オールマイトと脳無が飛び出す。互いに迫り合い拳を突き出し、交えた一戦。
そこから生まれた爆風は全てを弾き飛ばした。向って来ていた死柄木が宙へ飛び後退するほどに。
周囲に居た生徒たちにも被害はあったが、そこは禄の結界により護られた。これを予見しての行動だったのだと緑谷は思う。だが、ということは盾もない禄はまだ肋骨も完全に修復された訳ではないあの身体では、もろにこの爆風でも請けてしまえば一溜まりもないんじゃないかと考え周囲を見渡すが何処にも居ない。そして自然と前方へ目を向ければそこには、二つの影が存在していた。



「……かっちゃん!」



爆豪が禄を庇うように前に出て爆風を受けていた。



「お前の“結界(個性)”ってのは水だろ?つぅーことは弱点は火力ってこった。内側からありったけ爆破すりゃ綻びが生まれたぜ」
『よく見てるね』
「てめえにばっかいい格好させるかよ」



爆豪は後ろへ視線を送った。彼は気がついていたようだ。彼女がまだ万全ではないということを。その証拠に彼女の蹲った場所にはまた血溜まりが形成されていた。
唇の端から血が零れるのを袖口で拭きながら『はは』と笑っている禄に爆豪は舌打ちをかました。



「かっちゃんいつの間に……」
「爆豪の奴邪神のこともよく見てるよな」



緑谷と切島が会話をしていることを余所に隣で結界の壁に手をついていた轟は、ゆっくりと腕を下ろしていき力無く垂れさがった。



「おいおい…“ショック吸収”って……さっき自分で言ってたじゃんか」
「そうだな!」



そこからオールマイトは脳無と連続で拳を撃ちあう。瓦礫や破損物が飛び交う中、まだ風が嵐のように襲ってくる。身体を浮かせるくらいには重いその風に耐えられなくなる爆豪の身体が、段々と後退していく。それを見越した禄は歯を食いしばりながら“重力操作”で自分に使用した。



『爆豪くん。私を抱きしめて』
「……ッハァア??!!!」
『いいから早く!』
「ッ、チクショッ!!!」



爆豪は何故か震えながらも禄の剣幕に推される形で両腕を彼女の華奢な身体に回して抱きしめた。触れ合った箇所から“個性”を加えて身体が浮かないよう固定させることに成功した。
オールマイトの猛威に脳無が耐えきれなくなったのか身体が宙へ飛び、それを追いかけたことによりこちらへの被害が減少した。風が次第に凪ぎ、瓦礫や破損物が収まって来ると同時に禄は周囲を警戒しながら“重力操作”と“結界”を解いた。



『戦況は』
「圧倒的だな」



逞しい腕から死柄木等の位置とオールマイトと脳無の位置を把握していると背後から緑谷達がやってきて。



「爆豪、いつまで邪神を抱きしめてんだ?」



切島に指摘されて漸く爆豪は現実を知り素早く両腕を上に上げて一目散に距離を取った。



「ほんとっおめえは邪神が好きだな!」
「はああああ??!!!んなア訳ねえだろがー!このクソ髪ガァ!!!!」



真っ赤な顔をして切島に絡んでいた。その一方禄は緑谷に肩を借りてその場に座ったまま脳無の行く末を見つめていた。



『ほんとっ……レジェンド』



呟きと同時に脳無は場外へと吹き飛ばされていった。無茶苦茶でデタラメな力はそれこそ光になりうる。


―――痛感させられるのだ、ヒーローとは英雄とは何か?


「禄さん傷口がっ」
『大丈夫、それより心配する相手が違うんじゃない?』



禄が指し示す場所にはオールマイトが煙幕の中から姿を現す。



「やはり衰えた。全盛期なら5発も撃てば充分だったろうに……300発以上も撃ってしまった」
『私にお説教とか無理でしょ』
「まったく邪神くんは回避力が強いな(君は子どもたちを連れて逃げてくれ)」
『説教なんて誰も聴きたくないでしょ(わかった、けど……時間切れなんじゃない?)』



オールマイトは僅かに眉を動かした。その答えに寄って禄は『はあ』と息を吐きだす。
だが首を左右に振りオールマイトは死柄木に向き直った。



「さてと敵。お互い早めに決着つけたいね」
「衰えた?嘘だろ…完全に気圧されたよ。よくも俺の脳無を…チートがぁ……!」



死柄木は怒りと恐怖が鬩ぎ合いながら激情の渦に呑みこまれていた。既に彼の瞳からは完全に禄の存在は抹消されているようだ。



「全っ然弱ってないじゃないか!!あいつ…俺に嘘教えたのか!?」



癖のように首の根に爪をたて猫の爪とぎのようにガリガリと掻きはじめた。焦躁が彼の感情を埋めていく。思考回路が狭くなっている。



「どうした?来ないのかな!?クリアとかなんとか言ってたが…出来るものならしてみろよ!!」



圧倒的なまでの力量の差。万全な対策も尽く打ち砕かれ、挙句の果てに気圧されるこの威圧感。死柄木でなくとも喉から悲鳴をいくらでも叫びたいのは相手の心情だ。
そんな様子を窺っていた轟はいち早く行動に移した。



「さすがだ…俺たちの出る幕じゃねえみたいだな…」



そう言って轟は地面に座っている禄へ近づくなり脇腹と膝裏に腕を指し込んで力を込めて持ち上げた。突然の行動に疑問詞しか浮かばないのか禄は『ん?』と首を傾げている。



『あ、ちょっと…轟くん?何で君、持ち上げてるの?』
「お前はこうでもしねえと無茶するだろ。これ以上怪我されてもこっちの対応も困るんだよ」
『一人で歩けるよ?』
「あいつ、お前を狙ってんだろ。誤って捕えられたら面倒だから大人しくしてろ。次、許可なく動いたらお前の身体を凍らせる」
『うぉ……サディスト』
「無駄口動かしてねえで捉まってろ。舌噛んで落ちるぞ」



歩きだす轟に合わせて揺れる禄の身体。慌てて轟のシャツを掴み身体を固定した。あまり振動が伝わると流石に折れた肋骨に痛みが走る。
そんな二人の様子を眺めていた切島と爆豪は唖然としていた。



「これ上鳴が見たら発狂するな」
「……」
「緑谷!ここは退いたほうがいいぜもう却って人質とかにされたらやべェし…」



それでも緑谷はオールマイトから視線を外す事はなかった。きっと彼は気がついている。平和の象徴の虚勢を。それは確かに禄にも伝わっている。何か対策を練ろうにも轟に抱き抱えられてしまった以上彼女に残された手立ては限りなく少ない。チラっと床に転がっているレイヴァティンが視界に入る。



『轟くん』
「なんだ」
『あれ、取って貰ってもいい?』
「……」
『一応私の武器だから、ねえ?お願いしますよ〜』
「……お前のその下手にでる態度なんとかならねえか。胡散臭くて適わない」
『失礼だな君』
「ほれ邪神。これか?」



切島が会話を聴いていたのか颯爽と取りに行きそれを禄へ手渡した。



『ありがとう』
「構わねえよ。轟もよ。疲れたら俺も替わるから言えよな」
「一人で平気だ…それより後ろにいる奴をなんとかしろ」



先程から物凄い形相で轟らを見つめている爆豪。普段なら何か一言でも言葉を発するのだが、何も言わない無言の訴えが流石に不気味に感じた。



『(何も起こらなければいいけど…)』



禄の視線はずっと死柄木へと向けられていた。





◆◆◆






「さぁどうした!?」
「脳無さえいれば!!奴なら!!何も感じず立ち向かえるのに……!」



ガリガリと首を掻き毟り、焦りと困惑とそれから恐怖が彼の激情を奮起させる。そして次第にその紅玉の瞳が禄を捉えた。



「あいつさえ…あいつさえ裏切らずに俺の傍にいれば……!」



死柄木の視線に背を向けていた轟も気がつき、半身だけ振り返る。視線を少し下げれば腕の中で禄も死柄木を見つめ返していた。



「(……ああ、なんでこんな風に思うのか……余計な感情ばかり浮かんでくる)」



轟は身体を戻し再び背を向けて歩き出そうとする。その背に思いかげずに手を伸ばす死柄木に対して黒霧からの静かな言葉が耳に残る。



「死柄木弔…落ち着いてください。よく見れば脳無に受けたダメージが確実に表れている」



その言葉に導かれるように死柄木はオールマイトへと視線を戻した。



「どうやら子どもらはこの場から離れる様子…まだ使える手下も残っている様子。あと数分もしないうちに増援が来てしまうでしょうが……あなたと私で連携すればまだヤれるチャンスは充分にあるかと…それに彼女はまだあなたに少なからず未練がある様子。奪還してしまいましょう……あなたには彼女が必要なのです」



黒霧の言葉は甘言だ。死柄木をその気にさせるには充分な効果がある言葉を選んで伝えている。オールマイ然り、禄然り……。



「そうだな…そうだよ…そうだ…。やるっきゃないぜ…目の前にラスボスとお姫サマがいるんだもの…」



死柄木の言葉に轟が足を止め、爆豪が振り返る。禄は『やはり』と言葉を濁し、目を閉じた。



「主犯格はオールマイトが何とかしてくれる!俺たちは他の連中を助けに…」



切島がそう言って駆けだす。爆豪も轟も視線を禄へ一度注ぎながら逃げることを最優先にさせた。この場から遠ざからなければ、狙われるのはオールマイトだけではないことを彼らは知ったからだ。
だが、一人だけ動こうとしないものがいた。



「緑谷」



轟が立ち止まり振り返る。緑谷はやはり小声で考えていた。誰よりも何よりもオールマイトのことを。そのピンチを、その策を……。



『轟くん』



視線を下へ向け禄を静かに見つめる轟だが、彼女の決意した瞳と遭遇してしまう。



『しっかり支えてて』



彼女の言葉を皮切りに死柄木と黒霧が動き出した。



「何より…脳無の仇――」



限界を迎えた身体でこれ以上の戦闘は不可能だ。けれどもまだ近くに子どもたちはいる上に増援はあと少しまで迫っている。時間的に考えればもう来てもいい頃合いだ。だからこそ、オールマイトは焦っていた。早く来い、と。その僅かな時間を埋めるだけのナニかよ、来い!と願う。
そしてそれは、一人の少年の行動に寄って稼ぐことができた。



「な……緑谷?!」



切島の声と共に“個性”を使用して飛び出したのは緑谷だった。
脚力からいってまず脚は両足とも折れただろう。空中浮遊の時間も限られている中、緑谷は右手に拳を作り、全力を注いだ。それは助けたい人のために振るわれる、純粋な想いの暴力。



「オールマイトから離れろ!!」



黒霧の弱点である身体の部分を的確に狙ったその拳だったが、死柄木が先を読み黒霧のワープ上から手を差し入れて緑谷の眼前に顕わした。その手は狙いを定め破壊をもたらそうと緑谷の顔面に迫る。恐怖の刹那、銃声音と弾薬が二発が死柄木の手と耳を掠めた。
手を撃たれたことにより怯んだ。宙に浮いていた緑谷の落下を防ぐために腕環からワイヤーを伸ばして身体に巻きつけ衝撃を防いだようだ。
ワイヤーの先には禄が右手に拳銃、左手首の腕環からワイヤーを伸ばしていた。



「禄さん」



緑谷の呟きに、口角を僅かにあげて得意げに微笑む禄。撃たれた死柄木は真っ直ぐに彼女を見つめた。



「ごめんよ皆。遅くなったね。すぐに動ける者をかき集めて来た」



扉の向こう側に雄英の教職員兼プロヒーローたちがほとんど勢ぞろいしていた。中には校長もいることが窺える。



「1-Aクラス委員長飯田天哉!!ただいま戻りました!!!」



飯田の登場により救援は訪れた。最早、この戦闘もここまでといったところだろう。禄も銃を下ろしコンパクトに納めた。



「あーあ来ちゃったな…ゲームオーバーだ。帰って出直すか黒霧…」



そんな死柄木の視線は増援されたプロヒーローとそして禄だ。
だがそんな余裕も僅か。弾丸の嵐に肩と両足を撃ち抜かれその場に倒れこむとそれを庇うように黒霧が覆う。脱出しようとワープするもそれを阻止しようと13号が奮闘する。そんな非常事態にも関わらず死柄木の視線の先にはオールマイトがいた。



「今度は殺すぞ。平和の象徴オールマイト」



横目で抱えられている禄を見やるなり互いに見つめ合うばかり。



「……次はお前を攫うからな―――邪神禄」



悪党みたいな台詞を残して死柄木は転移してしまった。敵を逃した事はあまりにも代償だが、命よりも大切なものなど存在はしない。
ふぅ、と息を溢した禄の様子を眺めながら轟は。



「随分と親しげだったな」



何だか棘のあるような言葉だったがそんなこと気がつきもしない禄は。



―――やべぇ、バレた???



別の事で内心焦っていた。正体を暴かれるのは非常にまずい。何故って雇い主がいるからだ。
弁解でもと口を開きかけた時、彼女の耳に届いた――――。



『!……うた、』
「なんだ…この声」



轟も周囲を警戒しているようだが、異常だと思ったのは禄の態度だ。



『――せ』
「なんだ?」
『下ろせ』
「ッ」



碧眼の瞳に揺らめく青い炎はゆらりゆらりと燃えていた。それはどんな激情の渦なのか。
誰にも想像は出来ない――――。





◆◆◆





『下ろせ!』



ドンっと胸を叩かれるが、俺は困惑した。今まで邪神禄という人間はこんなに感情を露わにする様な人物ではなかった。だというのに、剥き出しになっている感情。激昂の如く振り下ろされる感情と拳が痛いくらいに振動してくる。
今ここでこいつを下ろしてみろ。確実に這ってでも何処かへ向かうだろう。だが、それはこいつの身体を考えれば負担が大きい上に、下手をすれば死ぬ。
出した結論は意図も簡単に口をついた。



「何処に行けばいい」



その言葉に邪神は叩く手を止め指した。その方向へ迷いもせずに俺は走り出す。
背後で切島が叫んでいるが、些末すぎる事項だ。
駆けた先には15歳くらいの年頃の少女が倒れていた。音は確実にここから発信されていることは近づいていくにつれて理解した。
傍まで近寄り、ゆっくりとしゃがみ込み手が届く距離まで近付けると邪神は血だらけの手を伸ばしてその少女に触れた。


なんだ、この歌?聴いた事がある歌だ。


そんなことを思っていると、ふいに聞き覚えのある声が耳に留まった。



『     きらきらひかる 
      お空の星よ 
      まばたきしては 
      みんなを見てる
      きらきらひかる
      お空の星よ       』

「邪神……」



歌っている……咳込んで吐血しても、こいつは詠った。少女に合わせて歌った。次第に同調しあい互いの音を聴きながら歌い続けた……少女が事切れるまで。

美しいその歌声に呆けていると邪神の頬に一雫の涙が流れた。


その様子が……あまりにも綺麗だった所為で、俺は何も言えずに暫くの間邪神とこの場に留まった。



轟くんが姫抱きした部分を褒めてあげてください……あの子(当主人公)恋愛向きな子じゃないの!!!褒めてあげて!!!


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