違うよ、
翌日雨も上がり道はいつも通りに乾いていた。名字は、女亭主に団子を持たされ万事屋に行くように言われ外を歩いていた。
二階に上がる階段がとてつもなく面倒くさい。ヨロヨロと登って行くと中から騒がしい声が聞こえたので、そのまま勝手に戸を開けて中に入って言った。
中には隊服を着た桂がいた。
「あ、名前アル。」
神楽が寄ってきて笑顔で迎えてくれた。
だが、その顔は少し憂いを帯びていた。
「名前、仕事辞めたって聞いたアル。大丈夫か?」
「違うよ、お休み…いただいただけです。」
桂を見ないように下を向く。
「銀時、これ。おばちゃんからの差し入れ。」
グイッと銀時に向かって袋を押し付ける。
「名前、ありがとな。」
銀時の手が頭を撫でようとするも、パシリと名字は叩き落とした。
「隊長以外が触んないで!!」
隈ができできた目元がギロリと銀時を鋭く睨みつける。キンキンの金切り声で喚いた。
「…ぇ…あ、ごめん銀時違うの、違うよ、ごめんなさい。」
「ヅラ…あんまりこいつイジメんなよ。」
チリッと痛い空気があたりを包む。こういう時の銀時は本当に怒っている時だ。
そんな銀時に桂は焦った様に言葉を紡ぐ。
「俺はコミュニケーションを取るために斉藤に近づいただけだ。結果邪魔なお前は勝手に自滅していっただけのこと。」
まだ桂の元で剣を教わっていたころ、桂は期待以上働きをしないと、蔑むように桂は名字を見下ろす。
それがとても、怖かった。
まるで、諦められ捨てられた様に感じるからだ。名字は咄嗟に銀時の後に隠れる。
「狼に飼い慣らされて、牙を折ったか?猛犬の名前。斉藤に依存して、斉藤無しじゃ何をすることも、考えることも、生きることもできないお前は、アイツの足枷ではないのか?依存しきった心のせいか、お前の剣は軽くそして迷いがあった。はっきり言って真選組にとっても、三番隊にとってもお前の存在は邪魔になっている。こんなにもよわ」
ピンポーン。
桂の言葉は止まる。重い沈黙が万事屋内を黙らせる。名字はぷるぷると震えて、とても耐えきれないと言わんばかりに目に涙を波々とためた。
ピンポピンポピンポピンポピンポ。
桂の言ってることは全く持ってそうだった。
自分は過去より、入隊した時より弱くなっていた。最近、沈夜鎮魂丸が重く感じられてうまく振れないのを見抜いていた。
ピンポーン。
う、うるせぇえええ!!!
確かに桂の言葉には傷ついたが、鳴り響く呼び鈴の音の方がうるさかった。
皆のものかけ影から玄関を見る。
あのスラリと長い影に頭のもふもふ。間違いない斉藤だ!!
先程までジクジクと擦り切れて痛かった心が軽くなり、頬が熱くなる。
戸を開けようと桂を踏みつつ廊下に出ると、桂に足を掴まれた。
「グッ、痛いではないか。…それより、お前の休みは俺から斉藤に伝えた。」
「それが、」
「斉藤のその無口さ、横暴さには付いていけない。と言っておいたぞ。」
「師匠、アンタなに出鱈目言ってやがる。」
「…それとも、過激派の攘夷と伝えればよかったか?」
身体が冷水をぶっかけられたように凍てつく。心までもがその水で冷えきり、所々に氷を作った。胸にその氷が閊(つっか)えて、容赦なく刺さる。
痛い、いたい。胸の傷口を氷が抉ると、涙と嗚咽がダラダラと流れ出る。
ガッシャアアン!!
今の方から何やら割る音がする。しかし、後ろの戸はいつの間にか閉められており、中を確認することはできなかった。
真選組隊士がこんなことで泣くなんて。
嫌になる、何のために真選組に入ったか。自分の目的を忘れたわけではなかったが、暖かいあの場所にいるとどうでも良くなる。
このまま、近藤の元命を聞き、斉藤と共にこなして、江戸の治安を維持する生活。生温くて心地よかった。
気づきたくなかった。
全部桂が悪い。あんな作戦さえ立てなければ、自分は自分は。
ガッと肩を強く掴まれる。
擦り過ぎて痛い目をそろそろと後ろへ向ける。気まずそうに、そして何処と無く安堵したよな斉藤が立っていた。
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