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    むかしむかし、ある所に、ひとりの女がおりました。
    たいそう気立ての良い女で、気配りもできりゃ力も強い、父と母の良いところをギュッと集めて煮たような娘でありましたそうな。
    父は鬼狩り様、母は幼い頃病に倒れもはやおらぬ。
    父の振るう剣に憧れ、幼い頃から真似をしては刀を振るうような、そんな女でございました。

    女が15の歳を迎えた頃、買い物に出た帰り道に幼子を拾いました。橋の下にうずくまり、腹が減った、腹が減ったと泣く男の子どもです。
    女は拾うた子どもに獪岳と名付け、我が子としました。

    獪岳の世話に刀の修行、と2足のわらじを履いておりましたら、あれまもうひとり。
    今度は、家で待つ息子と父に山菜でも持って帰ってやろ、と入った山の麓で、これまためんこい子どもがおった。
    女は、ひとりでもふたりでもかわりはせん、と拾うた子どもに善逸と名付け連れ帰りました。

    孫がふたりもできたことに、戸惑っていた父などなんのその。おしめの替え方、食わせる飯はこれ、育てていく方針などを覚えてもらわにゃならん。

    さて、母となったからにはどうするべ、と女は考えた。将来、息子たちが生きやすいように育てていくつもりではあるが、この世はとかく生きにくかった。
    それも全て鬼のせいであった。
    女の父は鬼狩り様の中でもいっとう強い柱と呼ばれるものだった。
    地位と権力、それから給金もはずまれよう。子がふたりもおるのだから、あって損はなかろうと柱となることにした。

    こうしちゃおれん、と発起した女はそれはもう己を鍛えてツテを作っては鬼をバッサバッサとなぎ倒していった。
    そうして3年ほど経つと、女は柱へと任命されたもんで、自分の屋敷をもらった。もらえるもんはもらっておこうか、と頂戴した屋敷であったが、それのなんと便利なこと!
    早速息子たちを住まわせ、人を雇い、修行する日々であった。
    柱となるまでの年月、任務が終わるまでの間息子たちを預けていた父はもうすっかり孫にメロメロであった。

    息子たちが将来胸に抱いた夢を叶えられるよう、女はひたすら鬼を狩る日々。ツテを作るために出会ったものの中に商人や医者などもおったもので、上司の病について相談したり、職場での物流について持ちかけたりと余念がなかった。
    中国で商売をしておったもんと英国なる国で医者をしておったもんとはとりわけ仲が良かった。海外から薬や医学書なんてもんをばんばか仕入れてはどんどん広めていったもんで、随分居心地のよい職場となっておったわ。わはは。

    任務を終えて帰ってみれば、息子たちは寝ながら寂しい寂しいと泣いておるし、屋敷のものに聞けば飯を食う量も少なくなっておるようだし。
    女は反省して、息子たちともっと触れ合えるようにそりゃもう頑張った。
    一日のうち朝と夜は必ず息子たちと飯を食い、夜は息子たちが寝付くまでとなりに寝転がって歌ってやることにした。休みができれば一日中息子たちと泥だらけになりながら遊んだし、稽古の真似事なんてこともした。

    息子たちと作った泥団子は、獪岳がいちばん大きいものを作り、善逸がいっとう丸いもんを作った。
    女が作った泥団子はピカピカ光っておった。本気で磨いてみたらまあ光ること光ること。息子たちが欲しがるもんで、もう一個作って渡してやれば嬉しげに笑っていたので女は幸せだった。

    女の齢が20を過ぎる頃、鬼の首魁と遭遇してボコボコにやられた。そりゃもう酷い有様で、もうちっとお天道様が起きるのが遅かったら女は死んでおった。
    こりゃいかん、と女は一念発起して、怪我が治るなり上司に頼み込んで全国各地に修行に行った。
    技を磨き、剣術を研ぎ澄まし、心身を鍛えて強い女に成長した。

    鬼の首魁のあんちくしょうのせいで、息子たちの未来が暗いと女は知っていたので、それはもう憎し憎しと燃え上がるようだった。やってやろうじゃないか、とおなごにあるまじき形相であった。

    職場の同僚や先達、後輩なんぞもフォローしつつ、子育てに奔走する日々。不謹慎やもしれんが、なんと充実しておることよ。
    職場の人間は大体一度は死にかけるので、それとなく目を光らせて、危機には駆けつけられるように走って助けに入ったことの多いこと。

    その頃には女にも試してみたいことなんぞありましたから、程々に休憩もとりつつ、上手いことやっておりました。

    そうしたら、まだ幼い息子たちが、母ちゃんと同じ仕事がしてえと舌っ足らずな口調で言うもんで、そんなら頑張ってみりゃえかろ、と鍛えてみることにした。
    修行の中で、獪岳はその器用さをのばし、善逸は丁寧に丁寧に取り組む姿勢をのばした。
    善逸の耳がとんでもなくいいらしい、と気付いてからは飛び跳ねるほど嬉しかった。
    そんな耳を持っていてもこれほど優しく育ってくれたことに涙が出たもんだ。

    時が経つのは早いもんで、女が柱になってから結構な年月が過ぎていた。
    女ももう29を過ぎて30になってた。
    そろそろ青年に差し掛かるかの、ぐらいに大きく成長した息子たちが同じ職場に就職して嬉しいやら複雑やらで心のうちはやかましかったが、一緒に過ごせる時間が増えるのでまあよかろ!と前向きに考えておった。

    息子たちが仲良くなった友達に、家族が鬼になったとかいう子もおったし、山でイノシシに育てられたなんて子もおった。
    世の中広いのお、と呑気に茶を啜っておったら上司に呼ばれたり同僚が息子たちの友達に乱暴なことをするもんで拳骨しておいた。お前こんなことする子じゃなかろうに。実弥はけんかっぱやくていかん。

    なんだかんだいいつつ女が一番の古株であったから、その顔を立てて各々自分で判断することに落ち着いた。女が柱に就任した頃の上司の息子が今の上司な訳だが、いかんせん優しい子であったからな。
    小さい頃から耀哉は甘ったれであったな。かわいいやつらよ。

    息子たちも仕事を始め友達もできたようだし、あとは嫁っこか?でも母ちゃんに急かされるのは嫌じゃろな、とのんびり構えておったら、なんぞ鬼の首魁と最終決戦であったわ。
    同僚や後輩もあわせて強いやつと強いやつが戦って生き残る感じ。鬼のあんちくしょう、少年漫画とか好きだな?なんて思いながら鬼を切っておったらな、あの野郎やりやがったのよ。
    女の世界一可愛い息子たちの足やら腕やら、ボキボキっと折りやがってな。女は怒った。大激怒。
    息子たちも引く程だった。


    そりゃ目の前で愛息子たちが怪我させられたらな、怒るわな。鬼の首魁をボッコボコにしてお天道様に焼いてもらようたわ。
    どっちが鬼かわからんほどだったわ。



    鬼の首魁を倒したあとはまあ忙しかった。
    負傷者の手当に残党狩り、これからどうするか。
    鬼が居なくなったなら鬼狩りの仕事は終わりだ。

    女は書類を書いて怪我したヤツらを治して、いくら弱かろうと鬼という鬼は殺してまわった。
    鬼になった人間を元に戻す薬なんかも、英国の仲良しな医者としのぶと珠世がなんか気付いたら完成させておったわ。

    書類を書いて書いて書いてやーーっと終わらせて、後始末を終わらせた頃には女は40も過ぎであった。
    紆余曲折あったが、息子たちも伴侶を見つけ穏やかに暮らせる世の中になった。もう心配することは何もない。
    息子たちが来世でも鬼に出会うことのないよう手は尽くした。後は老後を過ごすだけよ。

    ───────てなわけでな。


    「母は遊びに出かけてきますが盆と正月、それから獪岳と善逸の誕生日には帰りますから探さなくてよろしい」


    おお、息子たちの汚い叫びが聞こえてくるようだ。


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