真選組の従順なる番犬!
「ハッ…アイツ、あんなに強かったのか?」
土方の気の抜けたような声がする。
竹刀のぶつかりあいしなる音とともに、道着を着た隊士が壁に叩きつけられた。
「さすがは鬼兵隊の飢えた番犬、猛犬の名前。」
関心したように近藤は唸る。
「鬼兵隊ではございません!!」
面を取りつつ言った声はよく通り、耳障りな濁りがなくてすっきり耳に届いた。じっとりと濡れた黒紫の毛束がパラリとすべり落ちる。横の髪を巻き込みながら前髪を掻きあげると、おさまりきらない熱が瞳の中を烈しく煌めき近藤達に鋭く刺さる。
「真選組の従順なる番犬!忠犬の名前とお呼びください!!」
「ハチ公かテメェは!!」
「桂の弟子だなァ。」
フンッ!としたり顔で言う名字は満足気だった。
「それより、私の試験はこれでおわりです?」
嘲うようにニタニタと気味悪く口角を上げる名字は、まだまだ余裕そうだった。
「オラ山崎、出番だとよう。」
沖田に蹴り出され名字の前に出る山崎は青ざめた。名字はまるで猟犬かのように獲物に目を付けると、竹刀を巨獣が吼えるが如く哮った音を出して逆風を繰り出す。
山崎は寸での所で避けると、落ちている竹刀を手に取り畏れに向かって袈裟斬りを放つ。
勢い良く競り合う音がした後、山崎は手をおさえ蹲った。
「一本。」
そう言って見下す名字は、やはり忠犬というより猛犬という方が似合っていた。
「さぁ、次は?」
他の隊士を見ると既に戦意喪失、隅のほうに固まっていた。
くすくすと悪戯が成功した少女の様に笑うと、風を巻き込む刺突が名字目掛けて飛んでくる。
くるりと振り向きざまに右薙ぎをかましてやり過ごす。
「折角隊士達半分くらい倒したのに、止めにきますか……隊長。」
そう言い終わると、瞬きする間もなく互いに間合いを詰め、唐竹を同時にあびせる。
次に斉藤は左で名字を薙ごうとするも、名字は斉藤の右の刀を跳ね除け、素早く左を受け流した。名字はお返しとばかりに顔を狙って薙ぎ返す。
斉藤は体軸を後ろに移動させ避けると、名字は追うように前のめりに強烈な唐竹を見舞う。
竹刀は斉藤ではなく床にめり込んだ。
背後から喉を目掛け、斉藤は竹刀を突き出す。名字はニタリと笑いながら振り向くと、向かってくる竹刀を気にせずに左斬上を打ち込まんとした。眼前の活きのいい餌にお互いにギラギラと目を輝かせて食らいつく。斉藤は脇腹、名字は喉にピタリと竹刀はほんの僅か手前で止まった。先程までの勢いはなく、ただお互い突きつけるだけだった。
二人はふんわりと目元を和らげるとくすくすと笑いはじめた。
「今のじゃ私死んでましたね。」
[私もこれでは致命傷を負いかねませんZ。]
「隊長、初めて刺突打ってきましたね!攻撃一手一手が早いとは思ってましたが、刺突に転じるためだったのですね。もしかして、得意です、刺突。」
[ええ、突きは得意ですZ。そういえば、名字さんお得意の薙ぎの方は、最後の方雑でしたね。やるなら確実に、薙ぎは大振りになるので隙ができやすいですZ。]
「あちゃー、バレちゃいましたか!では、反省会にしましょうか!お菓子いただいてきます!」
[では、お茶は私が。]
あの雰囲気はどこへやら、三番隊の二人は楽しげに道場を出ていった。
「ちょっとォォ!今、試験中!!名字の再採用試験!!いつもの稽古じゃないからァ!!!」
土方は出て行った方に叫んだが、戻ってくることはなく、只々叫び声は屯所に響くだけだった。
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