※6話の閑話
※轟視点で短短短文


雄英高校の入学を控えた前日の出来事だった。
夕餉時に珍しくアイツが在席していた事に対して、今日は居るのか。飯が不味くなるとぼやきながら視界に入らないよう目を背けた。離れた位置する座布団の上に座り、歳の離れた姉が用意してくれた夕飯を戴いた。
終始無言の食卓は家族団欒には程遠い光景だった。重い腰を上げたのは兄弟ではなく、空気を重くした原因だった。
箸を進めながら去るのを快く見送っていたが、急に立ち止まり「おい」と声をかけてきた。
反応するのさえ億劫だ。一々俺が返事をしなくても聴こえていることがあいつも周知だ。
だから、あいつは無言で俺の隣に厚みのある用紙を大量に置いた。本にしては薄いが、紙にしては厚い代物に一層顰めた。



「目を通しておけ」



相変わらずの自己主張のみを通し、他者の思考など無き者とするその排他的な思考回路には存外反吐が出る。
お椀を口元で傾け、背後の障子が静かに閉まれば食卓に漸く安寧が訪れた。
隣で姉が息を吐きだしてから、俺に声をかけた。



「今度はどんなモノかしらね」
「知らねえ。どうせくだらないモンだ」



興味を示さない俺に姉が息を吐きだしてから箸を置き、律儀に奴が置いていった厚紙を手にした。
中身を開くと姉は驚いたような声を出す。若干声が裏返っていたほど。



「やだ……これ、お見合い写真じゃない」



思いがけず汁物をお椀の中へ戻した。
口から離し椀を机の上に置けば、姉は口元抑えながら瞳をきらりと輝かせた。
面白がっていることは明白だったが、くだらないと思うことに変わりなく。関係ない部外者を決めこんで余所を向いた。



「観ないの?焦凍の伴侶候補じゃない」
「俺の意思を組みとられてねえもんに、目を通して何になるんだよ」
「確かに。否めないわ」



良識的な姉は俺の言葉に納得しながらも、次から次へと写真を開いて確認している。
自分のことじゃないと軽々しく関与できるものなのだと、人間の心理を見ていた。
すると、何枚目かで姉の手が止まり息を呑む音が耳に届いた。次第に興奮気味に「ちょっと!」と俺の肩まで掴んで揺らし始める。一体なんだというんだ、俺を巻き込むな。
眉根を寄せ不機嫌を露わに姉へ焦点を合わせると、姉はたった一言。息を漏らすように囁いた。



「これ……Divaじゃない」



馴染みのある名前に、目を見開く。はあ、そんな訳……そんな自身の中に芽生えた疑念を打ち消すために姉の手元から証拠の品を取り上げて中身を覗いた。そこには、春の息吹を感じさせるような、柔らかな優美を携えたDivaが写しだされていた。



「Diva……」
「やっぱり、Divaよね?! え、じゃあ承諾したって、こと?」



見合い写真だ、相手にその気がなければこんな代物。親父が持ち出してくる訳がない。
額に手を置き、前髪をかき上げた。一体何を考えてやがる、あのクソ親父………。
現在の世でDivaの名を知らぬ者はいない。老若男女に人気を誇る謳うヒーロー、それが歌姫の謳い文句だ。
颯爽と現れ、人々に癒しの歌を届ける。次世代を行く先駆け者としても、彼女の評価は高い。
そんな期待値を誇るDivaが見合いを承諾?しかも年下の未来もあるかも知れない俺のような小僧と?
滑稽なんて言葉が可愛いもんだと思った。


これはあのクソ親父が勝手に取りつけたもんだ。
―――あいつは、また同じことを繰り返そうとしている。


そう合点が行けば写真を閉じて姉に返した。
食器を片づけ立ち上がると姉に名を呼ばれるが「ごちそうさま」とだけ返して食卓を後にした。



「お前の思い通りになるかよ」



吐き捨てるように、そう呟いた。

あいつは曲がりなりにも俺の親父で、半分はあいつの血が流れている。
だから、あいつが言わんとしていることが理解できた。俺があの中だけで誰を選ぶのか―――。
明日から雄英高校に入学する。その準備を兼ねて自室に戻るが、俺は決意を改めて揺るがぬために反復した。


だが、どうした事か……俺の中で衝撃的だったのだろう。
Divaに雰囲気が似ている女を見つけてしまい、思いがけず莫迦な質問をしたもんだ。



「あんた……Divaか?」



滑稽だな。愚者にも程がある。自身に呆れて物も満足に言えね。
気がついた時には遅く、心の中で罪悪感が湧きおこる中、そいつは更に可笑しかった。
あの写真に写っていた彼女のように、微笑んだ……。


ああ……これは相当重傷だ―――。


初日を終えた月夜は、いつもと同じ縁側から眺めているにも関わらず。
普段より一層輝いて観えた。


(焦凍って意外とDivaの曲も聴くのよね)



To be continued..........



閑話を入れると11話という二桁ゾロ目なのに轟くんの閑話とは轟きです。



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