ナイショ、だよ?
次の日、名字は日の出と共にふくふくと笑いながら起床した。
斉藤が来るにしてもまだまだ先だ。
蛇口を捻ると嫌ほど冷たい水が出てきた。
顔を拭いて鏡を見ると、いつもより御機嫌な自分の顔が映ってくすくすと笑った。
着替えを済ませ、鏡台の前に座る。
斉藤がいつもやっている通りに髪を整えていく。耳の下で二つに括った髪はぴょんと跳ねており、斉藤がやるより落ち着きがなかった。頭には反り立つ寝癖が踊っている。
両側にある髪飾りを少し直していると、スッと障子戸が開く音がした。
振り向くと驚いた様な顔の斉藤が立っていた。
「おはようございます!」
少し照れ臭くて眉を下げた。
ハキハキとした声は、昨日とは大分違う。
[珍しいですね、今日は早起きで。]
斉藤は少し寂しげに書いて見せた。
やはり、自分が起こすことなどは必要は無いのか。そんな思いはつゆ知らず、今朝のことを思い出し名字は顔を赤らめた。
「昨日はよく寝たからかもしれません!隊長がお休みを下さったおかげです!!」
それもあるだろうが、彼女が起きる事となった要因には程遠いだろう。斉藤は複雑そうな顔で返した。
「さぁ!朝礼へ行きましょう!!」
斉藤の手を取り朝礼へ向かった。
「あ!名字、おはよ。」
「おはようございます!!」
「はよー。」
「おはようございます!!」
「え、名字!?」
「はい!三番隊副官!名字であります!」
「何で起きてんの?!」
「朝だから起きてるんです!」
少し前にも早く起きた時驚かれた気がする、自分だって起きる時は起きるんです、と言い返してやりたかった。
「うるせェぞテメェら…名字?!何で起きてやがる??!」
「朝だからですってば!第一、いつも起きろとうるさいのは土方さんじゃないですかァ!!」
「え、でもオメェ朝礼が始まる前に一人で起きた試しがねェじゃねェかァ!!」
「前に一度起きましたけどォ?!」
「おお!名字珍しいなおはァアア?!?!何でェ!名字ナンデェ?!」
土方が驚くあまり逆ギレをしだし、近藤まで騒ぎ出した事により事態は収まりがつかなくなっていた。
「そろそろ始めましょうや。名字の早起き如きで時間を無駄にするわけに…名字なんで起きてやがんでィ?」
「いい加減執拗いわァ!!」
沖田のノリツッコミならぬノリボケが炸裂すると、名字が吠えた。一同は静かになり、いつもより遅い朝礼が始まった。
これからは、一人で起きるのはやめようと思っていると、隣に座っていた山崎に話し掛けられた。
「名字さん…。」
「何?ザッキー?」
「ザッキーって呼ぶなァ!!!…コホン、それより、何でいつもより早起きだったの?」
そう言うと名字は目を真ん丸にして、顔を真っ赤に染め上げた。顔があついのか、目は少し涙目で情欲的だった。山崎は胸が高鳴るのを感じた。
名字がチラリと斉藤の様子を伺うと、桜色の唇を耳に近づけて言った。
「ゆめでね、」
耳にかかる吐息が劣情を煽りたてる。
「夢でね、起きてって……隊長が。」
「へ?」
そういう名字はそれはそれは艶やかに笑うのだ。体を離して、斉藤にもたれかかった。
「ナイショ、だよ?」
小首をかしげてそういう彼女は普通に女だった。いつものあの無邪気な少女はどこへ。
山崎はその様子を狐に摘まれたように見ているしかなかった。
何だか口の中がやけに甘ったるい。
そんな餌旦那でも喰わねェや。
- 30 -
*前
次#