伝説的エピソード
 近頃じゃこう思いもする。
『もしかして最初の頃にボロクソに抵抗でもしておくべきじゃなかったか?』
 こういうのはタイミングが肝心、日本人ならばなおさら。それならやはり最初の夜にきっぱりはっきり抵抗しておくべきだった。しかし最初の夜はギチギチに縛られてとてもそれどころではなかった。それ以降はだめだ。もう、事実があるから、俺がどんな事情があれ姉ちゃんの旦那とよろしくやってしまったという確固たる事実があるから、もう隠し通すしかない。この際正当性は問題じゃないのだ。信じてもらえるかも問題じゃない。問題なのは事実だけだ。『自分の旦那にレイプされた弟』この事実がこの世に存在するだけで、姉ちゃんは幸せから遠のく。姉ちゃんを幼なじみと結婚した幸せな女のままでいさせるためには、初めから拒否するか、そんな事実は無いと隠し通すか、それしかない。姉ちゃんを幸せでいさせるためには。俺が幸せになるためには。姉ちゃんが不幸になれば俺も不幸に近づく。宵宮の記憶、あの義兄なら、姉ちゃんを幸せにしてくれる。姉ちゃんが幸せでいれば俺にも幸せになる順番が回ってくる。
 俺はまだ、義兄が俺たちを幸せにしてくれると信じている。




「笹井くんおめでとう〜」

 浮かれ気味で走ってきたヤンキー・プレミアム溝口が、俺の肩をパシンと叩いて急停止する。季節はもう冬。校舎の廊下はどこかじめじめとしていて、外は今にも凍りつきそうな雨がぼたぼた降っている。

「えっ?誕生日来月だけど?」
「バッカちっげぇーし!内定出たって聞いちった〜」

 入学式より数段デカくなった図体と凶悪になったお顔に似合わぬ弾ける笑顔、弾けるテンション。健やかヤンキー・プレミアム溝口である。健やか溝口に一度聞いたことがある。『なんで入学式のとき俺を挑発してきたのか?』『なんで俺だったのか?』健やか溝口はあっさり答えた。『さあ、目があったから?』そういうものか。そういうものだよな。ただその凶悪な顔で小首を傾げる仕草がなんかすげー腹立つ。『あとなんか、相手してくれそうな目してたし、すぐ爆発しそうな目』

「なんの会社?なんの会社?」
「なんか、よくわからん、パソコン使う」
「ええーっ!!?笹井くんパソコン使えんの!!?すげえ!」
「使える設定で受かったからやべーよ、溝口教えてくれ」
「俺に聞いちゃう?笹井くんアホなのかな?」

 そうだよアホだよ、マジでな。
 なおも纏わり付いてくる溝口はというと、実家の商売を継ぐらしい。だからもう悪いことできない、ずっとこの街に住むからなって。ずっとこの街に。俺が内定取ったというかわりと面倒見のいい教師陣が押し込んでくれた会社も地元の会社だから、俺も卒業後もずっとこの街に住むんだろう。ずっとあの家に。あれ、なんで俺こんな他人ごとなんだ?

「三崎は進学するんだろ?」
「衛?ああ、名前書いたら受かる大学な」
「うっそ!そんな大学あんの!?俺受けよっかな!」
「マジで受かるとしても入ったあとがもったいねーだろが、勉強しねーだろ」
「うわー言えてる、言えてるわ笹井くん」

 マジで名前書いたら受かるのか知らないけど、衛は勉強してる気配もない。だらだらと前以上に俺と連んでいる。落ちたらどうすんだ、と思わないでもないが、なんとなく衛は要領よくやりそうな気がする。彼女の回転率は依然高くヤリ捨てられたの殴られたのと相変わらずゾッとするほどダメダメだが、そういう人の思惑とかが関係しないところではわりと要領よくやるのだ。

「卒業か〜寂しいな〜まあ俺は地元にいるんだけど」

 ヤンキー・センチメンタル溝口が隣で呟く。卒業か。何か変わるものだろうか。俺は就職してもクビにならない程度にだらだらするんだろうし、ここで退学にならない程度にだらだらしていたように。変わらずあの家に住み続けるんだろうし。変わらず、姉ちゃんと、義兄と。衛は。衛は受かればきっとこの街を出て行く。名前を書けば受かる大学はここから通うにはちょっと辛すぎる距離にあるからだ。
 衛がいないこの街で俺は今までどおりやっていけるだろうか?衛という正しき怒りの権化を失って、今までどおり、怒りを殺して、存在を無に近づけて、義兄との秘密を殺していけるか?姉ちゃんのために、つまり自分のために。

「笹井くんも地元だし、遊んでくれよな〜」

 健やかヤンキー溝口が背中を突く、痛え殺すぞ。怒りなんか湧きもしないけど。ふと、溝口の靴が目に入る。未だに靴ひもが蛍光グリーンだ。真新しいから、入学式当時のものってわけじゃないだろうけど、それはそれで逆にそんなに好きかよって感じはするけどね。溝口は言った『さあ、目があったから?』俺はそんなものだよなと安堵した。『爆発しそうな目』それが決め手だったんだろうか。そうだ、本当はそこのところも問題なんじゃないか?問題を解決するには、そこが重要なんじゃ?つまり、
『なんで俺だったの?』
 義兄さん。




 そこのところは考えるのを避けていた気がする。意識的に。犯されて、打たれて、声を抑えるのに窒息して、朦朧とした頭でふとそっちに考えが及ぶとなんだか非常に良くない予感がした。『どうして俺なの』『例えばこういうのが性的嗜好なら姉ちゃんで発散しようとは思わないわけ?』『どうして俺なの?』そういう疑問を表に出して答えが返ってきたって、俺はその答えを受け入れることなんてできない。そんな気がした。俺は意識的にそういうことを考えないようにする。どうせじきに、失神寸前まで朦朧として何も考えられなくなる。細い革紐が何本も束になった鞭が背中に打ち下ろされるたびにビクつき、内臓の奥深くまで埋まったペニスが前立腺を擦るたびにビクつく。もう痛みも快楽も区別がつかない、どちらもただの過ぎた刺激でしかない。気持ちいい、いや違う痛い、どっちだ、今どっちだ、わからない、気持ちいい痛い気持ちいい痛い…。俺の心がこの行為で傷つくことはないのだ。犯されても打たれても、気持ちいい痛い以外の掘り下げた感情は湧かない。だから一年もだらだら受け流している。気持ちいいのも嘘じゃない。でも、気持ちいいけど、セックスってそうじゃないじゃん。たぶんその、好きな人とするセックスは。気持ちいだけじゃだめだ。刺激が大きいだけじゃだめだ。後から死にたくなるから。気持ちいけど、痛みと気持ちよさの区別もつかなくなりつつあるけど、このセックスはダメだ。後から死にたくなる。俺ってわりと純情、ビッチにはなれないタイプ、いや今感じまくってる時点でダメかもわからんけど、後から死にたくなるから。あの死にたさの正体はよくわからない。突然湧いてくる。純粋な死にたさ。たぶんそれは冒頭の疑問に直結する。『なんで俺なの』
 義兄さん。
 もうだめ、もうダメダメダメダメ、痛みも快楽も呼吸も限界というところで義兄が果てる。空気が足りなくて全てが朦朧としかけてるのに、その感触だけは生々しく俺の中を伝った。筋張った白い手が背中を這う。打たれ続けて熱を発散させる傷を撫でられて身体がビクビク跳ねる。鼻と口を抑える手が震えて、死ぬ気で力を込める。もう。もう離れてくれ。許してくれ。はやく。もうもたない。声が。バレる。

「ユキハル、」

 義兄の手が、必死で鼻と口をおさえる俺の手の下にするりと潜りこんで、喉骨を摘んだ。ゴリ、ゴリッと弄られるたびに喉骨が沈み、柔らかな喉にめり込み、気管が潰れるような恐ろしい息苦しさと痛みを連れてくる。ウソだろ。オイオイ、ウソだろ、こんな、こんな。冷たい唇が耳に押し当てられて、心底ゾッとする。

「愛してるよ」

 俺を悪い子だと罵るのとまったく同じ声音で、つまり限りなく優しい声音で彼はそう言った。すっと手を離し、入れっぱなしだったチンコを引き抜いて、部屋を出て行く。俺はまだ口を塞いだまま畳の上に転がっていた。朦朧としていた意識は急激にクリアーになり始めていた。唇にあてがい続けた手がふやけて震えている。それでも離せない。何かが、漏れ出そうで。『どうして俺なの』意識的に避けていた問い、始めて囁かれた言葉、純粋な死にたさ、純粋な死にたさ、俺はまだ義兄が俺たちを幸せにしてくれるという夢を捨てきれない、純粋な死にたさ。

「う、」

 ガクガクに震える手がいつのまにか口から外れていて、俺は慌てて塞ぎ直した。死ぬかもしれない。死ぬかも、しれない。なんか、心とか、そういうものが。はじめてはっきりとそう感じた。




「ハル、聞いてるかー?」

 廃教室ではなく、自分の教室。暖房が入っているのとそれなりの人口密度でそこそこ暖かい。俺は教室の後ろの掃除用具入れの前に立って、衛の話を聞いている。いや完全に聞いてなかったけど。

「なーんか、最近抜けすぎじゃね?ハルくんよお?」

 衛が愚痴たれ、手を伸ばす。無骨な指が俺の頬を突く。派手な青タンが残ることは減ったけど、ちょうどそこにはまだアザが治らず残っているはずだった。あの人が殴ったからついたアザ。結局秋頃からずっとあるアザ。あの人が打ったからついた傷も背中に無数にある。そんなに触るのが好きなら、残らず触って数えてみるか?衛。きっと増えるばかりで消えない、数えるのも大変なことだ。

 ガンッ

一発じゃ消えない。無数にある。傷じゃなくて、俺の煩悩の話だ。普通の人でも108個だ。だったら俺なんか108個以上あるのは明白だから、一発じゃとても足りない。なんの話だっけ?除夜の鐘に頭を打ち付けたら煩悩が消えるって話じゃなかった?そろそろ年末だし。でもこれは除夜の鐘でもねえしな。掃除用具入れだし。

 ガンッガンッ

 あんまり痛くもない、視界も歪まない。イマイチ効果が実感できない。純粋な死にたさが襲ってくる。最近じゃもう絶え間なくて仕方ない。あとからあとから死にたくなる。『死にたい』ってのも煩悩だ。だから鐘を突いて打ち消す。生きていくために。幸せになるために。

 ガンッガンッガンッガンッ

「ハル、やめろ、ハル!!」

 頭を打ち付けていた掃除用具入れから凄まじい力で引き離され、余程信用されてないのか頭まで掴まれ固定された。逆に視界がブレる。衛はいつものよくわからない笑顔ではない、けど無表情とも違う、それこそよくわからない表情で俺を見ていて、そのうっすら開いた唇に目をやったとき俺の視界は半分赤く染まった。

「アッハハハ、ヘドバンヘドバン、ね」

 そんなことをのたまって、衛は集まっていたクラスの半分くらいの注目を散らす。いや意味不明すぎる、なに言ってんだコイツ、ヘドバンなんかしないだろ。俺は自分の奇行も棚に上げてそんなことを思う。ていうか何、なんだこれ、赤いの、ぬるぬるする。ぬるぬるに気を取られている俺の肩を衛はガッチリ抱き、怪我人か子供を連行するように教室から連れ出した。
 連れ込まれたのは男子トイレだ。女子トイレだったらいよいよ何してんだコイツって話だけど。手洗い場の壁に俺を押しつけ、何の気なしに動かそうとした俺の手を気を付けの姿勢で固定し、また空気読まずに動こうとする俺を固定し、というのを数度繰り返してやっと俺たちは落ち着いた。

「平気か?」
 うなずく。
「動くなよ」
 うなずく。
「返事は?動くなよ」
 二回三回、うなずく。

 壁に背中を、体に両腕をぴったりくっつけた俺を牽制しながら衛は後ずさっていき、いちばん近い個室に入った。がらがらと便所紙を繰り出す音がする。動くなと言われたので視線だけを動かして鏡を見た。鏡の中の俺の左目、つまりこの俺の右目は、額からの流血でべったり赤く染まっていた。頭突きをかましまくっていたときに、掃除用具入れの取っ手かなにかで切ったらしい。
 衛は両手に繰り出したトイレットペーパーを山ほど抱えて出てきた。「途中で新しいトイレットペーパーガメればいいってやっと気づいたわ」ぎゃははって。ホント馬鹿。ホント馬鹿だよなあ俺ら、泣きそう。

「ハルくんロック過ぎんだろ」
「…そうかな」
「将来ロックミュージシャンにでもなったら伝説として使えるエピソードだったわ、今からバンド組む?」
「もう12月じゃん」

 俺ギタボね、ぎゃははって。わさわさのトイレットペーパーで俺の顔を拭きながら。お前がバンドなんか組んでギターボーカルなんかやった日には今以上に入れ食い状態になって今以上にヤリ捨てられる未来が見える。あ、それも将来伝説的なエピソードとして使えるかもね、やっぱバンド組んじゃうか、もう12月だけど。
 ハルくん目つぶって、って衛がトイレットペーパーを構えて言う。横目で鏡を見る。まだ全然流血してるわ。こうして良くない傷が増えていく。なんだかどっと疲れて目を閉じる。

「ハルくん頭大丈夫?」
「どういう意味」
「爆発しそうじゃねえの、最近、顔が死んでる」

 瞼を閉じた先は宇宙の暗闇だ。光の残像と、トイレットペーパーをまとった衛の指が与えるわずかな圧力が幾何学模様となって散る。眼球は圧力をも光として認識するからだ。だからあまりにこの症状が酷い場合には普段より眼圧が高くなっている可能性がある。だからどうということもないけど。通常と違う、というのは多分大多数の人にとってストレスになるだろう。でも悪い状態が習慣化してしまったら?悪い状況こそが日常という風に染み着いてしまったら、良い刺激もストレスになってしまうんだろうか。

「ハルくん、アザ全然治んねえじゃん、背中は?」

 怒りを殺せば俺という存在は限りなく無に近づく。衛という怒りの権化がそばにいれば怒りを殺すことは容易い。分かってくれ、誰か、衛、わかってくれ。お前に優しくされたら俺は死ぬしかない。分かってくれ、お前に憐れまれたら俺はもう、死ぬしかないんだ。助けてくれ、できるだけ手助けせずに、俺の自尊心を殺さずに。ずっと一緒にいてくれ、できるだけ多くを望まずに。救い出してくれ、何もしなくていいから。助けてくれ、殺さないでくれ、お前だけは俺を殺さないでくれ。

「入学式のとき、見てた」

 目を開けるとそこは現実の世界だ。俺がいて、姉ちゃんがいて、義兄がいて、衛がいる。衛は俺の血の付いた指で俺の鼻を触る。15歳の頃、生徒指導室で出会ったあの日、俺の折れた鼻を触ったのと同じ手付きで。

「同じだと思った。すぐ爆発する。我慢できない。手の付けようがない。救いようがない」

 違う。同じなんかじゃない。同じなのはせいぜい救いようがないところだけ。俺はお前に理想を押しつけてるだけだった。14歳の頃なりたかった自分を。今も押しつけている。衛の爆発を眺めて、自分は怒りを殺している。怒りを殺せば俺という存在は限りなく無に近づく。義兄との秘密も俺が存在しなければそもそも存在しない。もしも俺の立場が衛だったら、とっくに事態は解決している、それが良い結果であれ悪い結果であれ、怒りのままに解決され、とっくに過去の出来事になっている、こんなふうに一人で野垂れ死にそうになったりしていない。

「俺は知りたいだけ。なんで我慢できるのか。なんで耐えられるのか。どうして誰かのために自分の怒りを殺せるのか。こんなになるまで」

 そうだよな。衛。お前の怒りだってそういうたぐいのものだったかもしれないのに。14歳までしか許されない怒り。永遠に寄り添ってはくれない怒り。いつかは離れたいと思っていたかもしれないのに。俺はお前に答えをやれない。

「耐えてなんかない」

 衛は貼り付けていた笑顔をしまって、俺の言葉を一つ残らず聞こうと努めているようだった。俺は期待されるような答えを出せないのに。それどころかまだ衛には怒りを突き放さないままでいてほしいと思ってるのに。

「耐えるほどのことじゃないんだ、その瞬間は、本当に。後からこうやって死にたくなるだけで。我慢ってほどのことじゃない。全然受け流せる程度のことなんだ。その瞬間は。アナルセックスは慣れればそんなに悪くないし」
「マジで?アナルセックスって気持ちいいの?」
「興味示してんじゃねえ」

 思わず殴りそうになるが最初に動くなと言われたのを思い出してなんとか留まる。衛はそんな俺を見て「もう動けよ」と笑った。それでわざわざ殴るのもなんか違う。何事もタイミングが肝心、日本人ならなおさら。

「打たれるのだって、溝口とか衛に殴られるほうが痛い」
「え?俺ハルくん殴ったことないよね?」
「二年の時お前が三年にキレて止めるときにおもっくそ肘食らったんすけど。もうちょっとズレてたらまた鼻折れてたんすけど」
「マジか、ごめん?」

 疑問系かよ。肩のあたりを殴ると衛はぎゃははと笑った。デロリとまた血が吹き出した俺の額をトイレットペーパーで押さえつけながら。

「耐えてなんかない。我慢なんかしてない。このくらいで済むなら安いと思ってる。最近は全然、調子よくないけど、平気だ」

 ウソだ。今だけじゃなくて加速度的に悪くなっていっている。回復の見込みはない。俺がダメになる前に事態が解決してくれなければもうどうしようもない。ずっと耐え続けることができると思ってた。今も思ってる。半分くらいは。ここまで来たんだ、今更逃げ出せない、姉ちゃんが幸せになるまでは、でもそれって具体的にどういうことだろう、具体的にどうなったら、人並みに幸せだと言えるのか。

「姉ちゃんには言うなよ」

 衛は無表情だ。いつも笑っているから、笑っていないだけで凄まじく怖い印象の顔になる。右手で俺の額の傷を押さえたまま左手で新しくトイレットペーパーを取って、俺の頬のあたりを拭いた。安いごわごわしたトイレットペーパーが柔らかく濡れる感触がした。濡れたはずのトイレットペーパーは赤く染まってはいない、白いままだ。

「わかった。言わない。誰にも」

 一言一言、言い聞かせるように。あるいはこれはものすごく重くて取り返しのつかない言葉なのだと、暗に言い聞かせるように。暗い目をした衛は発音し、俺の涙を拭い続ける。お前だけだ。お前だけが俺を殺さないでいてくれる。お前の前でだけは、俺は存在を無に近づけることを考えなくていい。怒りなんかなくても、俺は存在できる。お前が余さず持っている。

「その代わり、俺も二度とキレるの我慢しない」
「…お前がいつ我慢した?」
「俺だってしようと思ったことはあるかもしんないだろ〜したかどうかは別として」
「はいはい」

 なかなか流血が止まらない額の傷に衛がトイレットパーパーを巻き付けようとするのを全力で拒否した。衛の笑い声だけが現実。まだ大丈夫だ。まだ。衛がそばにいるかぎり。その先は?卒業以降は?考えてない。
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