ご心配に及びません!
楽しそうに笑う声が遠くに聞こえた。薄い扉を一枚挟んだだけなのに、厚いコンクリートの壁があるように隔離された世界に思えた。
まだ二杯しか飲んでいないのになァ。
熱く火照る身体とは反して顔は真っ青だった。手洗場で顔を洗う。胸のモヤモヤは晴れることは無かったが大分スッキリしたように感じた。
しっかりしなくちゃ。
そろそろ戻ろうとすると隊士の誰かが入ってきた。
「大丈夫か名字。」
「大丈夫です!ご心配に及びません!」
「顔、白いぞ。その辺でも散歩してくるか?」
「いや、大丈夫ですってば、今戻るつもりでしたし。」
肩に腕を回され、酒の匂いが強くする。
こいつ、相当飲んでるなと容易に分かった。
嫌だ嫌だとは言っても身体は怠く、体調も死にたくなるほど悪いため抵抗など意味を成さなかった。
グイグイと腕を押すも相手の方が力強い。
荒い息が気持ち悪い。
抵抗する力がどんどん弱まり、思考もノイズが走るようにままならない。
クイッと腕をキツく掴まれた。バッと勢いよく振り返る。
「オイ、何やってんだ。」
男性用の厠から出てきた土方が名字の腕を掴んでいた。斉藤かと思ったその手は、肉付きが良く力も強かった。
斉藤はこんなに強く触れることは無い、彼はもっと遠慮がちにそっと触れてくる。
土方は隊士へギロリと睨みをきかせると、隊士はスルリと腕を離し乱暴に戸を開けて出ていった。
「もう少し危機感を持て。何かあってからじゃ遅せぇぞ。」
土方は呆れたように、ため息とともに吐き出した。足の力が抜ける。
ストンと腰を抜かすと土方は驚いたようにこちらを向いた。
「名字、お前大丈夫か?」
「ハハハ、腰、抜かしちゃったみたいです。」
酔いがまわりすぎて怠いとかではなく、ただ単にストレスなど限界だった。
涙はとめどなく流れ、手足は震える。
怖さからと言われればそうではないとは言い切れないが、今日は何だかおかしかった。
「すみません、飲みすぎちゃったみたいです。」
「…しっかりしろよ、大人だろ?」
どこかで斉藤が追いかけてきてくれると思ってた。どこかで斉藤が助けてくれると思ってた。どこかで斉藤が。
私、隊長がいないと何も出来ない。
何も言い返すことが出来なくて、強ばった口角を上げることすらできなかった。
何も言葉が紡げない。
ハァ、とため息が聞こえて、土方見る。
「タクシー呼んでやるから、お前はもう帰れ。」
「え…。」
「そんなツラしてちゃァ、美味い酒は飲めねぇよ。子供はもう寝る時間だからな。」
土方はタクシーを呼ぶと名字を抱えて外へ出た。二、三言運転手に何か言うと名字を乗せたタクシーは走り出した。
涙はもう枯れていて、感情まで流れ出たように体は重く動かなかった。
今日は最悪だ。
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