Oh, sleepy. I want to see a good dream.


「えー、では今から緊急発表会をしたいと思います。皆さん、心して聞くようにお願いします」
 カメラのフラッシュがたかれる音がそこかしこから聞こえてくる。
 眼鏡をしたチョロ松がトト子と私に中に入ってくるよう促した。
 トト子は神妙な顔をして、私はといえばげっそりと頬をこけさせながらトト子の部屋に入った。
 そう、今こうして記者会見のようなものが開かれているのは、狭いトト子の部屋の中で起きていることなのだ。
 大勢の人がぎっしりと小さな部屋に集まっているものだから、人特有の熱気と臭いに更に気分が悪くなる。しかも集まっているのは男ばかりだからそれらがひどい。うっぷとえづきながら、手のひらで口元を覆う。一刻も早くここから出て行きたい。
 隣のトト子がぐすっと鼻をすすって目尻にたまった涙を人差し指でぬぐった。
「今日皆さんにお集まりいただいたのは、トト子の近況をお話ししようと思ったからです。みんなの応援もあって、トト子は今までアイドルをやってくることができました。でも……」
 そこで言葉をきると、ぐっと下唇を噛み締めながら「ああ、トト子これ以上言えない……!」と手のひらで顔を覆い出した。なんとも思わせ振りな態度で、周囲もごくりと生唾を飲み込んで見守っている。
 十四松だけが飄々とした笑顔で「え!?やっとAV出たの!?」と大きな声で叫ぶから、珍しくおそ松が「静かにしろよ十四松!」と殴りつけていた。十四松の口からAVという言葉はあまり聞きたくなかった。
 その様子をトト子の隣にいながら、どこか冷めた目で見ていると「トト子ちゃん、頑張るんだ。ほら、ちゃんとみんなに言わないと……」とチョロ松がさり気なくトト子の肩に手を添えた。
 けれど、私はその手のひらがぎりぎりのところでトト子には触れられず、ふるふると震えていたのを見た。
 おそ松がブーイングしながら手を振り上げる。
「おいこらチョロ松!トト子ちゃんに触ってんじゃねーよ!お前がトト子ちゃんに触るんなら俺はななしちゃんに触るんだからな!」
「やめろ私を巻き込むんじゃないよ、殺すぞ」
「ななしちゃんに少しでも触れたらしばき倒すぞクソ長男」
「扱いがひどい!」
 わっと顔を手のひらで覆って泣き真似をするおそ松は隣に座っていたトド松の肩に寄り添って「トド松ぅ、チョロ松がひどいんだよ〜」とめそめそと言い出したが、トド松はおそ松の存在をないことにすると決めたのか、すんっと真顔になって私たちを見ていた。「あはは、おそ松兄さん無視されちゃったね!」とあっけらかんと笑いながら十四松が言った。
 純粋とは時に恐ろしいものとなる。
 こめかみに青筋を立てながら、チョロ松がこほんと咳をした。
「えー、クソ虫の邪魔が入ってしまいましたが、トト子ちゃん続けてくれますか?」
「はい、わかりました。……トト子、言います」
 ぐっと手を握りしめ、きっと前を見据えたトト子はゆっくりと息を吐き出す。
「実はトト子……全く売れてないんです!!」
 ──ざわっ。
 会場からどよめきがあがる。
「そんな……僕たちのトト子ちゃんが売れてないなんて!そんなの間違ってるよ!」
「当然ザンス!むしろ売れようと思うなら魚から離れるザンスよ!」
「まあ魚系アイドルは難しいだろーなー。なんてったってこれからの時代おでんだ。おでんのコスチュームなら売れるんじゃねーか?ほら、上からボンキュッボンになるようになってんだぜバーロー!」
「ダヨーン!」
 様々な意見が飛び交う中、私は何故こんなにもくだらない茶番に巻き込まれているのかが分からずにいた。
 トト子が涙ながらに話を続けていく。
「来る日も来る日も、トト子は頑張り続けてきました。ライブのおまけに雑魚を渡したり、握手券の代わりにトト子のお店で使える商品券を渡したり、マグロの解体ショーをした時もありました。でも、全く売れてないんです!!だから私、私……!」
 ざわめきが大きくなる。
「まさかトト子ちゃん……!」
「え!?アイドル辞めるの!?じゃあ今度はAV!?」
「……俺たち、応援してるよ」
「フッ……これもまたディスティニー。トト子ちゃん、これを機に俺のワイフにぐほぉ!」
「死ねクソ松」
 バズーカーの音とカラ松の悲鳴が大きく響く。
 六つ子が下手に騒ぐものだから、騒ぎが大きくなってしまっているようだった。 一分も大人しくしていられない彼らは本当に成人しているのか、はなはだ疑問である。
 チョロ松が手を叩いた。
「はい、お静かにお願いします。まだトト子ちゃんの話は終わっていません」
 ざわめきが少しは落ち着いた。チョロ松がちらとトト子を見ると、トト子は大きく頷いてから私の手を握った。私は続く言葉を聞きたくなくて、死んだようにため息をつく。口から魂が抜けていきそうだ。
「私、ななしちゃんとユニットを組むことにしました!一人でだめなら二人で頑張ろうかなって思って。だからこれからもトト子のこと、応援してね!」
 てへっと舌を出したトト子。
 一瞬場がしんとなった。六つ子たちですら俯いている。
 ──ほらやっぱり。私にアイドルなんて本当に無理だからもう本当に帰りたい。
 心臓を鷲掴みにされたようなプレッシャーに吐きそうになる。私のアイドル姿なんて誰も求めていない。
 ふと見てみると六つ子は小刻みに震えていた。そんなに私のアイドル姿が嫌なのかと思って顔をしかめていると、彼らはすぐに顔をあげて高揚感に目を輝かせながら「いやっほー!」「フーー!!」と声をあげた。
「マジで!?ななしちゃんもアイドルになんの!?すっげー!俺たちの女の子が二人もアイドルになっちゃったよー」
「ほんと今回だけはチョロ松兄さんナイス!いつもはクソダサいし女の子が絡むとポンコツ松だけど、今回の判断は間違ってないよね」
「ななしちゃんもAV!?AVに出んの!?」
「十四松、落ち着けって。そもそもアイドルとAVは違うから」
「カラ松ガールがサンシャインのごとき輝きで周囲を照らしていく姿が見られるなんて、運命も悪戯好きだぜ」
 喜びを各自あらわにする六つ子の様子ときゃっきゃっうふふと笑うトト子の様子を見て深い深い溜息をつくと、遠くを見つめながらことの発端に思いを馳せるのだった。


「お願いします!ユニットを組んでください!」
 ホーホケキョと鶯が鳴く。春の近づきを感じる昼下がりだった。
 私の部屋で土下座をするトト子を前に、私も静かに土下座をした。
「嫌です、帰ってください」
 トト子は土下座をしたまま、ダンボールに入った衣装をすっと私の方に差し出してくる。
「じゃあこの服を着て一緒に写真だけでもいいの!お願いします!」
「無理です、既成事実は作りたくないんです」
「もう!なんで駄目なのよ!トト子とななしちゃんの仲じゃない!!」
 きいっとヒステリックを起こすと、立ち上がったトト子が地団駄を踏む。
「だから家の中にいれてるじゃない。これが六つ子だったら門前払いしてたよ」
「あんな奴らと一緒にしないで!」
「いや私からしたらあんたもあいつらもほとんど差はないから。だってあんた、働いてないでしょ。親の脛かじってアイドルやって、たまーに店の手伝いしてるくらいでしょ?クソニートの六つ子より少しマシなだけだよ、世間様から見たらね」
「いいのよ、トト子は可愛いんだから」
「昔っから思ってたけど、あんたのそういうところすっごい尊敬するわ」
 なぜかくるくると回りだしたトト子を見ながら、私は溜息をついた。これは自慢話が長々と始まる合図だ。
「だってぇ、せっかくこんなに可愛く生まれたんだもん。トト子、いっぱいちやほやされたーい!それにそれに、イケメンのお金持ちと結婚していっぱいブランド買い占めて、世界一周して、別荘も100個くらい持ったりして、毎日エステ行ってずっとちやほやされたいの!みんなから羨ましいって思われたいの!トト子はそれが許されるくらい可愛いんだもーん!」
 うふふと夢見る少女のように笑うトト子は確かに可愛いが、言っていることはおそ松並みにくだらない夢物語である。こういうところが六つ子たちとどっこいどっこいなのだということがなぜわからないのだろうか。
 面倒臭くなってきた私は、あしらうように適当に頷きながら自然と棒読みになる。
「あーはいはい。トト子は可愛い、可愛いよ。すんごく可愛い。頑張ってイケメン捕まえてねー。はい、じゃあお帰りください」
「でね、そのためにアイドルを始めたんだけどー」
「人の話を聞けコラ」
 トト子は毛先を指でいじりながら話し続ける。これ以上は何を言っても無駄だということが長い間の付き合いでわかっていたから、今日何回目かの溜息をつく。
「これがぜんっぜん売れないの!!意味わかんない!トト子の何がいけないの?アイドルって可愛ければいいんじゃないの?」
「一生懸命頑張ってるアイドルの皆様方に全力で土下座しろばか!」
 思わずぱこんとトト子の頭を殴る。
「きゃっ、ひっどーい!トト子、パパにもぶたれたことないのに!」
 うるうると目を潤ませて、へたりと床に座り込んだトト子が私に対して上目遣いをした。可愛いことは認めるが、もうこの手にも慣れたものである。だてに幼馴染をしているわけではない。
「とにかく、アイドルなんて無理。もう私もいい歳だよ?あんたもだけどね。でもあんたがやりたいなら、私はとめないよ。あんたの人生だし。ただ、私はやらないしやりたくないの。あんなステージに立って目立つことなんてしたくない」
「でもななしちゃん、大学のときバンド組んでステージに立ってたじゃない!しかもギターボーカルなんて、バンドで一番目立つポジションよ?今さらそれいうのっておかしくなぁい?」
「それはそれ、これはこれ!アイドルとして立つのが無理なの!なんでわかんないの、おばか!」
 トト子は腕を組んでむすっと頬を膨らませた。すっかり不貞腐れている。
「こうなったら助っ人呼ぶんだから」
「は?誰呼ぶ気なの?」
「出てきて、チョロ松くん!」
「トト子ちゃん、呼んだ?」
 口をへの字にしたチョロ松がひょこっと部屋の扉から顔をのぞかせた。私は恐怖のあまり声も出ず、ただビクッと肩をはねさせただけだった。
 ──なぜ、チョロ松がここにいるのだ。なぜ、チョロ松の手の中に私が普段使っている箸が握られているのだ。
 わからないことが多すぎたが、とりあえずチョロ松の顔面にトト子直伝の右ストレートをめりこませた。
「ぐふぅお!」
「ばああああああっか!なんでお前がここにいるんだよ!なんっで箸持ってんだよクソが!!」
 行き場のない怒りをぶつけるように、だんっと床を踏みしめる。
 それから箸をよこせという意味を込めてチョロ松の顔の前に手を差し出す。
 チョロ松は顔面を凹ませながら両手で箸を抱き締めて、ふるふると首を振った。
「箸返せ」
「んぅー、んぅーー、んぅぅうー!」
「いいから返せ!」
「んぅぅーー、んぅぅうぅーーー!」
 私とチョロ松の間にトト子が立ちはだかる。嫌な予感がした。
 トト子が私を見据えて、小悪魔のような笑みを浮かべた。ハタ坊のパーティーの時のように、トト子のお尻からするりと悪魔の尻尾が見える気がする。頭からは二本の角がにょきっと生えた。
「ななしちゃん、交換条件よ。箸を返してほしかったら私とユニットを組んで!」
「やだよ!」
「ななしちゃん、本当にいいの?童貞に使用済みの箸を渡したままにしてどうなるか……。こいつらはクソ童貞なの。持ち帰ったら当然ピーやらピーーーしてピーーーピーーーピーーーなことになるに決まってるわよ!」
 トト子が放送禁止用語を使う度に私の顔は青ざめていく。唇がわなわなと震えて、身体も恐怖のあまり震え出す。彼ら六つ子が箸を使って何をするのか、想像したら震えが止まらないのだ。思わず腕を抱いた。
「い、いや……!無理、そんなの耐えられない……!」
「でしょう?嫌ならトト子とユニットと組むしかないの。ね、トト子とユニット組んでくれるわよね?」
「く、くそっ……!汚いぞ!屈するしかないなんて悔しすぎる!!」
「つまりオッケーってことよね!トト子のためにも頑張ってね」
 らんららんららーん、と鼻歌を歌いながらくるくると踊り出したトト子の前で敗北した私は膝を折った。拳を床に叩きつける。
「うう、ほんっとやだアイドルなんて……!」
「大丈夫だよ、ななしちゃん!全力で僕たちが応援するから!」
「くそばかチョロ松!てめーのせいじゃぼけ!」
 トト子直伝のボディーブローを叩き込んでなお、うずくまるチョロ松の手から私の箸は離れない。ぎゅっと力強く握り締めていた。
「返してよ!ばか!あほ!」
「ななしちゃんの箸に何さらしとんじゃボケェ!!離さんかい!!」
 本家のボディーブローがチョロ松の腹に決まる。ようやくぽろりと、チョロ松の手から離れた。やはり本家の威力は凄まじい。
「はいどうぞ」
 箸を拾ったトト子がにっこりと笑いながら私に差し出す。こんなにも簡単に返ってくることが今はとても憎らしかった。そもそもトト子がチョロ松に盗ませたんじゃないのかという言葉は飲み込んだ。アイドルのユニットを組まされた今、どんな文句も意味がないことなのだから。
 窓の外はすっかり春空で、清々しい青空が広がっていた。
 嬉しそうなトト子をよそに、私は深い深い溜息をついたのだった。

to be continued...

- 10 -

*前 | 次#

ALICE+