屋の明かりに反射して、スマートフォンがきらりと光ったのを見逃してはいなかったのだ。
 消し終えたスマートフォンはトド松に投げ捨てて、室内を見渡すとそこは地獄だった。
 十四松以外は屍のように畳に転がっている。本当に彼らはろくなことをしない。
 確かにカーテンを閉め忘れた私も悪かった。
 それでも、彼らがすぐに視線を外すことは可能だったわけであり、それをしなかった時点で確信犯なのだ。
 十四松にバットを返すと、ゆっくりと伸びをする。もう大分良い時間だった。
「じゃあね、十四松。布団の用意しなよ」
「うぃーっす!またあそぼーね!」
 欠伸をしながら部屋を出ると、本当に眠くなってきた。
 仕事の憂鬱だとか、寂しいと思ったこととか、どうでもよくなってしまっていた。
 玄関先で靴を履く私を見て松代さんが唐揚げをおすそわけしてくれたので、家に帰るなりレンジに放り込んで温め直した。
 素朴な味を堪能しながら、幸せな気持ちにひたるのだった。


「十四松、お前、本当に何にも見てなかったわけ?」
「なにが?」
「ななしちゃんの下着姿だよ!っかー!お前もったいないことしたねぇ」
「見たよ!!」
「……は?」
「ななしちゃんのおっぱい見たよ!」
「んだよそれ!!!なんで見てないなんて言ったんだよ!お前だけ殴られなくてずっりーじゃんよ!」
「だって変なもの見たかって聞かれたから。変なものは見てないけど、ななしちゃんのおっぱいは見たよ!!」
「……あー、お前はそういう奴だったよ、十四松」
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