薄暗い室内で音だけが反響する。だけどヘッドフォンから流れてくる音は次第に灰色になった。
ヘッドフォンを外して後ろへ振り返るとガラス越しから精錬された顔つきの男性が顔をあげてマイク越しに告げた。



「すみません。どうやら見破られたみたいです」
「……そう。まだ“繋げる”感覚は鍛錬しなければならないわね。映像は?」
「それなら表示できます」



カチャカチャ、とキーボードを叩き男性はモニターを起動させる。壁に映し出された映像は視点から言って低い。どうやら倒れているようだ。



「こちらからではまだ視認できないのが問題ね。“リンク”する段階でコレではお話にならない」
「あれは特殊ですから音や声だけでも“繋げた”ことは関心の領域かと」
「いえ。やはり戦況は常に想像の範疇を越えるもの。やはり“視えない”というのは究極的な“ハンデ”だわ」



流暢な言葉で女性は顎に指先をあてる。手をあげると男性は再びキーボードを操作し映像が巻き戻される。



「見破られていたのね」
「でも鼓膜はおじゃんにしました」
「耳が良いのを逆手にとったけれど…やはり侮っていたわ」
「それはどういう…」
「最初から気が付いていたのよ。このペイント弾を撃ったのが証拠」
「あのペイント弾は透明化の防止だと戯言で述べていただけで」
「いいえ。あれは着色目的でつけたのではないわ……初めから毒を仕込んでいたのよ。きっと動けないということは、神経系の毒ね。試したのね…“脳無”が“ショック吸収”の個性を所持しているからそれと同様な肉体改造をされているんじゃないかって。でも動かないことを知り、防御性に長けていない事を知られた……やはりまだ試作段階のものを投入するのは反対だったの」



親指の爪に歯をたててギリギリと女性は、やや苛立ちを隠せてはいなかったが。次第に落ち着きを見せ始め「はあ」と息をついた。



「最後に起動できる?」
「え、まあ…多少ならば」



――何故あれだけの状況証拠だけであそこまで策を練れるのか



女性は柔和な美笑を携えながらこう、囁いた。



「相変わらずね……禄」





◆◆◆






「つまり君は私を援けるために“水性(血液)”を使ってまで“凝固”して攻撃してくれたのではなく。初めから小さな切り傷を作りそこから毒性を内部から注入するために行ったというワケか」
『うん、血液の方が即効性があるから』
「そんな純粋な瞳で頷かないで」
「だから突然動かなくなったんですね」
『神経系の毒だから麻痺状態だね。まあ“脳無”まではそこまで上手くいかなかったみたいだけど』



視線は未だ氷漬けにされている不死身の脳無へと注がれた。



「“ショック吸収”だなんて気がついていたのかい?」
『まさか。そんなレアみたいな個性だったらもっと他にやりようがあった。知らなかったから試しにペイント弾に毒素仕込むような回りくどい戦法を取った訳だし』



そこで切島、爆豪、轟の三人は唖然とした。それは何故か……圧倒的すぎる“戦闘能力”それに伴った“策”に“対応力”を兼ね揃えている禄に、皆一様に動揺を隠せないでいる。
同じ学年、同じ教室、そして女性であるという点から信じられないよりも次元が違いすぎるその圧倒するまでのセンス。とてもじゃないが“同級の友”とは言えなかった。ましてや“特待生”という異例の存在に、納得せざる終えない。
静粛にさせてしまったというのに禄は急に静かになった周囲の反応に小首を傾げていた。



「ところで、無理したね」
『……あ〜いタたたっ……肋骨がいたたたっ』
「折れてるって言ってたね。それで動いていたのかい?」
『脳無のパンチ凄かったね、出久くん』
「へあ?!」



突然巻き込まれた緑谷は言葉を濁しながらしどろもどろに答えるがオールマイトの痛い視線は留まる事を知らない。一向に目を合わせない禄に諦めの溜息を溢しながらその大きな手で彼女の頭部を撫でた。



「君の無茶を今の私が咎める訳がないな」



ポケットから取り出したタブレットケースを彼女の手元に落とすと、立ちあがっていた死柄木へ向き直った。



「久しぶりに効いたわお前の毒素……でも対したことなかった。それくらいお前を衰弱させたってことなら、まあ割にあったお返しだったかな」
『あらら……やっぱ即席じゃ効果なんてないようなもんか』



タブレットから取り出した緑色の珠を掌に乗せて口内へ放り込む。



「脳無」



死柄木の声ひとつで脳無が氷結された状態で動き始めた。半身が氷漬けにされているというのに脳無はもがきながら、半壊しながら立ち上がる。その異様な光景に目を見張った。
見る見るうちに肉の繊維から再構築をはじめていく脳無の身体は、まさに“個性”そのもの。



「“ショック吸収”の個性じゃないのか!?」
「別にそれだけとは言ってないだろう。これは“超再生”だな」
『複数持ち…ネ』
「脳無はおまえの100%にも耐えられるよう改造された超高性能サンドバック人間さ」



誇らしげに語る死柄木の言葉に、禄は険しい表情で見つめていた。



「まずは出入口の奪還だ……行け脳無」



再生をした完全なる状態になった脳無は死柄木の命により黒霧を捕えている爆豪に向かって真っ直ぐ殺意を向けに走行した。
その速さはオールマイト並み故に誰にも追いつけない速度だった。そんな速度で向われたとしても今の爆豪が自身で回避することは100%不可能に等しい。
オールマイトが咄嗟に脳無との間に入り、爆豪を禄の居る方へ投げ飛ばす。それを先程疲労回復薬を飲み血液増量をしたおかげで多少なりとも動けるようになった禄が受け止め、生徒らの周囲にドーム型の“結界”を張り巡らせた。
すさまじい爆風が周囲を吹き飛ばしていく。視界を覆う程の風が周囲を混乱へと導くが、視界が晴れていくと爆豪が居た場所に、脳無が鎮座していた。その事実に驚きはするもの、現在の自分達の状況に先に気がついたのは緑谷だった。



「あ、あれ……衝撃波が、あ、結界……?禄さん!?」
『みんな大丈夫?』
「お、おう」
「ああ……」
『爆豪くんも平気?』
「…あ……」



爆豪を後ろから抱きかかえるようにして彼女の腕が彼の胸に回されていた。
一体何故爆豪がここいるのか、自分で避けたとは到底思えない。と思考を巡らせながら生徒らは一際煙をあげる場所へと目を向ける。そこにはオールマイトが咳込みながらいた。



「子供を庇って、その子供を受け取り尚且つ結界で爆風から護った」



死柄木はぼそりと呟きながら視線を禄へと向ける。そこにはパチン、と指を鳴らして“結界”を解き、爆豪から離れながら周囲から視線の外れる場所にて軽い咳を繰り返す彼女の姿が反射していた。



「加減をしらないのか」
「仕方ないだろ。仲間を救ける為さしかたないだろ?さっきだってホラそこの…あ――…地味なやつ。あいつが俺に思いっ切り殴りかかろうとしたぜ?他が為に振るう暴力は美談になるんだ、そうだろ?ヒーロー?」



死柄木が禄を横目に捕える。まるでこれは彼女にも該当しているのだと訴えているようだ。



「俺はなオールマイト!怒ってるんだ!同じ暴力がヒーローと敵でカテゴライズされ善し悪しが決まるこの世の中に!!」
『パクったなあんにゃろう』



ぼそっと呟いた禄の台詞を轟は聞き逃さなかった。



「何が平和の象徴!!所詮抑圧の為の暴力装置だおまえは!暴力は暴力しか生まないのだとおまえを殺すことで世に知らしめるのさ!」
「めちゃくちゃだな。そういう思想犯の眼は静かに燃ゆるもの。自分が楽しみたいだけだろ嘘吐きめ」
「バレるの早…」



ニタ、と無邪気そうに歪んだ笑みを浮かべる死柄木に轟は静かに向き直った。



「3対5だ」
『え、私は?』
「怪我してんだろ。肋骨だけは完治してねえんだから引っ込んでろ」
『大丈夫……4本しか折れてないから!』
「そんなケロっとした顔で言う台詞じゃないですよ禄さん」
「4本逝ったらあぶねえって邪神は俺らの後ろな」
「出者ッばんなよ」
「過保護か」



死柄木が静かに指をさして黒霧に同意を求めると黒霧は「いえいえ普通です」と答えていた。



「邪神くん…緊張感」
『もってますよ』
「もってない……はあお願いだ君たち。目を放すと危険だから邪神くんを連れて逃げてくれ」
「あいつを参加させないのは同意するが……さっきのは俺がサポート入らなけりゃやばかったでしょう」
「それはそれだ轟少年!!ありがとな!!しかし大丈夫!!プロの本気を見ていなさい!!」



親指を上げて彼は笑う。禄は眼を瞑りながら彼の意思を確かに聴き届けた。



「脳無、黒霧、やれ。俺は子どもをあしらってあいつを戦闘不能にして持ち帰る」



死柄木の声に『やっぱり』と好戦的に笑う禄が生徒らより一歩も二歩も前に出る。
それを見越していた死柄木は体勢を低くして助走をつけてきた。



「クリアして帰ろう!」



禄は“個性”で生みだしたペイントで床に線を引いた。生徒らと自分の間に。



「邪神…なにしてんだ」
「禄さん」



切島と緑谷の問いかけに微笑むばかりで禄は新たな結界を発動させた。オーロラの光に覆われたその結界は破れないのか、ドンっと叩いても壊れる事はなかった。



『ペイントで線引きした結界は、内側からは絶対に破れない上にどんな攻撃も弾き飛ばす強力なもの。でも難点は……発動者がその中に入れないこと』
「っ邪神!俺を出せ!お前の傷であいつに対抗するっていうのかよ」



轟が氷結をしてもビクともしない。そんな彼らに向かって手だけを突き出し、二本たてた。


それはピースサインだった。




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