お下がり下さいませ。
今日も斉藤と見廻りをする。
あの事件以来斉藤は、名字が一人で見廻りをすることを良しとしなくなった。何も連絡しずに一時間も一人で外を出歩こうなら、メールが鬼のようにくるのだ。電話で叱れないからか、メールを送るペースは早い。
しかし、名字も斉藤との見廻りはおやつを食べる次に好きだった。
今回は夜間の見廻りで、名字は初めてなので少し浮き足立っていた。
昼の間中、日に照らされ続けて焼け焦げた地面を伝って、生暖かい風が名字の魚の骨ように編み込まれた髪を揺らす。一緒に髪に編み込まれた白のオーガンジーのリボンだけは、涼し気に宵闇を泳いだ。
「隊長!見てください!綺麗な月ですね!!」
空高く浮かび上がる月は煌々と江戸の街を照らして、ネオンの誘い込むような光を遮り、誰もが月へと視線を向けた。
斉藤は何かを思い出すようにペンを動かした。
[雲ひとつない晴れた空ですからね。]
「そうですねェ。やっぱり夏は雲が少ないです。」
そう返すと斉藤は小さく笑った。
「え?何です?何か私変なこと言いましたか?」
[何でもないんですZ。気にしないでください。]
斉藤は眉を下げて少し呆れたようにするのだった。名字には理解出来なかった。
「でもこんな日は私達の出番はないかもしれませんねェ。明るくてバレちゃいますからね今日なんか。」
[しかし油断は禁物ですZ。光が強ければ強いほど、闇は色濃く潜みます。今夜程の月の日は、闇夜に紛れて何をしているか分からないものです。]
コソコソと話す一人の声とページを捲る音が夜に溶け、月が照らす二人の影を混ぜあわせた。粛然たる雰囲気が二人だけを包み込む。
月に照らされる斉藤を見る、男の人にしては綺麗な顔立ち。太陽のような髪の色なのに月がよく似合う男だ。
名字は斉藤を暫く見つめていたが、カッと目を見開くと背中の刀を素早く抜き、斉藤に向かって振り下ろした。
斉藤の背後からガチッと刃物が競り合うような音が響く。
「隊長。お下がり下さいませ。」
「この!!税金泥棒めェエエ!!!よくも俺をムショに入れやがったな!!」
サッと腕を伸ばし斉藤の背に立つ名字は、自分の背丈より少し小さいだけの刀を構えていた。斉藤は名字をちらりと見た。
獲物の前に興奮する獰猛な犬の様に、血走る目を爛々と輝かせていた。
叢雲が月を覆い隠す。
すると、月影から男の仲間達が出てきて、一斉に名字を切りに掛る。
名字が大太刀を振りかぶると、ブオンッとすざましい音が空間を切り裂く。ライトセーバーなのかそれは。
一振りで二人、三人の男達を伸していく。
名字の攻撃は重く遅く感じられて、隙があるように思えた。しかし、背後を取られた時の名字の斬撃はとても鮮やかで素早かった。
目の前の男を薙ぎ、その勢いのままクルリと後ろの男の頭を斬った。
ただ、出鱈目に長物振り回しているだけのように扱っているが、彼女の大太刀は見事に急所を狙い、相手を行動不能にさせる。
それに、普通の斬撃だと思っていたが、彼女の切った後からは血が出ていない。どう見ても寸前まで刃の方を向けているのに、攻撃後の刀は全て棟の方に向いていた。
打ち合いの時以上の強さ。相当な手練だったようだ。
「御用改めである!!真選組だぞゴラァ!神妙にしやがれ!!」
クワッと瞳孔を開かせて怒鳴る名字は、多分土方の真似をしているつもりなんだろう。
パタリと男達が膝をついて気を失った。
「隊長、お怪我はございませんか?」
斉藤の方に振り向く名字。ギラリと光る目に見つめられる。恐れ慄いた風たちが木々をざわめかせ、雲を晴らした。
大きな月が名字の崇高さを醸し出す様に、名字の後ろで燦然と煌めいていた。
太陽のような暖かい彼女だが、似合うのは今夜のように淑やかに輝く月なのかもしれない。
名字は綺麗だった。
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