003-3(3/3)


「なぁ、なんか書くもの持ってるか?」


夜も更けてきた頃、ティアと他愛もない話をしていると部屋を訪ねてきたルークの第一声がそれだった。

書くものって……日記かな?

丁度そんなものがバッグに入っていた記憶があるので、少し待ってもらうことにしてバッグをあさってみる。


「そんなもの、何に使うの?」

「……日記だよ」

「に、日記っ!?」


ティアが心底信じられないと言ったように目を丸くして驚いていた。無理もない。
あたしもルークのあの言動しか知らなかったら同じ反応をしていたに違いないもの。

…あ、あった。ノートと万年筆。どっちも新品っぽい。


「…ふん。俺だって付けたくて付けてるんじゃねぇよ。……記憶障害が再発した時に困らないようにって医者に言われてんだ」

「……そう、なの…」


なんとも重たい雰囲気になってしまった。

それを打ち消すように、いつもより明るめの声色でルークにノートと万年筆を渡したら少し微笑まれてお礼を言われた。……し、死ぬ。

こっそり太ももをぎゅーっと抓って耐えていると、ルークにじっと見下ろされた。…追い討ちですか。


「お前、チーグルって知ってるか?」

「……えっと、うん。ここから北にある森に生息してる草食獣だよ。…気になるの?」

「ああ。明日そこに行く」


行きたい、じゃなくて行く、っていうのがルークらしいなって苦笑いした。

そうすると異論を唱えたのはティア。


「明日はカイツールに行く予定だったじゃない。それに、行ってどうするつもり?」

「決まってんだろ。あいつらが泥棒だって証拠を探すんだよ」

「……カノン。あなたからも何か言ってちょうだい」


溜め息を吐いたティアに話を振られて困惑する。

だってあたし、ルークに賛成だもん。

でもティアからすれば、少しでも早くルークをバチカルの屋敷に送り届けたいんだろう。わざとではないにしろ、ここまで連れてきてしまったのは事実なんだから。

ルークといる期間が長ければ長い程罪の意識は増していって、気が気ではないんだと思う。

だけど、それでもあたしは……


「…ごめん。あたしも賛成」

「じゃ、決まりだな」


にしし、と嬉しそうに笑ってルークは部屋へ戻っていった。

満足気な背中を見送りながら小さくおやすみを言う。なんだこれ、幸せすぎか。

するともう一度ティアが溜め息を吐いたので慌ててティアの方を向いた。


「ごめん、ティア…」

「……いいわ。あの様子だと止めても聞かなかっただろうし…」


ふいっと視線を逸らされる。

それがなんだか悲しくて、でもそうさせたのは自分だから自己嫌悪してしまって、目線を落とした。


「…あの、カノン」

「…ん。なぁに?」


そろーっと顔を上げると、困ったように眉尻を下げるティアと目が合う。

普段はクールなティアがこんな表情をするなんて珍しいな、なんて疑問に思っていると、ふとティアが服の下のペンダントを外して掌に乗せた。

現物を見るのは初めてだけど、キラキラと輝く宝石がとても綺麗で、思わず見とれてしまう。


「あの時、止めてくれたお礼が言いたかったの。これは亡くなった母の形見だから…」

「…ううん。気にしないで。何があったかは詳しくは聞かないけど、ルークをここに連れてきちゃった責任をそれくらい感じてるってことでしょ? でも、大丈夫。これから何かあったらあたしがどうにかするし、ルークもすぐお家に帰れるよ」


だからこれからも大事にしてね、って笑って言いながらペンダントを握る手をそっと包むと、ティアは眉尻を下げたままきゅっと眉根を寄せた。

え、…な、泣いちゃうのかな…?

初めて見るティアの表情におろおろしていたらティアが小さく口を開いたので、言葉が発せられるまでじぃっと見つめて待つ。


「カノン。ずっと黙っていてごめんなさい。…あなたに聞いてほしいの」


──ルークをここに連れてきてしまった理由を。

無言で頷いて、ティアの隣に腰を掛けた。

さあ、ここからだ。
あたしの行動で、運命が変われば、きっと。







「…ティアのお兄さんって、ヴァンだよね?」


一通りの説明が終わった後訪れた沈黙を破ったそんな質問に、ティアは目を丸くした。

そんなティアにふっと笑いかけて、穴だらけの記憶を辿る。


「実はヴァンとは古い付き合いなんだ。だから計画のこと、知ってる。何度止めようとしても無駄だった」


未だ驚きを隠せない様子のティアを見て、視線を横に滑らせた。

全部、無駄だったんだ。
いつしか自分では無理だって、諦めていた。

……だから、


「ティアはすごいなって。あたし、本当は心の何処かで躊躇してたんだと思う。あたしとヴァンはただの知人で、ティアは肉親で。それなのにティアは殺める覚悟で止めようとして…」


すごいなって、思ったんだ。


「…ティア」

「?」


首を傾げるティアと目を合わせて、安心させるようにして微笑む。


「今度は絶対止めよう。一緒に」

「…ええ。カノンがいたら心強いわ」

「ありがとう。あたしもだよ」


アクゼリュス崩壊もレプリカ計画も、全部全部、止めるんだ。



To Be Continued...


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