駄目です
その日から桂…いや、柱は斉藤に付き纏うようになった。斉藤が自室で仕事している時はもちろん、寝る時まで一緒だ。
最近では私を朝礼に迎えに来る時も、髪を結ってもらう時も一緒で、名字はあまり斉藤に近付けず苛立っていった。
斉藤も斉藤で何だかんだ言って、柱に心を開いていっているような気がした。
どんどん柱に私の場所をとられていく。
それに比例して名字は日に日に元気がなくなっていた。朝礼前に目を覚ましてしまうほど寝付きが悪くなり、最近では寝ずに事務作業をしているとの噂もあった。だんだん無口になっていく名字に、周りの隊士や女中も気が気でなかった。
そんな名字を見かねて隊士達はおやつを譲ってくれるようになった。最初はいつものように元気を取り戻して笑顔で全て平らげていた。
今日のおやつは苺大福。名字の目の前には山積みにされた苺大福があった。
いつもより量が多い、きっと隊士だけではなく、女中さんの分もあるのだろう。
以前に好きだと言っておやつの時、いろんな人に強請りに回った事もあった。
だから今日のおやつは、みんながくれたんだろう。そこら中から心配そうな視線が突き刺さる。多分これ全部食べないと、みんな安心してくれない。
震える手で一つ取ると、四方八方から穴が開くほど見つめられる。
かぷり。苺大福を一口齧る。
少ししか口が開かずに、苺まで到達しなかったが、胃がぐるぐると呻きだし頭が真っ白になる。何かが喉にせり上がってくる感覚がした。苺大福を落としたことも気づかずに、走って厠へ向かった。
色々スッキリした後厠から出ると土方に呼び止められた。
「オイ、名字。風邪か?」
くるりと振り向くと、ポーカフェイスな土方に珍しく口元を引き攣らせ目を見開く。
それもそのはず、名字の頬は痩け、目の下にはドス黒い隈ができ、普段暖かそうに赤らめられていた頬は、土気色をして死人のようだった。艶やかだった髪はそこら中に跳ね、何とか二括りにされているだけだった。
土方は頭に手をポンと置いた。
ふらりと名字の身体は揺れる。
「…休め。」
「ぇ。」
久しぶりに出した声はキシキシ不協和音を奏でた。
「今日からテメェには長期休暇を取ってもらう。」
「駄目です、副官として隊長のお役に立たねば。」
そう言う声は気迫がなく、鞠のように跳ね回るあの声の見る影もなかった。
「三番隊はもう二人じゃねェ。柱もいる、大丈夫だ。」
土方は業務に支障はないから安心して休めと言いたかったのだろうが、今の名字にその言葉は追い打ちをかける鞭でしかなった。
「私じゃあ、優秀な柱特別副官には及びませんよね。」
そう放ってからハッとする。
何を言っているのだ、失言だ。
組織で仕事をする人間として、このような事は言ってはならない。
土方は眉を潜め、怪訝そうにこちらを睨んでいるように見えた。
「すみません、今のは…。失礼します。」
俯いて否定の言葉を紡ぐが、言葉にならない。ここにいられなくなり、走って自室に戻った。
自室まで誰ともすれ違わなかった。
こんな涙でぐちゃぐちゃな顔は警察官として失格だ。目をゴシゴシとこすると、斉藤に前ダメだと言われたことを思い出す、だが手は止まらずに隊服を濡らした。
引き出しから紙と筆を出し、休暇届けを書いた。荷物をまとめ部屋を出る。
近藤の部屋に行くも誰も居らず、文を机の上に伏せるとコソコソと屯所から出た。
遠くで雨音と雷が鳴っているのが聞こえた。
もう秋だ。
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