003-1(1/3)
「ありがとうございました」
「ああ。いい旅を」
「はい。ありがとうございます。道中お気を付けて」
あれから数十分後、計画通りエンゲーブに降ろしてもらえた。
降りるまであたし達三人の間に流れていた空気はめちゃくちゃ重かったのは言うまでもない。
にしても馭者のおじさん、めっちゃいい人だったなぁ…。
乗り間違えたことを心配してくれたし、エンゲーブまでの分の運賃を引いて返金してくれようとしたし…。あ、もちろん返金はお断りした。
何度も言う、いい人だった。
003
『ひとつ、また』
小さくなっていった辻馬車を見送りながらほっこりしていると、隣にいるルークがキョロキョロと周りを見回していた。
ふふふ、嬉しそうだな。
またほっこりする。なんだこれ幸せ。さっきまでの雰囲気が嘘みたいだ。
「なぁ、早く村を探検しようぜ。俺、街に出るのって初めてなんだ!」
かっ、可愛すぎか…っ!!
悶えそうになるのを下唇を噛んで必死に抑えて、大きく頷いて見せた。
駆け出したルークの背中を見つめて、つい、顔が緩む。
「随分嬉しそうね」
「…全部が初めてだからね」
軟禁されてたから、とは言わずに。
市場を見回すルークを見て、ふふふっと笑う。
「ルークもだけど、あなたもよ」
「……え」
マジでか。か、顔に出てたかなぁ…?
熱くなった頬を両手で包みながらティアを見上げた。
「ほら、何ていうか可愛い弟みたいな? …世話焼きたくなっちゃうんだよね」
「………よく分からないわ」
本気で何を言ってるのか分からない、といった顔をされてしまった。でもティアもその内分かる時がくるはずだ。いや、こなきゃおかしい。
やや興奮しながらルークの姿を探すと、なんてこった、食材屋の前で立ち止まっているではないか。そして手にはリンゴ。
あ、これやばいやつだ。
急いでルークのもとに駆け出すと、リンゴを齧った瞬間だった。食材屋のおじさんは目を丸くしている。
「ルーク、お勘定した?」
「はぁ? そんなの屋敷からまとめて支払われるだろ…って、ここはマルクトだったっけ」
「うん。今度から気を付けようね。…あの、すみませんでした。これ、代金です」
「あ、ああ…」
少し多めにお金を渡すと、怒るタイミングを失っていたらしい食材屋のおじさんがおずおずと受け取ってくれた。
だけど、周りはざわざわしたままだ。食料泥棒か? とか、漆黒の翼か? とか…。
今、村の人たちはほんのちょっとの疑惑でもそれに結びつけてしまうくらいピリピリしているということだ。逆撫でするようなことはしてはいけない。
「ルーク、行こう」
「…んだよ。気分悪ぃな」
「仕方ないよ。最近食料泥棒が頻繁に現れるらしくてみんなピリピリしてるみたいなんだ。…あ、ティア」
「突然駆け出したと思ったら…何の騒ぎ?」
腑に落ちなさそうなルークを宥めていると、追いかけてくれてきたらしいティアにそう問い掛けられた。
するとルークがバツの悪そうな顔をするから苦笑いしながら話を逸らしたんだけど、宿屋に向かって歩いている途中で次の事件が起きてしまった。
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