「学級委員長を決めてもらう」



相澤の発言と共に、周囲は騒然となる。流石は雄英の生徒を勝ち取った生徒たち。雑務に成りえる学級委員長を自ら立候補し成ることで自身の描く将来の英雄像へ前進していく過程なのだろう。
そんな騒がしい中、ぼんやりと窓から見える外の風景を眺めていた禄。毎度の事ながら彼女にとって学級委員長も例外なく関係のない事項だ。だが、今回はやや様子がおかしいようにも窺えた。



「邪神やらんの?」
『ああ、私は別にぃ「静粛にしたまえ!!」



上鳴に返答を返していた彼女の言葉に被さって飯田が大声を出した。



「”多”をけん引する責任重大な仕事だぞ…!{やりたい者}がやれるモノではないだろう!!周囲からの信頼あってこそ務まる聖務…!民主主義に則り真のリーダーを皆で決めるというのなら…これは投票で決めるべき議案!!!」
「そびえ立ってんじゃねーか!! 何故発案した!!!」
「日も浅いのに信頼もクソもないわ飯田ちゃん」
「そんなん皆自分に入れらぁ!」
「だからこそここで複数票を獲った者こそが真にふさわしい人間という事にならないか!?どうでしょうか先生!!!」
「時間内に決めりゃ何でも良いよ」



突如の飯田の提案に、相澤は心底どうでもいいかのように寝袋に入り床で寝始める。
周囲のざわつきを耳にしながら、禄は妙な胸騒ぎを覚えていた。
はっきりとした事柄があるわけでもない。目星がついている訳でもない。それでも心臓が先程から五月蝿く鳴くのは何故なのか。危機が迫っているとでも言うのか。でも、人命に関わるような大それた危険ではなさそうだ。腑に落ちない気持ち悪さが彼女の中で渦をなし、静かな嵐を迎えていた。
神妙な顔つきの禄に八百万が心配そうに声をかけた。



「大丈夫ですか、禄さん?」
『……うん。大丈夫ですよ』



表情には出さないように繊細な注意を払いながら、禄は窓の外を気にした。



「邪神は俺に入れてくれる?」
『ないですね』
「そっかー、ないんだぁ…辛辣だなー、今日の邪神は」
「ご自分の素質に疑問を持たれてくださいな」



八百万の一言に上鳴は雷鳴を頭上から直撃したような気分に晒された。
机の上で唸る上鳴を余所に、投票は滞りなく進行した結果。



「僕 三票―――!!!?」
「なんでデクに…!! 誰が…!!」
「まーおめぇに入るよかわかるけどな!」
「ムム?1票?」
「何だよ飯田も結局自分に入れたんじゃないか」
「いや、俺は他の適任者へ投票をしたんだが……」
「じゃあ他の方があなたに投票したのでしょうね」



八百万の言葉に飯田は周囲を忙しなく見渡した。けれど当然、誰が投票したのかなど知る術を持ち合わせていないため。それは無駄足というものに過ぎなかった。



「(あれ、邪神は0票だ……ま、まさかな)」



上鳴は隣人へ視線を投げるが、その隣人は相変わらず頬杖をついて窓の外を眺めていた。



「じゃあ委員長 緑谷。副委員長 八百万だ」
「うーん。悔しい…」



壇上に立ち祀り上げられた緑谷と八百万に、クラスメイト達は納得の声をあげた。



「緑谷なんだかんだアツイしな!」
「八百万は講評の時のがかっこよかったし!」



◆◆◆




昼食の時刻―――。
食堂へ食べに来ていたが禄はお重をテーブルの上に広げて食べていた。その三段お重が聳え立つテーブルは全員、唾を喉へ無理矢理流し込む。



「(あのスレンダーボディーの何処にあの要領を蓄積できる場所があるワケ?!)」
「(結構食べるだな、邪神)」



上鳴と切島が目の前に座り、小声で会話を交わす中。隣の椅子を引き腰をかけた八百万がそんな邪神の大食漢を目の当たりにしてもうっとりとしていた様子に、上鳴と切島は衝撃を受けていた。



「手作りですの?」
『そう。私じゃないですけど』
「へぇー、……彼氏?彼女?」



耳郎は最初から禄の隣りで昼食をとっていたため、会話に参加する。



『何故彼女という選択肢が出てくるんですか…』
「いやーあんたの容姿だとどっちでも違和感はないからさ」
「耳郎さん失礼ですよ。そんな……それでどちらですか?」
「あんたも気になってんじゃん」
『いや、これはっ……家政婦が、ね』
「え、まさかの金持ち宣言?」
『いや、金持ちっていうか。困らない程度にはあるってくらいで一般的だと思いますけど』
「これで金持ち要素加入したら、もう世の男は惨敗だわ、まで思った」



スプーンをくるりと回しながら耳郎が笑う。



「でも美味しそうですわ」
「てか女子力高いな」
『食べます?』



おかずを一口サイズに箸で千切り、それを挟んで八百万の口元まで運ぶ。
男性が人生に置いて一度は女性にして欲しいランキング上位にランクインしている行為が目の前で展開されていることに、上鳴は「解せぬ」と呟いた。

実際に受けている八百万はお嬢様育ちが故に恥ずべき行為だと喉まででかかった言葉を飲みこんでしまう。食べ物と禄を交互に見ながらどうするべきか悩むが、やはり薄く唇を開けてしまう。魔力でもあるのか、魔性の美貌を誇る禄は害なく懐柔してしまえ天才のようにも思える光景だった。



『美味しいでしょう?』



喉をゴクリと動かす八百万は首を上下に振ることしか出来ず。頬を朱が走った。
それを隣りで見ていた耳郎も真向かいで見ていた切島も伝染するように頬を紅くして目のやり場に困っている様子だった。
それを一人理解していない禄は『ん?』と異様な空気になった食卓で首を傾げた。



「なあ、邪神……」
『どうしました、上鳴くん』



異様な空気の中、普通に食事を再開させた通常運転の禄は抑揚の無い声で上鳴に問う。
一拍溜めてから上鳴は、意を決して立ち上がり、オムライスのスプーンがカランっとテーブルの上に落ちるがお構いなしに、上鳴は頭を下げて片手を差し出した。



「今日俺と飯行ってください!」
「こ、くはくかと思ったわ…」
「び、っくりしましたわ…」
「お前よくこの空気の中誘えたな…」



耳郎、八百万、切島は上鳴の心臓は勇者なのではと呆れた視線も交えつつ事の経緯を眺めていた。
普段の禄ならここで『無理』という返しをするだろう、と誰もが予想していたのだが。今日の彼女は一味違った。
箸を置き、視線を落とす。昨夜の融とフェンリルの散々の文言を思い出しては、舌打ちをしていた。その音は僅かに小さく聞き取れたのは精々耳郎くらいで。
こりゃ断るなと踏む耳郎を余所に、禄も立ち上がり上鳴へ手を伸ばす。それを下から覗いていた上鳴は少し晴れやかな表情をするも伸びてきた手が、自分の手をすり抜け己のネクタイを掴まれる。



「え」



小さな声を余所に力強く引っ張られ、眼前に迫るのは禄の淡い碧眼の双方。
比較的穏やかな表情で態度と言葉が歪に合致していなかった。



『付き合いますよ』
「あ、ありがとう…ございます……」



震える程の冷気が漂った上鳴は、その穏やかな表情の禄から只ならぬ殺気をひしひしと感じ取っていた。でも何故だろうか、距離が近いことに嬉しくなってしまう。
彼は恐怖と歓喜に挟まれたまま奇妙な感情の狭間に立たされていたのだった。



「邪神は何が好きなん?」
『栄養になるものは全部』
「大変素晴らしいですね……じゃあ、ピザでもどうよ?」
『構いませんよ』
「いいね、ピザ」
「学校帰りに寄り道なんて、初めてですわ」
「……いや、何をナチュラルに参加してんのお二人さん」
「別にいいでしょ。女子が一気に三人増えたんだから、少しは喜びな」
「何で上から目線なんだよ!」
「駄目なんですか?」
「いや駄目って訳じゃ……」
『大勢でも構わないですよ』



ふたりきりじゃなくてもよさそうだ、と変な勘違いが通常の認識に戻る禄を余所に上鳴は折角ふたりきりで食事という優先権を獲得したあとの奈落へ突き落とされた気分を奥歯で噛み締めるが、それでも女子と食事をすることに変わりがないため、まあいいかという面持ちで隣りにいる切島を誘うが。



「わりぃ。今日は用事があってさ」
「んだよ。そしたら男のメンツ足りねえじゃんか」
「あと二人探して来てよ」
「わぁーってるよ」



上鳴が今日一緒に付き合える奴は――っと昼食時なので生徒がほぼ集合している食堂をぐるりと見渡していると上鳴の両肩を右手と右手が掴んだ。
後ろを振り返らないと誰が掴んでいるのか把握出来ない上鳴だが、どうしてだろうか。振り返ってはいけない気がした。上鳴の小心警報がけたたましい音を鳴り響かせる。
やだなー、こわいなー。と思っている上鳴を余所に、八百万がさらりと舌に乗せた。



「爆豪さんと、轟さん」
「どうしたのふたりして。てかあんたら来てたんだ」



耳郎も普通の態度でご飯を食べ終えたのか携帯端末を操作している。その隣りで禄はお重を食べ終えたようで、包みで丁寧に梱包していた。
上鳴は何だか普通の女子の反応に、少しの勇気を頂き。思い切って振り返ることにしたが、やはり振り返らない方がよかったと後悔した。



「俺に何か用か、ひぃっ?!!!」



鬼、いや悪魔?! そんな生易しいものではない。この世の滅亡でも予言させるような凶悪犯罪者も飛んで泣きつくような表情をしている爆豪と轟に、もう涙を流すしか恐怖を逃がす術はなかった上鳴。ギリギリと掴まれた肩からは骨の軋む音が止まない。痛みと恐怖に耐え切れずに「切島ァ」と助けを求めて無事に救出してもらうも、そんな上鳴の背中を撫でながら「可哀想に」とあやす切島がいた。そんな尋常じゃない様子を女子三人は目の当たりにしながら「今日どうする?」という会話に花を咲かせた。



「少しは俺の心配してよ!そこの女子たち!」
「いや、切島がいるじゃん」
「慰めてもらってください」
『厚い胸板がお似合いですよ』
「邪神の美人ぃぃーー!」
「頑張って毒吐いてもそれなんだ」



耳郎がケラケラ笑っていると八百万が「それで何か御用でしょうか?」と爆豪と轟に尋ねた。



「「 あ 」」

「「 …… 」」



同調しているのか、互いに互いを横目で見ながら口を閉ざして、導火線に火が点火する寸前の静けさを誇っていた。まるで互いの腹を探っているようだ。
どちらも口を開かない状態が続いたため、痺れを切らした耳郎が爆豪に声をかける。



「あんたは何の用?ってか誰に用なわけ?」



助け舟だったのか、爆豪は眉根を更に寄せて禄を一瞬霞め見てはすぐに視界から逸らし余所を向いた。



「てめェに聴きたい事があんだよ。だからちょっと顔貸せや」
「どこの不良だよ」



指定されたのはやはり、禄だった。
心当たりがありまくる所為で先程から見えない汗を背中に流し続けていた。
渋る様子で重い腰が上がらない禄の腕を痺れを切らした爆豪が掴むなり、無理矢理立たせる。「いいからはよ来い」と急かしながら一歩踏み出す寸前で反対側から禄の腕を無意識に掴む轟が引き止めていた。



「んだよ半分野郎」
「別にここでも聴けるだろ? それともふたりきりじゃなきゃ聴けないような内容なのか?」
「っ……てめェ何が気にくわねえんだ」
「別にそういう訳じゃねえよ。ただこいつの意思を無視したやり方は目に余るって言ってんだ」
「意思だあ? だったら今までのてめェはこいつの意思を尊重してたとでも言えるのかよ」



互いにあまり話したことのない両者が女子を挟んで、口論している。
その現場は端から見れば少女漫画的な展開のアレでソレであるが、三者三様にその手の話に全くと言っていいほど疎い所為で、全く甘い展開にもならず。
止めは両者に取り合いをされているという構図にも関わらず、欠伸をしながらうとうとと舟を漕ぎ始めだしていた禄。
事の経緯を知る切島、上鳴、耳郎、八百万は珍しく意見を合わせていた。



(( ん゛―――!!!! ))



言葉に出来ない。この表現はなんと表せば適切なのか、もし試験内容に問題として提示されていたら誰も答えることは難しかっただろう。
だが、この口論の経緯は突然終焉に向われた。突如鳴り響いた耳を塞ぎたくなるような、胆を冷やし一気に醒める警報が鳴り響いた。



[ セキュリティ3が突破されました ]
[ 生徒の皆さんはすみやかに屋外へ避難して下さい ]



女子力を一夜漬けで装備する方法その@
・手作り弁当で家事をこなせる女子効果(融作)
・中身は煌びやかな女子中心なお弁当だが(融発案)
・お弁当箱が女子じゃない、三段御重、外装は可愛い(主発案)
 

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