再会を無事に果たせた緑谷と禄だったが、A組の担任に就任した相澤消太の突然のグラウンドに出ろという言葉に倣い、A組生徒たちはジャージに着替えて各々でグラウンドに集合しつつある。
廊下を歩く相澤の隣に現在生徒として在籍した禄が当たり前のように並んだ。



『生徒を把握するための合法的な手段、ですか』
「お前の記録は改竄しておく」
『お願いしますよ、センセイ』



真新しいジャージに袖を通した年齢的に際どい姿を横目に、相澤は深々と溜息をついた。



「お前のお気に入りが、器に値しなければ容赦はしない」
『除籍ってことですか』
「それでもお前を辞めさせる訳にはいかない。契約に従えると誓えるか」



仰々しい言葉の羅列に、学校の廊下ということも忘れ二人の足元を冷たい風が攫う。
それは彼女の纏う空気が変化したためである。相澤は静かに首元へ手を伸ばす。
薄く開けた唇は、この冷気を軽く引き飛ばした。



『彼は英雄になる男だ』



断言した彼女の口調は普段から想像もつかない程、凛としていた。
これには拍子抜けにも程がある。捕縛武器に伸ばしかけた手を前髪へと持っていき髪をかきあげた。



「…コスプレだな」



直後、廊下に肉をえぐく掘り砕く音が鈍く響き渡った。



◆◆◆




グラウンドに集まったA組生徒たち21名。
この人数は近年稀にみる例外中の例外だった。それもそのはずだ。僕だけが知っている秘密。
それは、邪神禄さんという存在だ。
相澤先生と共に遅れてやってきた禄さんは僕を見つけるなり手を振って隣までやってきた。
中学の頃。あの10ヶ月間のような距離のまま彼女は僕に普通に接してくる。けど……。



「あの禄さん」
『その顔は質問ですね』
「はい。あの……高校生だったんですね」
『…』



それを言った直後。何故か無言で僕は禄さんに頭を撫でられ飴を一つ頂いた。
もしかして、これは……外したのかもしれない。彼女はもっと年上なのかもしれない。そう考えたら彼女のジャージ姿でさえ直視するのが気恥ずかしくなり、僕は地面ばかりを見つめていた。



『詳しい事は守秘義務として口外する事は出来ませんが、これからは常に君の傍にいることだけはお約束しますよ』
「え!あ、そ、その……はっ、はい……」



物怖じすることもなく言ってのけてしまう彼女の凛々しい姿に、僕は段々彼女の事を勘違いしてしまいそうになっていた。まるで王子様のようだ。

そんな淡い時間は過ぎ去るのは早かった。

相澤先生が僕たちに突きつけた【個性把握テストの結果が最下位だった者は除籍処分】という入学初期からの除籍宣言をされ、僕たち生徒一同は息を呑んだ。そうだ、ここは雄英高校で、ヒーロー科。そんな甘い現実が待っていることなんて有り得ないのだ。
青ざめていく僕の隣で禄さんは底抜け明るい声色で、僕にこう言った。



『自分を信じて』



◆◆◆




個性把握テスト。
通常なら個性の使用を禁止しての実力を測るテスト内容なのだが、今は個性を使用して己の個性のアピールをする機会の場となった。自身が自身の個性を把握するという面も含めた非常に合理性の良い時間となっている。
既にプロフェッショナルの英雄として認定を頂いている禄にとっては暇つぶしにもならないテストであるが、一生徒として、また校長と契約を結んだ事により、素直にテストに準じていた。

だが、彼女には他より枷が多い。何故ならDivaとして使用している個性を使用できない点。個性は通常なら一人につき、ひとつだ。だが、例外も居る。そしてそれに該当する彼女だが……ここまで一度も個性を使用せずにテストを行って来ている点は、相澤にも気がつかれている。彼女もまた緑谷とは違った枷が重荷となっているようだった。
握力測定中。周囲が騒がしくなる中、ひとり外れた場所で通常通り測定をしていると相澤がいつの間にか測りを見ていた。



「個性を使わないんだな」
『知ってて訊いてるなら性格悪いですよ先生』
「お前のような爆弾をスカウトしたんだ。一つ潰されたからって手段が無い訳じゃないよな」



―――うわ、ぶん殴りてェ……。


ニヒルな笑みを浮かべて相澤が挑発する。
多少なりとも苛立ちを隠すが、矛先が思わず握っていた握力測定器に集中してしまい。
ふたりの間で軋む音が小さく響いた。目を合わせて互いに音の発した物へ視線を向けると、測定器が歪んで使えない物と化していた。
再び目を合わせたふたりだが、先に逸らしたのは禄だった。



「お前、備品」
『嫌ですね。これ最初から皹入ってましたよ?』
「お前が壊した」
『先生。私、か弱い女の子です』
「お前がか弱い女の子だったら、メスゴリラは愛玩動物になるな」
『あ、手が滑りました』



壊れて使い物にならない測定器を振りかざして、相澤の後頭部を殴打した。
ここまで自然な流れで実行したことにより、相澤は興をつかれ本日二度目の暴行を受けたのだった。



「俺は仮にも先生なんだよ。意味わかるか?」
『せんせーい体罰反対です』
「お前が先にやったんだろうが!」



胸倉を掴みぐらぐらと揺らしているが、全く悪びれた様子もなく半笑いをしている禄に無駄な労力を繰り出す相澤。
これから先、ふたりは教職側と生徒側として未来ある若者たちを影から後方支援していかなければならない、のだが……まだ二の足を踏んでいる状態だった。


邪神禄。握力測定結果無限……。



◆◆◆




緑谷はボール投げで相澤に見抜かれる。
個性の制御が出来ずにいる赤子のようだと……。いつまでも周囲が助け貰うでは英雄とはいえない。英雄とは常に助ける側なのだ、淡い幻想を抱かせる前に、性根を叩き折ることもまた、教職員の務めだと相澤は己の信念に従って教職を振りかざす。

それに対して禄は口を挟まずことの行く末を見守っていた。

ここで終わるような男ではないと核心があったのだろうか、それとも緑谷の素質を見抜いていたのか。後ろへ視線を投げるとオールマイトがこっそりと覗いているのが窺えた。そんな様子を「やれやれ」と首を左右に振った。

信じればいい、ただ直向に。
己が見込んだ次世代の英雄の根本を献身的に信じればいいのだ。憧憬はいつか、座標となるのだから。

緑谷の言動は周囲を動かす。それは英雄の素質と言っても過言ではない。それは誰にでも備わっているものでもない。自身の最初から持ち合わせている性分だ。
晴れやかな気持ちで緑谷の結果を見つめていた。そんな禄の隣にいつの間にか誰かが立っていた。夢中で観戦していた所為で反応に遅れが生じたが、相手は何も攻撃をしかける訳でもなく。ただ一言、ぶち抜いた。



「あんた……Divaか?」



汗が、額からこめかみ、頬と順に流れていき、最後は顎から地面へと注がれていく。
発言をした者を捉えるために視線を横へずらせば、視界に映りこんだのはツートンカラーの澄ました男の子が居た。
目が合うと互いに口を閉ざして、存在を認知しあう。右側が白く左側が赤い二色を備え持ち、左側の目元は痛々しいと感じる火傷の痕が何かを語る冷たい印象の彼。
その鋭い眼光に思わず拳を握った。



―――だれっ?



真っ先に頭の中に浮かんだ疑問はまさにそれだった。
警戒はしているもののやはり何処かお茶らけている禄であった。そしてやはり人の名前を憶えるのが苦手のようだ。
何かを口走ってもこの目の前の男には全て露見されてしまう恐れを感じた。この場で彼女が取れた行動はたったひとつしかない。
薄く開いた唇を結び、少しだけ口角を上げる。目尻を和らげ、表情筋の力を緩ませてから流れる動作で相手を見据えた。



―――ここは黙って笑っておけ!!



という戦法で美少女の微笑みという題名がつきそうな美術作品の絵画のように、誤魔化して彼から距離を置いた。
追いかけて来たらどうするか、内心おどろおどろしていたがそれは杞憂に終わったようだ。彼はこれ以上の介入はしなかった。一応胸を撫で下ろす。あまり露見されるのは避けたいのが本心だ。
距離を置くことに成功してから彼女は近くに居た発育のいい女子生徒を捉まえて彼の名前を聞き出した。



『すみません。あそこにいるツートンの人って誰だかわかりますか?』
「ええ、彼は轟焦凍さんですわ」



素直に教えてくれた女子生徒、八百万百にお辞儀をしてからまた数歩歩む。
何処かで聞き覚えのある【轟】という苗字に、危険信号が密かに鳴っているのだが禄は人物の名前を憶えることに長けていないため、謎は謎のままで終わってしまった。



『どっかで訊いたことあんだよな』
「何がだ?」
『あ、……先生』
「いい加減名前を憶えろ」
『それより先生。あの子、あのツートン君に正体バレそうでした』
「轟だな、推薦組の……お前さっき八百万に訊ねてなかったか?」
『そうでしたっけ?まあ、そんな些末な事は放置法。そうですそうです、トドロキくんです。直球でした』
「へぇー……今のお前からあの歌姫様を連想できるとは大した洞察力だな」
『顔は一緒なんですけど』
「体型が全く違うだろうが」



本日三度目の鳩尾に拳がメリ込んだのは、最早言うまでもない事項。
膝から崩れ落ちそうになりながらも耐えて、相澤は話を続けた。



『やっぱり顔を変えた方がいいですかね』
「顔変える前に目の色変えればいいだろうが」
『……あれ、出久くんは?』
「(無視か)さっき負傷したから保健室に行ったぞ」
『では私も行って来ます』
「待て。お前は何処も怪我してないだろうが」
『先生のセクハr「行って来い」



げしげしと足蹴にするかのように背中をトンと押して相澤は禄をこの場から退場させた。これ以上の論争は時間の無駄だと告げたのだろう。
手を振って勝ち誇った顔を浮かべながら走り出した禄の背中を見つめながら彼女の素性を隠蔽する工作と対策について試行錯誤を始めた。





相澤先生がフレンドリーになりました。すみません。


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