禄さんが水の中に沈んだ後、相澤先生は脳無にマウントを捕られ虐殺的な暴力が振るわれ続けた。



「“個性”を消せる。素敵だけどなんてことはないね。圧倒的な力の前ではつまりただの“無個性”だもの」



死柄木と呼ばれる男の無慈悲の言葉が降りかかる中、相澤先生は眼を背に圧し掛かる脳無へと注ぎ“個性”を発揮させるが、右手を掴まれ軽々と砕かれ折られる。



「ぐぁ……!!」


―――小枝でも折るかのように…!! 身体の一部でも見れば消せる。確かに個性は消したつまり素の力がコレか! オールマイト並みじゃねぇか…



頭部を掴まれそのまま地面に叩きつけられる相澤先生に僕は後ろへ視線を送る。



「緑谷ダメだ…さすがに考え改めただろ…?」
「ケロ…」



峰田くんも蛙吹さんも戦意喪失、というより圧倒的武力の前に死を予見したんだ。僕も声を失って混乱する。禄さんを救けるべきなのが最善の策だけど、ここで音をたてれば敵に気づかれる恐れもある。それに僕は気がついてしまう。彼女が言った言葉の意味を。



『 緑谷くん。絶対に出てきちゃ駄目だよ…何が起こっても 』



アレはこういう事だったのかもしれない。彼女は自分の身に何が起こるのか最悪まで想定した上で僕らの安否を優先させた。僕らと共に机を囲み、生徒として同じ学びやに通っていても、僕と禄さんは決定的に違うことを改めて思い知らされる。彼女と死柄木の会話は蛙吹さんや峰田くんには聞こえなかったけど、無線機を通じて僕の耳にはしっかりと届いていた。


―――まさか……あなたが敵だったなんて、そんなっ……そんなの信じたくない!!!


今、考えるべきことではないのに、悲観的になっている所為か。余計なことばかりが浮かんでしまう。



「死柄木 弔」
「黒霧。13号はやったのか」
「行動不能には出来たものの散らし損ねた生徒がおりまして……一名逃げられました」
「………は? は―――… はあ――― 黒霧 おまえ おまえがワープゲートじゃなかったら粉々にしたよ…」



淡々と言っているが、死柄木は明らかに苛立ちを隠せてはいなかった。黒霧と呼ばれたあのワープゲートの人も集まってしまったけど。どうやら誰かが外へ救難信号を出しに行ったんだと推測できた。少しだけ視えた希望に僕の思考は一旦、闇へ行くことを立ち止まった。



「さすがに何十人ものプロ相手じゃ敵わない。ゲームオーバーだ。あーあ…今回は ゲームオーバーだ。帰ろっか」
「……帰る?カエルっつったかのか今??」
「そう聞こえたわ」
「やっやったあ助かるんだ俺たち!」
「ええでも…」



峰田くんが蛙吹さんの胸を掴んだのは僕にも見えた。そして顔を沈めている行動にも黙認する。



「気味が悪いわ緑谷ちゃん」
「うん…これだけのことをしといて…あっさり引き下がるなんて…」


―――オールマイトを殺したいんじゃないのか!?

これで帰ったら雄英の危機意識が上がるだけだぞ!!

ゲームオーバー?

何だ… 何考えてるんだ こいつら!!

余計に混乱した。錯乱させられているのか、それとも敵という人物たちはこんな予測もつかない行動ばかりをとるのだろうか?



「あ、そうだ。帰る前に平和の象徴としての矜持を少しでもへし折って帰ろう!」



言い終える前に死柄木が僕らの目の前に現れ、蛙吹さんの頭部へ手を伸ばした。あの手を――!
あの手は相澤先生の肘を崩した“個性”を発現させる手。どうやって僕らに気がついた。何故襲った。あの手にかかったら蛙吹さんは……蛙吹さんの頭部は……っっ!!!!
手も足も出せずにまるで時間がゆっくりと過ぎるみたいに僕の目には映った。



「………本っ当かっこいいぜ イレイザーヘッド」



だけどそれは相澤先生の“個性”のおかげで免れるが脳無に再び地面に叩きつけられた。そこで漸く僕は息をつき非常事態であると身体に信号を送り出す事が出来た。水の中を飛び出し拳を構えた。


―――ヤバイヤバイヤバイヤバイ


さっきの敵たちとは明らかに違う!! 蛙吹さん!!救けて逃げ…!!



「手っ…放せぇ!!」



拳を掲げて「スマッシュ!!!!」と声を張り上げて拳を振るう。力の制限もせずにありったけの力を込めて送りだした攻撃は爆風を巻き起こした。その衝撃は水を波立たせ、建物内の照明を次々と破壊するほどの威力だった。
眼を開けると僕の腕は大抵折れる末路を迎えるが、そこには健全な腕が存在していた。
こんな非常事態だけど僕は喜んでしまう。


――折れてない!!?

 “力の調整”がこんな時に!! 出来た!? うまくスマッシュ決まった!!!

 やった…



そう思った視界にはいつの間にか脳無が存在していた。僕は驚く。間抜けにも。



「え」



何故こいつがここにいる。間に合ったと言うのかあの距離からそれはあまりにも規格外すぎる所業。通常の人間が出来る訳がない……あ。僕はそこで思い出してしまう。忘れてしまっていた蛙吹さんの言葉を。



「 殺せる算段が整ってるから連中こんな無茶してるんじゃないの? 」



―――まさか……


「いい動きをするなあ…スマッシュって…オールマイトのフォロワーかい?…まあ、いいや君」



死柄木が興味を失せたと同時に脳無は僕の呆然とした腕を掴み、殺意を向けられた。
殺される……。僕の中に浮かぶ言葉。手も足も動かせない。歯を食いしばりあの異常な力で僕も潰されてしまうのだ、と想像した。
蛙吹さんが死柄木の手を払い、僕を救けようと舌を伸ばす。それでも迫りくる恐怖が僕らを襲う。


もう助けてくれるヒーローはいない……――――ドボッ


それは突然襲ってきた。水が勢いよく僕らに襲いかかり撒きこもうと渦をまく。だけど身体が流される引力に引っ張られる感覚は少しも恐くはなかった。だってそれはまるで僕を救けようとしてくれていたからだ。



「なんだっ…!」



猛威のように襲いかかる水に敵は混乱している。僕や蛙吹さん、峰田くんは水の珠の中に居てその様子をやや呆然と眺めていた。



『ああ――……水飲んじゃったよ』



ゴホっと咳込みながら水の中から現れた人物に僕らは涙を溢した。



「禄さんッッ!」



水の上に上がりそのまま水面を歩行する。多分彼女は今“個性”を使用しているんだ。
僕らの方へウインクをしてみせて三つのスーパーボールを飛ばし、更に水珠をコーティングした。多分これは僕が黒霧に襲われたときに使用してくれた結界だと思う。



「お前っ……あの攻撃をどうやって……!」
『咄嗟に結界はって避けた……んで、コレそのお返しね!』



片手に何か小さな球体が視える。それを宙へ投げて口の中に含んで呑みこんだ禄さんは外套から導線が剥き出しになっているコードを手に口に咥えて、指先を敵に向けた。



『電撃』



指先から電流が流れ始める、一直線に死柄木たちへと波上に向かい関電させた。
水で濡れた身体は電気を通しやすい原理を用途した攻撃に膝をつき始める。
僕らに雷の攻撃がいかないように二重で結界を張ったんだコレ。
そして拳銃を片手に宙へ数発撃ちこむと突然何もないところから女の子が姿を現し地面に倒れ込んだ。



「セルキーの居場所がよくわかりましたね」
『黒霧が居れば簡単でしょ。姿を現さないでの奇襲攻撃。コレの特性を活かした大胆な発想だったよ』



喉をさしてニヤリと笑う禄さん。ワープゲートで敵を隠し音だけを送ることでこちら側に存在を認知させずに不意打ちが出来たってことか。まさか電撃を喰らわせたのってその正体を炙るためにやったのか?
しかもあの銃に装填されている弾。よくみると女の子は血を流していないってことは、アレは脳無にも使用していたペイント弾。



『もしそいつに透明になれる個性を使用されてもコレでもう逃さない』
「ちっ……戦闘狂が!」



死柄木が僕に向かって走り出した。いくら結界に護られているからといって彼の“個性”で破られないとは限らない。迫りくる恐怖に「ひぃ」と喉が悲鳴を上げたが彼が触れても僕の球体は消せなかった。



『弔……現実ってのは紙の上でたてた完璧な策を行使したとしても、戦況によっては覆されるんだよ。前にも教えてやったろ』
「イレイザーヘッドの……!」



禄さんの瞳が赤く色づいている。あれは確かに相澤先生の“個性”だ。



「もしかしてあの珠に何か意味があるのか?だが、しかし………ブツブツ」
「緑谷ちゃん。今は禄ちゃんに感謝しましょう」
「そ、そうだね!」
「邪神の奴チートすぎだろ」



それはプロヒーローだからです。なんて言えなかった。



「俺や黒霧の“個性”を消せても脳無やセルキーのは消せない……」
「それにあなたは5つの発動限界があります。今はざっと……4つですかね」
『気になるなら試してみれば?』



禄さんの眉がぴくりと動くが挑発するように好戦的に誘う。



「脳無…」



死柄木の声に反応して禄の元へ突進していく。再び彼女と一戦を交えることになり、闘いの狼煙は燃えあがっていた。


『 合図を出したら全速力で逃げて。振り返らずに 』
「 禄さん、なにいって……あなたはさっき脳無に殴られて! 」
『 お願い……護らせて 』



無線機から聴こえる消えそうな息遣い。彼女は相当ダメージを与えられている。このまま見過ごせる訳がない。
けれど……彼女を援護出来る力は今の僕には備わっていない。無傷の掌に視線を落とした。
徐に顔を上げると僕を真っ直ぐ見つめる強い意思が宿った彼女の碧眼と遭遇する。



「蛙吹さん。峰田くん。合図があったら振り返らずに広間を抜けよう」
「緑谷それって……!」
「禄ちゃんが決断したのね」
「うん……」



僕が頷くと蛙吹さんは「わかったわ」と言ってくれた。峰田くんもしぶしぶと言った様子。
それを聴いていた彼女は拳銃から形状を大鎌へと替え一定の距離を保つと手元で回転させ瓦礫や水を巻き込み旋風を巻き起こした。視界を悪くさせたと同時に彼女は僕らの結界を解いた。
彼女は腕環から紐を取り出してそれを相澤先生目掛けて投げて身体に張りつくと、引っ張り引力によって相澤先生を抱きこんだ。



『先生!』
「…ぐっ……」
『まったく……私なんて救けるから。柄にもないことせんでくださいよ』
「…るさい」
『今リカバリー、してあげたいけどそんな猶予はくれないみたい』



旋風を無理矢理沈静化させた脳無の強靭な身体が弾丸のように向ってくる。禄さんは大鎌を片手に水色のスーパーボールを相澤先生に投げ結界で包んだ。
そして被害を抑える為に自らも脳無に向かって対峙する。そんな姿を見て僕と蛙吹さんは引き返し相澤先生の元へ走った。



「そっち持って!」
「ええ!」
「お、おい!急げって!」



峰田くんも引き戻り僕らを急かす。相澤先生を持ち上げた時。僕らの前には再び死柄木弔が現れた。ワープゲートの個性を使用して距離を詰められた。



「逃げとけばよかったのに、馬鹿だな」



手が伸びて来る。視界を覆うあの手が……破壊を予見させるあの手が眼前に迫った時。大鎌が死柄木の肩に刺さり彼の身体が浮いた。
僕の視線はゆっくりと飛んできた方向へ眼を向けるとそこには、禄さんが居て。そしてそんな彼女の背後には脳無の拳が迫っていた。



「ッ――禄さァァ――ン!!!」



彼女が地面に叩きつけられ、赤い飛沫が冷たいコンクリートを染めた。
二打撃目の拳も入り、僕らは相澤先生のリプレイを見せられているかのようだった。あの残虐性際回りない光景を二度も目にしたのだ。
だが、三撃目にしてワープゲートが制止させた。



「死柄木弔、殺してはいけません。彼女はまだ利用価値があります」
「はあ?何言ってんの黒霧。お前がヘマをしておいてよくでかい口を叩けたね。何が何でもあいつは殺す」
「―――あの人の命ですよ?」
「……はあ―――わかったよ。脳無」



振り上げた拳は寸前で止まり彼女の身体を持ち上げた。ぐったりとしている四肢が揺れている。
彼女の白い髪が紅く染めらている様に唾が上手く飲み込めない。
軽々と突き刺さった鎌を抜き地面に投げ捨てると、禄さんの髪を掴んで顔を上げさせた死柄木。



「まだ息あるよね?ほら治してよ」
『…ぐッ…ざ、けんなっ!』
「ははは……鈍ったんじゃない? ヒーローとか莫迦げた活動してるから碌でもなくなるんだ。折角お前のために用意したセルキーも無駄骨だったな」



ギリっと強く彼女の髪を引っ張り嘲笑う。



「本当は脳無の攻撃をまともに喰らったんだろ? 仲間の前で虚勢を張ったんだろ? 安心させるために…あーやだやだヒーローって奴は自己犠牲主義が多くて……何も出来やしないんだ。お前の過去も誰も清算できない。敵だったお前の経歴は失われない。きっとお前の事を偽善者と罵る……お前は誰も護れないよ」



興が逸れたのか手を放すと先に歩きだす。脳無も依然禄さんを掴んだまま後を追いかける。
そのとき、相澤先生を包んでいた膜がパチン、と弾けて消失した。それは、血を流した禄さんの意識が遠のいたことを指し示す。


――――このままじゃっ!


脚に力を込めて僕は飛び出していた。



「放せぇッ!」



拳を構える。腕がどうなろうがそんなことはどうでもいい。今は、なんとかしてでも禄さんを救出するのが最優先だ!
奇襲に気がつき死柄木はゆったりとした動作でワープゲートが作動。僕の眼前には真っ黒い霧が立ち込めた。
そのとき、爆音が背後から轟いた。



「もう大丈夫」



僕らは皆、後ろへ振り返る。扉が盛大に壊された音と、煙の中から現れた人物に僕らは安堵した。



「私が来た」



オールマイトが黒曜狼と共に登場した。閉ざされた闇の中、より輝く光が一層眩しさを物語らせた。



「あ―――…コンティニューだ」





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