贅沢を言うならば
一息ついて部屋を見渡す、文机の前にヨダレを垂らして眠る斉藤がいた。
肌寒い部屋でそのまま眠ると風邪をひきかねない。 布団を敷いて斉藤に声をかける。
「隊長、お休みならあちらに床を整えましたのであちらへ。」
肩に手を回して後ろから覗き込むように話しかけると、寝ぼけ眼の斉藤が名字の手を握る。
「名字…さん……?」
「え!?隊長…、いま。」
斉藤がハッと目を覚まして口布をあてる。
慌ててノートに書き始めた。
[すみません!!口が勝手に!!!]
「…。」
[私なんかが申し訳ないです!!]
斉藤は冷や汗をダラダラ流しながら、名字に弁解をした。
いつも冷静沈着な斉藤の取り乱している姿を見て、久しぶりに頬が緩まり、くすくすともらした。名字は次第に大笑いをして、涙を流した。涙はとても熱く、流れる度に胸に溜まった嫉妬心を消し去るようにキラキラと光る。
[名字さん、大丈夫ですZ?]
そんな名字の姿を見て、少し心配になった。この前見た名字は疲れ切っていて、何一つ余裕もなかったからだ。もしかして、自分が名前を呼んでしまったばかりにストレスが振り切れ、壊れてしまったのではないかと思った。未だに笑い泣き続ける名字は、やっと斉藤の目を見た。
「大丈夫ですよ…、名前、呼んでいただけてとても嬉しいです!!」
パチリと目が合う。瞳の中の紫紺の夜空が涙の星々を煌めかせる。湧き水の中のように澄み切った虹彩が、名字の溢れんばかりの嬉しさを瞳孔にキラキラと映し出し、斉藤を溺れさせた。水で溶かした紅を白い肌に落とすように、じわりと染まり暖かで透き通っていた。
名字は片膝を折り斉藤に向かい頭を垂らした。
「隊長、只今戻りました。」
何も反応が無かったので、スッと顔を上げると、斉藤はぱちくりと目を瞬かせていた。寝起きのせいか、その見た目とは裏腹に愛らしく見える。
[お帰りなさい。]
サラサラとノートに書いて見せてくれた。まだペンを持っているのできっと何か続きがある。
[私、名字さんにご迷惑をかけしていましたZ。気が付かなくて申し訳なかったですZ。]
「柱の言った事ですね?間に受けないでください!!例え隊長が私を必要ないとしていても、是が非でも着いて行く覚悟!今はできていますので!!」
フン!と意気込むと斉藤は首を傾げた。
[万事屋さんからお手紙は受け取ってませんか?]
「手紙…。あぁ、あれですね!!銀時が俺は飛脚じゃないって言って渡したやつ!……あれはー…あれは、寂しくなると思って読んでません。もし、柱の方が必要だと書いてあったら…と思うと中々読めなくって。…隊長がそんな追い立てるような事、する人じゃないのは分かってます!でも、ほら!柱は私よりも強くて頭も良くてカリスマ性もある、優秀な隊士ですから!」
胸ポケットから、しわくちゃになった三つ折りの紙を抜き出した。
「いつか、いつか読もうと思って毎日持っていたんです。まさか、今日読むことになろうとは思いませんでしたがね。」
名字が手紙を広げようとすると、斉藤がその手を重ねて止めた。
「見ちゃダメですか?」
名字と目がカチリと合わさった。彼女の瞳にはどうしても勝てない。
斉藤は慌てて手を離した。
しまった。と思うにはもう遅い。
名字はもう目を通していた。
彼女が文をユラユラと追う。瞬きする度にスルリスルリと頬を伝う涙。
「……本当ですか?私が、貴方の副官でいていいのですか?」
読み終わって顔をあげると、キラリ一滴の流星が落ちていった。理解が追いつかず、困った様に下げられた眉。頬はふわりと色づき、口元は幸せいっぱいに緩んでいる。
換気用に取り付けられた小窓から、白い光が燦然と差し込み彼女の上に降り注いだ。
この部屋には似合わない、とても神秘的な佇まいだった。光はベールの様に彼女を覆い、ふと、白無垢姿の名字を朧気に見た。
目を見開いて彼女を見るとふわりと消えてしまったが、それほどまでに荘厳で綺麗だった。
「一つ、贅沢言うならば、言葉でほしいです。隊長からの。」
まるで、操られているかのようだった。彼女は妖術の使い手だったのかもしれない。手紙を彼女から受け取る。口が勝手に動き出し、震える声が文を読み上げる。
「――…。」
[貴方に計り知れない負担と不安を抱えさせてしまい申し訳なかったZ。今は貴方がいない日々を過ごしていますが、私は貴方に甘えていたのがよく分かりましたZ。喋ることは出来ないかもしれないけれど、極力言葉にするように努力しますZ。自分勝手な振る舞いは以後慎みますZ。何があってもいつも明るい貴方の笑顔がないと、私も、真選組も暗くなってしまうことが分かりましたZ。都合の良いことを言っているのは分かります、戻ってきていただけませんか。許してくれとは言いません、ただ、―]
「ただ、三番隊の、……私の…副官は貴方にしか勤まらないのですZ。」
何時しか聞いた声だった。そう、あのコンテナの時。やっぱり、助けに来てくれたのはこの人だった。いつも自分を助けてくれる、導いてくれる。あの時の声より弱々しく感じるが、芯のある強く優しい穏やかな声。
「ありがとうございます…!!」
斉藤の胸に飛び込むと、力強く抱き返してくれた。まだまだ、この人について行きたい。
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