前に全部捨てちゃいました!
今朝は斉藤が以前通り起こしに来てくれた。何だか久しぶりで、抱き上げられる前に目が覚めた。
早目に起きたので朝礼に行く前に先に隊服に着替えて髪を結って貰う。
[珍しいですね、こんな早く目が覚めるなんて。]
「隊長のお顔見たら嬉しくって目が覚めちゃいました!!」
ブロッキングする手が止まる。鏡に映る斉藤を見やると、照れてくれてるようだ。
小さく笑うと斉藤は少しムスッとした顔をした。あの日以来斉藤はわかりやすく表情が変わるようになった。他の隊員には見せないので、こうやって出してくれる度優越感に浸った。
[そういえば、他に髪飾りは持ってないんですか?]
そう書いて紙を鏡台の机上に置くと、左サイドを上下に分け、上の髪を右に持っていくと編み込みを始めた。
「あー、この紐しか持ってないんですよ。前に全部捨てちゃいました!」
名字は昔を思い出しているのか遠い目をして、乾いた笑い声をあげた。
何か思い入れがあった物なのか。斉藤は自分が面白く思っていないのに気付いた。
残った左サイドの髪をまた右へ持っていき三つ編みを施す。その三つ編みを編み込みしたところへ差し込み、二重の編み込みカチューシャにした。
コテで髪の中間を巻いてボリュームを付け、毛先までクルリとしっかり巻く。
編み込みを固定させるため、後頭部の首元に近い髪と一緒に括りしっかり巻いた。
斉藤のヘアアレンジスキルがメキメキと上がっていくのに、名字はタダでやってもらうの申し訳ないなと感心して見ていた。
編み込みを少し解して緩く整えるとコクリと斉藤が頷く。
[完成ですZ。朝礼に行きましょう。]
鏡に映る自分はカッチリとした隊服に、可愛らしくフワフワと今時の町娘のように整えられていて、自分で言うのは恥ずかしいがお姫様みたいだった。
「か、かわいー!!隊長!すごいです!!くるくるでふわふわです!初めてこんな髪型しましたー!!」
名字は興奮して横を向いたり鏡に近づいたりと忙しなかった。
「いつもありがとうございます!!」
巻いた髪を一束持って振り返りながら、満面の笑みを浮かべる名字はそこら辺の娘と変わりはなかった。
斉藤は照れた様にコテなどを片付け始めた。
朝礼に二人で行く。
まだ時間があるようで大広間には疎らにしか隊士は座ってなかった。
「名字?!お前どうした!!」
「いくら何でも早起きしすぎだ、何かあったのか!!!」
「まだ体が痛むのか?」
起床しての朝礼参加に一同は的外れの心配をしだした。
「おめェらうるせェぞ朝っぱらから。何盛ってやがん……名字?」
「はい!おはようございます!副長!」
「アァ、はよ…じゃねェんだよ!!!何で起きてやがる!!薬か?!まだ抜けねぇのか!!」
瞳孔をガン開きで土方は勢いよくツッコむ。今日もキレキレなツッコミだ。
「隊長が朝起こしに来てくれるのが嬉しくて…、起きちゃいました!」
顔を赤らめて恥ずかしそうに名字は言うと、隊士達はつまらなそうな顔をした。
騒がしい朝礼は始まった。
食堂へ行くと朝礼で見かけなかった沖田が、朝食を食べていた。
「アレ、名字ソレ、終兄さんがかィ?」
湯呑みを持つ手で頭を指さされる。
「はい!今日のは特にすごいかわいいですよね!」
「……、オメェがやるとまあまあになっちまうなァ。」
「失礼ですよ!」
「名字!今日はお姫様みたいだなァ!ガハハハ!」
「……。」
斉藤はじっと談笑している名字を見つめると、名字と目が合った。名字は直ぐにこっちに駆け寄ってきて、隣に座ると嬉しそうに笑った。
「隊長のおかげで皆さんから褒められちゃいました!」
「……。」
斉藤はすこし複雑だった。
この可愛らしい髪型はとても名字に似合っているが、こうもチヤホヤされると取られたように感じて寂しい。
気分を紛らわすように朝食の焼き魚に箸を入れた。
名字は見廻りのついでに銀時の店に寄る。
「何だ犬っころそんなチャラついて。彼氏か?」
「犬じゃないし彼氏でもない!見て!隊長が結ってくれたのー!」
「ヘェ…器用なモンだなァ、俺は朝っぱらからそこまでやれねぇや。」
「銀時の結い方も中々上手だったよ。」
「オマエに比べりゃあ誰でもうめぇよ。まぁ良かったじゃねぇか似合ってるぞ。」
いつもの癖で頭を撫でられそうなところを叩き落とすと、銀時は信じられないとばかりに手を見つめていた。
母さん!名前が反抗期だァアアなんて叫んでいるので、そっと抜け出して屯所へ帰る。
昼食を食べようと斉藤を誘いに行く。
「たーいちょ!ただ今帰りました!お昼にしましょう!」
[はい、今日は唐揚げがメインと聞きましたZ。]
「本当ですか?!やった!唐揚げ!!」
[そういえば、見廻りはどうでした?異常はありませんでしたか?]
「はい!今日も江戸は平和であります!そうそう!隊長のおかげで今日はいろんな人にかわいいと言ってもらえました!ありがとうございます!!」
斉藤はそれを聞いても、あまり嬉しそうにしてくれなかった。
もしかして、髪型は可愛いからこれにしたけど、ホントは似合っていなくてその髪型が可愛いからって調子乗ってんなよとか思ってるのだろうか。
名字は心配になってグルグルと考え込む。
突然斉藤によって髪を解かれる。
えっえっ、まさか当たってた?!マジか!!
焦る名字を他所に棚から紙袋を持ってきた。
そしていつもの様に二つに髪を結い直した。
「折角気に入ってたのに。」
ガッカリとして毛先をいじる名字を見て、少し酷なことをしたかなと思う。
斉藤が鏡を名字の前に差し出すと、名字はキラキラと目を輝かせた。
「か、可愛い髪飾り!!!」
名字の髪には白菫の大きな花の中心に小ぶりな藤紫の花が咲き、白菫の花に負けない藤納戸の大きな蝶々結びの飾り紐が付いた髪飾りが左右で煌めいていた。
可憐で落ち着いた雰囲気のある飾りは、動く度ぶら下がったガラス玉がキラキラと光った。
「こ、これ!」
[髪飾りがあれ以外ないと言ってたので、よろしかったら差し上げますZ。]
まぁ、私が使うことはないので貰ってもらいたいのですが。と書き加えられた。
名字は斉藤は自分に甘すぎると思ったが、自分にしかこうやって世話しないことを知っていた。
「明日も、これで結ってください!」
名字は自分は狡い女だと思った。
斉藤は頼ると断れない事も、お節介だという事も、騙されやすく純粋で心優し過ぎる男だという事も分かっていた。
そんな斉藤が名字は好きだった。
それが尊崇なのか恋情なのか分からなかったが、入隊時に言ったように彼に惚れたのは確かだった。
その想いを覆い隠すように、子供のように笑ってみせると斉藤も口布の下で珍しく笑ったのがわかった。
自分は狡い奴だと名字は笑みを深めた。
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