003-2(2/3)
「駄目だ…。食料庫の物は根こそぎ盗まれてる」
「北の方で火事があってからずっと続いてるな。まさかあの辺に脱走兵でも隠れてて、食うに困って…」
「漆黒の翼って奴らは食べ物なんか盗むのか?」
ぽつりと呟いたルークの言葉に反応した男の人達が目の色を変えて食ってかかってきた。
最初は驚いていたルークだけど、売り言葉に買い言葉。収拾がつかなくなってきた。
隣に立つティアは頭を抱えてしまっている。
どうしたものかと事の行く末を見守っていると、一人の男の人がルークの胸倉を掴もうとした。
流石に見過ごせなくて、その手を払いつつも間に入って男の人を睨みつける。
「こっちにも非があるけど、だからって手を出すのはどうかと思いますよ」
少し大きめの声でそう言い放つと、周りが一層騒がしくなってしまった。…や、やっちゃった。
一方、手を払われた男の人は苦虫を噛み潰したような表情をしながら顔を背けた。後悔に苛まれてしまう。
この騒ぎを収束させてくれるのはこの村の村長、ローズさんしかいない。
だとしても呼びに行く、なんて不自然なことは出来ないし…。
と、ぐるぐると考えていると、近くの民家から恰幅がいい女の人が出てきた。ローズさんだ。なんていいタイミング。
「あんた達。何を騒いでるんだい」
「ローズさん! こいつら食料泥棒だ!」
「だから違うって言ってるだろーが!」
一人の男が口火を切ると、他の男達が一斉にあーだこーだ言い始めてまあ騒がしいこと。
こんな大勢に囲まれて怒鳴られて、正直怖い。
「俺は泥棒なんかじゃねぇっつってんだろ。食いモンに困るような生活は送ってねーからな!」
「ルーク!」
本当のことでも今この状況でその発言はいけない。
思わずルークを咎めながら顔を見上げると、バツの悪そうな顔をされた。…あたし、この顔に弱いかもしれない。
「おやおや、威勢がいい坊やだねぇ。とにかくみんな落ち着いとくれ」
ローズさんの鶴の一声で、男達がぴたりと喋るのをやめた。
…ローズさんが村長さんでよかった。
「そうですよ、皆さん」
「大佐…」
聞き慣れた声と、青い軍服。
つ、ついに会っちゃった…。
かっこいいし髪さらさらだし色白だし足長いし背も高いしかっこいいし……。世の中不公平すぎないか、ちょっと。
思わずルークの後ろに隠れてしまう。
「なんだよ、あんた」
「私はマルクト帝国軍第三師団所属ジェイド・カーティス大佐です。あなたは?」
「ルークだ。ルーク・フォ…」
「あ! あの、あたしはカノンです」
ルークがセカンドネームを名乗るのを遮りつつ、顔だけ覗かせながら自己紹介しようとしたら緊張のあまり吃ってしまった。
切れ長の赤い瞳に見つめられると恥ずかしくなってしまって、俯きながらルークの服をぎゅっと握った。
そうしている内にティアが続けて名乗って、自分達は漆黒の翼ではないこと、本物の漆黒の翼はマルクト軍がローテルロー橋の向こうへ追いやっていたのを見ていたことを説明してくれた。
ティアにはいつも手間を掛けてしまって申し訳ない。
「ティアさんが仰った通り、漆黒の翼らしき盗賊はキムラスカ王国の方へ逃走しました。彼らは漆黒の翼ではないと思いますよ。私が保証します」
「ただの食料泥棒でもなさそうですね」
癒し系な少年声と共にほわわんとした雰囲気をまとって現れたのはローレライ教団の最高指導者である導師イオン。
かわいい、かわいいよイオン…!
「少し気になったので、食料庫を調べさせて頂きました。部屋の隅にこんなものが落ちていましたよ」
と、イオンがローズさんに手渡したのはオレンジ色の毛玉のようなものだった。どう考えても動物のモノだろう。
「これは……聖獣チーグルの抜け毛だねぇ」
「ええ。恐らくチーグルが食料庫を荒らしたのでしょう」
「ほら見ろ! だから泥棒じゃねぇっつったんだよ!」
「でも、こっちも勘違いさせるようなことしちゃったんだから仕方ないよ。お互いタイミングが悪かったんだね」
一人の男に詰め寄るルークを宥めると、ムスッとした顔をされた。子供みたいで可愛いぞ。
ニヤニヤを抑えようと下唇を噛んでいるとふと視線を感じて、そちらを向くと微笑むイオンと視線が交わった。か、可愛い…!
無意識に笑顔になってしまうと、ニコッと笑い返された。え、何あれ天使なの?
それからローズさんの鶴の一声で男の人と和解することが出来て、一件落着。
ローズさんはジェイドと話があるらしいので解散することになって、あたしはキョロキョロと辺りを見回した。
さっきの男の人を探しているのだ。怒りに任せて手を払ってしまった男の人。……あ、いた。
「あ、あの! お兄さん!」
「え? …あっ」
一際目立つ長身の男の人の元まで駆け寄っていって話し掛けると、あからさまに怯えられた。
…ぼ、暴力女とか思った…?
軽く凹みながら赤くなって所々内出血している男の人の大きな手を両手で優しく包むと、男の人は身体をビクッと跳ねらせた。
「…思いきり叩いてごめんなさい。痛いでしょ?」
「〜〜〜ッ」
ゆっくりと顔を上げると、丸々と開かれた目と合ったはずなのにすぐに逸らされてしまった。酷いことしちゃったもん、当たり前の反応か。
それを気にしない素振りを見せて、軽く目を閉じて両方の手のひらに意識を集中させる。
…けど、いくら第七音素を取り込もうとしても、あたしの周りの音素は濃度すら変わらない。やっぱり調子が悪いのかな…。
軽く涙目になって、どうしよう、と視線を泳がせていると、後ろからぽんっと肩に手を置かれた。ティアだ。
振り向くと目が合って微笑まれた。ふつくしい。
「私が治すわ」
「あ、ああ…」
おずおずと差し出された痛々しい手が光によって見る見るうちに癒えてきた。
その光景に男の人と、何故かあたしも目を丸くしてしまう。
「これでもう大丈夫よ」
「あ、ありがとう…」
「ティア、ありがとう」
「いえ。気にしないで」
…女神様だ。
ほわわんとしながらも、男の人に向き直る。
「…あの、お兄さん。あたし、なんてお詫びをしたらいいか…」
尻すぼみになってしまいながらもそう伝えると、一瞬きょとんとした男の人は勢いよくあたしの両手を握ってきた。
今度はあたしが驚かされる番だった。異性にこうやって手を握られたことは今までなかった……と思う。
そのせいか顔に熱が集まるのを感じて、そのまま硬直してしまった。
それを気にせずと言った様子で男の人は口を開いた。
「それじゃあこのあと俺とデー…」
と、ここで不意に上着のフードが斜め上に引っ張られて、同じタイミングで男の人が不自然に言葉を途切らせた。
多分、ルークだ。
きょとんとしながら振り向くと、むすっとしたルークと目が合う。どうかしたのだろうか。
首を傾げた瞬間、フードから手を離したルークがぎゅっと右腕を握ってきた。少し痛いくらいに。
なんだこの状況、と頭の中がこんがらがりそうになっていると、ルークがあたしの右腕を引きながら歩き出した。こっちは宿屋の方向だ。
「…え、なに、ルーク。どうしたの?」
「……」
黙ってちゃ分からないよ…。
頭の上に大量の疑問符を浮かべながら無言で歩くルークの背中を眺めていたら、隣を歩くティアがくすりと笑った。
「素直じゃないんだから」
「ッ、はぁ!? おっ、俺はただ…っ! は、腹が減っただけだっつーの!」
勢いよく振り向いたルークの顔はめちゃくちゃ真っ赤だった。
…そうか、寂しかったのか。可愛すぎかよ。嬉しすぎてどうしよう。
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