「動き回るのでわかり辛いけど髪が下がる瞬間がある。一アクション終えるごとだそしてその間隔は段々短くなってる。無理をするなよイレイザーヘッド」
「―――っ!!(肘が崩れた!)」



死柄木が重い腰を上げ自ら相澤を崩しにかかった。実質通り相澤の肘は皮膚が崩壊し、肉質が露わとなる。それでも襲いかかる敵連合軍をのし虚勢をはる。いや、張らねばならない。
苦虫を潰す思いで死柄木を睨んだ。


―――状況が読めない。あいつは何をやっているさっきから交信しているのに応答がねえ


耳に装着している無線機に応答をし続けているというのに禄から返事がない。特殊な無線機だと聞いていた。現に電波妨害が入り外部との連絡手段を遮断されていてもこの無線機は内部ならば交信は出来ていた。つまり……13号や禄の身に何か起こったということになる。相澤は焦る思考の中最悪な結末に辿り着く。



「その個性じゃ…集団との長期決戦は向いてなくないか? 普段の仕事と勝手が違うんじゃないか? 君が得意なのはあくまで{奇襲からの短期決戦}じゃないか?」



死柄木は追い討ちをかけるようにまくし立てて来た。あくまで冷静に、静かに、迫りくる恐怖の如く……。
振り返り死柄木と対峙する相澤。ふと注意されたことを思い出し舌打ちをした。



『 油断はするなよ。特に、顔面覆ってる奴は 』



―――こういうことか


崩れた肘はもう動かない。機能が停止してしまい片腕だけの抗戦となる。非常に不利な展開となってきていた。



「それでも真正面から飛び込んできたのは生徒に安心を与える為か? かっこいいなあ かっこいいなあ」


死柄木の指し示す方向に影が差す。見上げれば巨躯が相澤の身体を、視界を覆う。闇が広がる瞬間が訪れる。



「ところでヒーロー……本命は俺じゃない」



振り上げられた拳が差し迫る瞬間、頭上から光速で何かが降りて来た。それは迷うことなく脳無めがけて落ちて来た。視認できたのは、白い白い……どこまでも細くて白い……雪の様な雪白だった。





◆◆◆






爆風のような砂埃を発生させて周囲にいた敵連合も吹き飛ぶ始末。死柄木は砂で舞う視界を凝らしながら脳無を確認すると、巨躯が己の眼前に迫っていたことに気がついた。体勢を低くしやり過ごすと先程まで脳無がいた場所には突き刺さっていた。死柄木にとって忘れる事も出来ない馴染みの深い形状。その柄先に人の脚が視える。スラリと伸びるその脚を辿って行けばもう見る影もないプラチナブロンドが新雪になり果てた細くて長い髪が束ねて揺られていた。



「赤ずきん」



目元を覆っていた仮面に亀裂が入り身体から離れる。床に軽い音が響きその碧眼の双眸が死柄木を捕えたがすぐに視線は逸らされた。鎌から降りて地面に突き刺した状態にしつつ相澤の傍に膝をついた。



『だから気をつけろって言ったのに』
「来るのが遅い。だいたい前衛はお前の仕事だろうが」
『指示したんはそっちでしょ』



相澤の手をとり、その甲に唇を押しあてた。すると相澤の崩れた肘がみるみると修復されていきやがて元通りとなる。



「その力……リカバリーガールか」
『付き合いは長いからね。信頼関係バッチリさ』



親指をたててニヤっとする禄の態度にこの危機感の無さはある意味大物だと呆れた相澤。



「生徒たちはどうなってる」
『散り散りかな。でも大丈夫。あの子たち強いから』
「……だといいがな。外部との通信は?」
『まだ遮断されてる。中から強力な妨害を謀られているのかこの無線機でも通信出来ない』
「お前に何度も連絡しても通じなかったしな」
『それは私が遮断していたからだ』
「……ッお・ま・え・は!」



思いきり相澤の手刀が禄の頭部に一撃を与えた。地味な痛みに眉をしかめて『ッたぁー!』と軽く叫んでいる。



「状況を読んで行動しろ!」
『やだ。エッチ。乙女の内緒が知りたいの?』
「寸胴女が何言ってやがる霊長類はそのまま石化でもしてろ」
『辛辣』



相澤の脛を蹴っていると脳無が彼女らに突撃してきた。その速さに二手に別れて避けるが狙いは完全に禄へと向けられていた。体格を活かした近接戦闘。拳が降り注げばその威力は計り知れない破壊行動だ。

それをひらりひらりと交わしながら鎌を手に取り宙で回転をつけて横払いを相手の胴にあてるが、ダメージには至っていないようだ。適切な距離を保つために“重力操作”と“強化”を発動。重力によって相手の動きを鈍らせ負荷を掛けると同時に脚へ通常の3倍の力を与えて隙をつき脳無の腹部に蹴りをお見舞いした。

ふらりとよろけるのを見越してその巨躯から姿を消し、頭上からかかと落としで地面へと埋もらせた。いくら力があろうがそう簡単に地面から抜けだす事は出来ない。重力操作を相手にかけつつ強化を解き、漸く禄は死柄木弔を双眸に映した。



『久しぶりだねシキティー』
「その呼び方やめろ」
『弔は変わらないな』
「お前だって変わらない。ひょうきんな素振りで裏切った癖に馴れ馴れしく話かけるな」
『ふっ…そうだな』



鎌をくるりと手元で回しながら地面に刺す。死柄木は殺気を宿しながら禄を終始見つめていた。



『また随分と大きな玩具を創ったものだな。これはオールマイト用らしいね』
「そうだ。対平和の象徴改人脳無」



玩具を自慢する子供のよう死柄木は禄に聴かせる。脳無とはこんなに素晴らしいのだと手を広げて説明をする。そんな死柄木の話を黙って聞いている禄の姿に死柄木は次第に感情をむき出していく。



「なんでだよ。なあ……ッなんで裏切った!お前は俺の駒としてこれからもずっと、俺とずっとッ――!!」



死柄木の叫びに対して禄は一度視線を地面に落としながら顔をあげて口元を揺るかに上げた。



『私はヒーローになった。ほら、憎いヒーローだぞ? 息の根、止めるんじゃないの?』



旧友との再会。それははっきりと別れを告げるためのものだった。これが彼女の口から初めての決別だったことを死柄木は理解する。
無気力に腕が落ち、霞む声と掻き毟る喉でぼやりと呟く。それが彼の結論だった。



「脳無――殺せ」



地面に埋めたはずだが物ともしない強靭な身体が浮き彫りになる。禄は鎌を手に後ろへ後退し無線機に声をかけた。



『 緑谷くん。絶対に出てきちゃ駄目だよ…何が起こっても 』
「 禄さん!! 」



緑谷たちが居る事は初めから気がついていたようで、禄は脳無からの攻撃を蝶のようにかわした。



『先生、個性!』
「やってるが……力が衰えてねえな」



つまり個性ではない。ふたりの解答は繋がり互いに目配せを送る。近接戦闘に置いて相澤の力ではダメージを負わせられない。かといって武器での物理攻撃も不可。ならば選択肢はひとつしかない。禄の“譲托”を使用しての戦闘方式。それしか道はない。再び“重力操作”と“強化”を使用して脳無に抵抗した。

鎌を邪魔に思い形状を変え小型の銃器に変更した。弾丸は火薬ではなくペイントボールのようで、発砲する度に脳無の身体に桃色のペイントがされていく。
拳が一発ずつ重い。地面を粉砕する威力、爆風、一瞬でも気を緩ませればあの拳の餌食となり、最悪地面のような結末を迎える事になる。



『 フェンリル 』



何度か呼びかけている黒曜人狼の無線は未だ応答がない。苦虫を潰す思いで禄は蹴りを脳無の顔面に思いきり喰らわせた。



『(ダメージの遮断?一応効いてはいるようだけどそれでも微々たる程度)』



与える力が弱いのか、それとも身体能力値が異様に高い所為なのか。対オールマイト用ということはワン・フォー・オールに耐えられる肉体と云う事の方が合点がいく。禄は脚を掴まれる前に宙へ逃げ距離を保つように後退した。



「あいつが相手だと脳無も手こずるな…肉弾戦闘タイプでもないし。かといって迂闊に策もなく突っ込めばあいつの餌食だ。……あーやっかいな奴だな」



死柄木は口元を歪に歪ませた。それはこの展開を読んでいたからだ………。



「響かせろ、不協和音」



指揮者のように振る舞う死柄木の声は空洞の場所から波紋を呼ぶ。そして次に聴こえて来たのは女性のソプラノ声だった。



「なにかしら…」
「歌……?」



蛙吹と緑谷は周囲から聴こえてくる音色に疑問をもつ程度で終わったが、禄はだけはそうではなかった。突然動きが停止し苦しみだした。



「この声は……!」
『、ぐッ――!!』



頭を抱えて両耳を抑えようとしている。そうまるで不協和音に耐えられないかのように。
焦点が定まらないのか呻き声を上げながら耳からは本人も気づいていないのか血が流れその場に膝をついた彼女の前方には脳無が立ちはだかっていた。
霞む視界の中揺れる脳内で彼女は脳無の攻撃を避けようとするが指先の一本も動かせない。振動が鼓膜を震わせ直接脳内にダメージを与えられているために彼女は蹲るしかできなかった。そんな彼女の身体を突き飛ばしたのは。



『あ、いざわっ先生ッ!!』



脳無の拳を直接味わい相澤の身体は広間へと吹き飛ばされていく。それを助けようと伸ばした手は相澤から零れ落ちた真珠玉くらいの珠を掴んだ。



『ッ―――!』



それを握りしめ脳無の次なる拳が彼女の脇腹を捉えて水難ゾーンへと殴り飛ばした。
細身の身体が風船のように飛ばされていく様を緑谷は追いかけた。声に出そうになった口を抑え込み必死で、心の中で、涙を溜めて叫んだ。


――――禄さんッッ!!!!




今回のデクくん……主人公の名前しか叫んでへん!!!!
「ああ、本当だ」


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