001-1(1/2)
「し、死ぬ…」
初めまして。カノンです。
早速ですが、ピンチです。心臓が破裂しそうです。
001
『L'istesso Tempo』
「本当にごめんなさい」
「いやいや、謝らなくていいよ」
寧ろ超ラッキーって感じだったからさ。とも言えず、眉尻を下げる栗毛の美人さんにただ首を横に振って笑いかけることしか出来ない。
何が起きたのかと云うと、遡ること約十分前。
気付いたらあたしはタタル渓谷のセレニアの花が咲くあの場所にぼーっと突っ立ってて、ふとやらなくてはいけないことを思い出した瞬間、その瞬間だ。
頭上に朱毛の青年が降ってきて見事に下敷きになったのだ。願ってもないことでした。ええ、とても。
重さなんて感じることもなく、心臓がバクバクうるさくてどうしようか考えていると、少し離れた場所にいた栗毛の美人さん…ティアが慌てて引っ張り出してくれたのだ。
名残惜しかったけどティアが助けてくれたのが嬉しかったからよしとしよう。
因みに朱毛の青年・ルークは未だに夢の中である。
「不慮の事故だったんだもん、仕方ないよ。それよりキミ、名前は?」
「え? …私はティア」
「カノンだよ。よろしくね」
スッと手を差し出すと、おずおずと握手に応じてくれた。
えへへ、ティアと握手しちゃった…!
ニヤニヤしそうなのを堪えながらすやすやと眠るルーク(可愛すぎか!!)を一瞥して、ティアを見上げた。
「ティアは軍人さん? あの子は民間人みたいだけど」
「え、ええ。その、少し事情があって…」
「そっか。ここは危ないし、起こした方がいいよね。あの子の名前は?」
「…ルークよ」
「ルークね。分かった」
ニコッと笑ってからルークの元へ、一歩を大事にしながら歩み寄る。
うわぉ、なんて可愛い寝顔…。
起こすのが勿体ないくらいだけど、仕方ないか。
「あー、えっと、ルーク? 起きて…」
「!! ぐわっ!? いってぇ〜〜ッ!!」
「…痛い」
何故か勢いよく起きたルークのおでこミーツあたしの恐ろしい程の石頭。
ルークには申し訳ないけど、めっちゃ嬉しい。なに今のワンモアプリーズ。
涙目のルークにきゅんきゅんしながら顔を覗くと、目が合った瞬間、物凄く驚いた顔をされた。
ああ、ティアだと思ったら知らない女だったからだろうな。
「初めましてだね。あたしカノン。たまたま居合わせただけの通りすがりだから、気にしないで」
そう言って二人から離れたところに移動すると、何が起きたのかとか、バチカルまで送るとか、そんな話をしていた。
ハッキリ言って聞こえる距離なんだけど、これからのことを考えて、聞こえないフリをした。
だって、そしたらチーグルの森にいけないもん。
ティアからは手違いでここに飛ばされた、としか聞いてない。
忍び込んだ屋敷から超振動でここに来てしまったなんて言ったら色々面倒だと思ったのだろう。
だからルークの身分のことも、バチカルの屋敷のこともあたしは知らないことになっている。
…さて、どうすればルークと、二人と一緒にいられるかな。
と思考を巡らせていると、ルークの背後の方で何かがキラリと光ったのでカバンから大剣を取り出して息を吐いた。
ティアもそれを感じ取ったようで、眉根を寄せながら杖を構えた。
「ティア、援護お願いするね」
「ええ」
流石にルークも気付いたらしく、こちらを睨みつけてくる数多の魔物から目を離さないままあたしの方に後ずさりをしてきた。
魔物が怖い、なんて当たり前だもんね。
目の前まで迫ってきたルークの背中を優しく叩いて、笑顔でルークのことを見上げた。
「大丈夫だよ、ルーク。あたしとティアが全部やっつけちゃうから、ココにいて」
「…けど」
「心配しないで」
眉尻を下げるその表情は普段の様子からじゃ考えられないくらいとても弱気なものだ。
てかルークってこんなキャラだったっけ?
まあ、可愛いからよしとしよう。
アマードボアが三匹…。きゅっと口を結いながら大剣を握り直す。
──大丈夫。いけるいける。
「崩襲剣!!」
まずは一匹目。
駆け出した勢いのまま飛び上がって、そのまま一匹のアマードボア目掛けて大剣を思い切り振り下ろした。
するとアマードボアは声を上げる間もなく事切れて、それを耳だけで確認しながら周囲を確認する。
幸いなことに、残る二匹の狙いはあたしだ。
詠唱を続けるティアに目配せをしながら、あたしも詠唱破棄で譜術を使おうと前に右手を突き出した。
「……あれ?」
おかしい。いつも通りにやっているはずなのに、何故か音素を取り込めない。
思わず、翳した手を引っ込めて眉間にシワを寄せながら手のひらを見つめる。
……そういえば、譜術って誰に教わったんだっけ? そもそもあたしって譜術を使えてた?
「おい!危ねぇぞ!」
「ッ!?」
ルークの叫び声で我に返った時にはもう直ぐ目の前にアマードボア達が迫ってきていた。
戦いには慣れているはずなのに、どうしてか恐怖を感じてしまって、ひゅっと息を吸い込んだ。
「ナイトメア!」
その時その内の一匹がティアの譜術に依って耳障りな悲鳴を上げながら卒倒した。
だけどまだ一匹残っている。
慌てて大剣を握り直した時にはもう遅く、アマードボアは目と鼻の先に迫っていた。
「魔神拳!」
「…え」
目をぎゅっと瞑ろうとした瞬間、視界に映ったのは朱と赤。
無意識に瞬きを繰り返しながら眼前に現れた朱色を見上げた。
そしたら朱色が、ルークが振り返ってきて目が合う。仏頂面だ。
「ッ、オレも戦うからな!」
「…うん。ありがとう。頼りにしてるよ」
ニッと笑って言うと一瞬面食らった様子を見せたルークだったけど、増員されたアマードボアに向き直って剣を構えていた。
その背中は見違える程に頼もしいもので、堪らず笑顔を零してしまった。
……さぁ、あたしも負けないくらい頑張らなくっちゃ。
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