お母さん…!
一月も着ていない隊服はむしろ綺麗になっていた。女亭主がいつでも着られるようにと、毎日隊服の世話をしていたのを思い出した。こうやって出ていくのを分かっていたような気がする。
「おばちゃん、私、ごめん。」
「アンタそんなにあの人が大切かい…。」
「うん。」
「……名前いつでも帰ってきな。アタシはどんな時でもここで待ってるよ。」
自分をいつも支えていてくれた、あの時家族と言ってくれた女亭主。いつまでもおばちゃんなんて他人行儀に呼ぶのはダメだと思った。
自分の母はこの人だ。
「お母さん…!」
「……!!」
「行って参ります。」
「…いってらっしゃい。」
母の顔は涙をいっぱいに目にためて、まるで送り出したくないのを隠すように笑顔を作っていた。それを見ないように店を出ていった。
女亭主は名字の後ろ姿を見つめながら、離れていく我が子を引き止めないようにするのに精一杯だった。名字は強く真っ直ぐな瞳に、決意の焔を灯していた。その顔は凛としており、彼女の意志の強さが分かった。
その強さは、逆に危うく見えた。
「お久しぶりです。」
屯所で門番をしていた隊士は、突然の名字の帰りに驚いた。
「名字?!」
「オイ!今行くのはやめろ!」
門に立ちはだかる隊士に名字は蹴りを決め、中に入っていく。
「ごめんなさい、…今腹の居所が悪ぃんだ。」
いつもと様子が違う名字を隊士達は、何も出来ずに見送るしかなかった。
局長室までズンズンと歩いていく。
すれ違う隊士は名字に気づくと声をかけようとしたが、顔を見るとサッと道を開けた。
スパァンと障子戸を開けると、近藤が驚いた様にアルバムを落とした。
「名字!!お前大丈夫……じゃないみたいだな。」
近藤は訝しげに名字を見やった。
「隊長は何をしたっていうの?」
恐ろしいほど落ち着いた声で言う名字に、近藤は自分の局部が縮む思いをした。
「…にわかには信じがたいが、職権乱用との事だ。禄に任務を熟さず、ウンコして寝るだけの生活を送っていると訴えがあった。」
「そんな事ない!!隊長は部下を朝礼に連れて行ってくれるだけじゃない!髪も結ってくれる!」
「それ、名字の世話…。」
「仕事がない時は稽古をつけてくれるし、書類作成は綺麗で早い!」
「確に。」
「毎日日夜異常がないか、周りの観察を怠らない!すこしシャイな強くて優しい私の自慢の隊長です!!」
「それが、お前が抱いた好意故の妄言だとしたら?」
いつの間にか部屋に入っていた桂に反論される。
「桂?!」
「桂じゃない!柱特別副……いや、三番隊隊長柱阿腐郎だ!!」
「え、隊長?」
「貴様ァ!こんな長期休みを勝手に取りおって、職務怠慢!貴様も粛清対象にあたいする!」
「え、この休みは土方さんから…。」
「女という事を利用したのだろう!この阿婆擦れめ!!!」
「阿婆擦れって!!」
「お前も斉藤ともども裁判にかけてやる。」
「何すんだ、前髪ストレート!!」
「ちょ、ちょっと!!柱さん?!」
近藤の呼び止める声も虚しく桂に連れ出され牢に入れられる。
「ちょっと!テメェどういうつもりだ!ヅラァア!!!」
「ヅラじゃない!柱だ!!邪魔だてするなら容赦はしないぞ。」
ガシャンと戸が閉ざされる、今日はなんて日だ。
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