先ほどはお世話になりました
「一本ッ!!!」
焦る審判の声が響いた。
脇腹をうたれた二十九人目の隊士は蹲り、他の隊士に支えられながら別所へ移った。
フーフーっと荒くなった息を整えようと深呼吸をする。
次の相手は誰だと名字は周りを見渡した。
隊士たちは口をあんぐりと開けていて、間抜けに見えた。
先ほどまでは意気揚々と、俺が俺がと言っていたが今は皆座り込んでしまっていた。
「次!」
近藤が言うがもう後がない戦い、誰も立ち上がれなかった。
沖田が仕方がない、と立ち上がろうとしたとき誰かが横を通った。
裾の長い隊服がひらりとゆらめく。
「終兄さん…?」
誰もがその終という人が出てきたことに目を見開いた。
「終、早く終わらせろ。」
どうやら、煙草の男に言われたようだ。
「あ、うんこの人…。」
「……」
「え?!どういう関係!!!」
ぺこりと頭を下げた終という男。
煙草の男が、意外だと言わんばかりに叫んだ。
「先ほどはお世話になりました。ここまで連れてきてくれようとしたこと、少しわかりにくかったですがありがたかったです。」
「…」
「本当は入隊してからお伝えしたかったのですがね。さあ、早速始めましょうか。」
覇気のない瞳はゆらゆらと揺れていた。
案内してくれたこの男まで倒さなければならないことに、すこしショックを受けた。
「終、竹刀を持ってから行けよ。」
煙草の男が竹刀を二本うんこの人に渡した。
あの気の弱さで人を斬ることなどできるのだろうか、しかしその疑問は竹刀を持った彼を見ればすぐわかった。
ヒュンと竹刀で空気を切り裂き構えをとる、目の前の男の瞳は獣だ、狼のようだった。
その瞳の前では名字は、犬っころと同じに感じた。
「始めェ!!!」
お互いバッと近づく。うんこの人は一撃一撃がとても早く、たたみかけるように攻めてくるタイプだった。
武器は脇差ぐらい刀の二刀流だろうか、手数は多いが力はそこまでない。
名字はいつもの大太刀より軽い竹刀のおかげで、素早く二本の竹刀をさばくことができた。
バシ!バキ!っと名字の力強く叩き切る音が、うんこの人の竹刀を止める。
この人強い、普通に強い。名字は嬉しくなり唇の噛み跡を舐め上げた。
いつまでも見ていられる戦いだった。
一時間ほどたった今でも隊士たちも皆見入っていたが、名字の帯が取れはらりと解けたとき近藤は声を上げた。
「や!やめえええええええええええええ!!!!」
名字のギラリとした目が近藤を貫く。
「ヒッ!!!!だ、だって帯が…。」
ほどけてるからと続けようとしたが、その声は名字が崩れ落ちた事により紡げなかった。
- 3 -
*前
次#