私は橙の方が好きです。
騒がしさに目を覚ますと、今日も朝礼の真っ最中だった。
お互いの体温で暑くなった斉藤の足の上を退き、斉藤の隣に座り直す。
「隊長、おはようございます。」
[おはようございます。胸元しっかりなおしてください。]
ノートで目の前を隠す斉藤。名字はサッサと直すと斉藤にもたれ掛かった。また眠気がおそってくる、うつらうつらと近藤の話を聞く。
なんでも今日は縁日らしく、騒ぎが起きないように警備するとのことだ。一部の隊員以外は覆面として行うため、浴衣の着用をするそうだ。
今日の業務を終わらせた後斉藤に、そろそろ着替えてきたらどうだと言われたので着替える。
覆面ということで浴衣は、町娘のような橙色に白と黄色の百合が大きく描かれた物を選んだ。帯には紺の半幅帯を文庫結びにして、その上から重ねる様に白のオーガンジー素材の兵児帯もふわりと文庫結びにして涼しげに見せる。
実はこの浴衣は今度の非番に着ようとして買ったものだった。前の休日の日に夏物を見に行った時に、橙の浴衣に目を奪われたのだ。ちらりと斉藤の顔が浮かんだのは気のせいと思いたい。
化粧を軽く施し、髪を結ってもらうために斉藤の部屋へ向かう。
「隊長ー!準備終わりました!!」
障子戸越しに叫ぶとカタカタと戸が揺れどこかで物が落ちた音がした。
スッと戸が開くと斉藤も浴衣に着替えていた。抹茶色の浴衣は無地で生地の織り具合で模様のように見えて、涼やかだ。角帯は貝の口で結ってあって、斉藤は瀟洒に着こなしていた。普段露出が少ない斉藤だが、浴衣のため骨や筋や良く見える。浴衣から覗く鎖骨や腕の筋などが余計逞しく見える。
いつもの口布は取られていて白く綺麗な首筋がとても優艶であった。
「た、たたいちょう!髪を結っていただけないでしょうか!!」
[どうしたんですか、今日の任務の事緊張しているのですか?]
「い、いえ!!そのような事は!!ただ、……ただ、隊長が美しいなと思い。」
はにかみながら名字は言うと斉藤は真っ赤に顔を染めた。
[それを言うなら名字さんの方ですZ。さぁ、行きましょうか。]
「あ、あの……!」
斉藤は返事を受け付けないとばかりにノートをサッとしまい、早足で玄関まで歩いていった。名字は慌ててその後を追いかける。
斉藤は商店街の方に寄り、躊躇いつつも小物屋へ入っていくのに倣って名字も入る。
店内は可愛らしい置き物や髪留め、食器などが取り揃えてあった。斉藤は早足に髪留めの方へ行くと、ちらりちらりと名字へ視線をやり髪飾りを吟味していた。
これは自意識過剰でなくても、斉藤が自分のために選んでくれてるのだとわかる。
最終的に橙のちりめん髪飾りと紫の花飾りと迷っているらしい。
どちらであわせても違和感はないし、とても可愛らしいデザインだった。
斉藤がちらりと窺うように視線を合わせてくる。胸の奥がキュッと締まる感覚がした。今の仕草は可愛らしく不覚にもときめいてしまった。
「私は橙の方が好きです。何だか落ち着きます。」
ちりめんで作られた橙の小花達が寄り添いあって、不規則に出ている花弁がどうにも斉藤と似ているのだ。
無意識にこちらを選んでしまった。
斉藤を目元を下げたような気がして、名字もくすりと笑い返した。
店主から鏡と櫛を借りて名字の髪を結わえていく。左右に大きな三つ編みを作り、ふわふわと解す。左の一房を右の三つ編みの始点へ入れ込み、右も同じようにすると可愛らしい短髪のようになった。右耳上に髪飾りを差してやると、より一層愛らしくなった。
店を出るともう人で賑わっていた。
「たくさんいますね。」
コクリと頷く。名字を横目で見ると、斜陽が彼女を照らし艶やかな紫の髪を橙に染め上げていた。
今日の彼女は自分の色ばかり身に纏っているように見えて、気分が良くなる感じがした。
これが、部下への占有欲か恋慕なのか。本当は分かっていたが、朱に染まる彼女はいつもより幼く見えて考えるのをやめた。
できればこの関係が違わないように、そのまま無邪気なままでいてほしい。
歩く速度をゆっくりにした。
太陽が沈むよりもゆっくりと二人は歩いた。
ドンッと大きな音と共に空一面に光の花が咲き誇る。
名字は花火の方へ駆けていく。
斉藤は一瞬名字が目の前から消えかけたような気がして、パシリと手を取る。
朧気な姿はハッキリとし、驚いたようにこちらを振り向く名字。
彼女の瞳はアレキサンドライトのように、花火の色を盗って自分の目に赤や緑、紫などに煌めかせる。
[はぐれそうだったので。急にすみません。]
消えていきそうだとは言えなかった。
名字なら本当に何処かへとふわりふわりと飛んでいきそうだったからだ。
「いえ、それじゃあ……このまま、行きましょうか。」
名字は軽くキュッと手を握り返すと、そっぽを向いた。その目は花火を見ること無くただ屋台の光をボーッと見つめているだけだった。
握られたその箇所が暑くて、そこから一つになってしまうのではないかという程安心感があった。二人は寄り添って人混みの中に足を踏み入れた。
- 25 -
*前
次#