「禄ちゃん大丈夫?」
『ああ…まあ?』



お茶子の声に答えながら救急車のストレッチャーに寝そべり脇腹をテーピングされている禄。
ここまでは轟に運んでもらったが今は治療中ということで席を外している。お茶子の後ろから梅雨もひょっこり顔を覗かせて心配そうな眼差しで見つめていた。



「ごめんなさい…力になれなくて」
『梅雨ちゃんが謝ることじゃないよ。寧ろ……救けてあげられなくてごめんね』



薄らと笑みを浮かべた禄の力のない様子に胸が痛ましく思ったのか梅雨は禄の投げ誰ている手を握った。



「いいえ。私は救けられたわ。言葉が悪かったわね……ありがとう」



そう言われると禄は静かに微笑んだ。上体を起こそうと手を着いて起き上がると彼女の名を叫びながら近づいてくる男性がひとり。飛び込んで来た。その弾丸の様な速さに周囲は呆気にとられるが、当人も驚きすぎて言葉を失っている。だが、抱きついた男性はエンエン幼児のように泣き散らしていた。



「うぇ――――んんんん無事だったんだねええええ――――禄ちゃあああああああんんんんん!!!!」
『……融、痛い』



空いている片手で融の脇腹に拳を炸裂させた。あまりの衝撃に融はその場で蹲るが執念で脚首を掴んでいるようだ。
そんなふたりの親密なやり取りに周囲は口を閉ざす。

一体誰だあの男は……? もしかして彼氏? いやいや友人って可能性も……

飛び交う言葉の中で全員が思ったことは、あの男すげー美形だ。絵本の中に登場してくる王子様のようだと全員が心の中で同意していた。



「げ、元気そうで…僕は、大変……う、うれしいですっ」
『そうか。そいつはよかった』



刻まれた満面な笑顔は恐怖しか感じさせないもので、禄はそのまま融の襟を掴み立たせ彼の耳元に唇を寄せる。



『建物内部にいる少女を回収して調べて欲しい。誰にも気取られるずに』
「……わかった。今日は早く帰って来てね」



離れると融は涙を拭いながら笑みを浮かべて禄に告げた。そのまま融が建物へと入って行く様を眺めていると、フェンリルがやってきて足元に擦り寄る。そんな頭を撫でていると周囲の距離をとる空気に首を傾げた。
そこへ黒服たちが数人禄を囲んだ。警察が周囲にはびこる中、部外者とは言い難いとも思えるが禄の表情は一瞬険しくなった。



「あの、禄さん」



八百万が遠慮気味に声をかけると禄は普段通りの表情を浮かべて振り返り、ゆっくりと立ちあがった。ふらりと傾く身体をフェンリルが支える。



『またね』



何も言わせないかのような威圧感を漂わせながら禄は友人たちに背を向けた。
黒服達に囲まれながら、高級そうな黒塗りの車に乗車して彼女は静かに走り去って行った。

だが、彼女は学校が再開されても登校することはなかった――――。





◆◆◆






その翌日、雄英高校では先生たちが会議室に集まり先日起きた襲撃事件について警察も交え事件の整理を行っていた。



「敵連合となる者達については警察の方で洗ってみたところ……死柄木という名前…触れたモノを粉々にする“個性”………20代〜30代の個性登録にも該当者なし。“ワープゲート”の方黒霧という者も同様です。無戸籍且つ偽名ですね……個性届を提出していないいわゆる裏の人間ですね」



塚内と名乗る刑事の説明により周囲は少しざわめいた。



「何もわかってないって事だな…」
「早くしねえと死柄木とかいう主犯の銃創が治ったらまたやらかすに決まってる」
「主犯か…」
「何だいオールマイト?」



校長に尋ねられたオールマイトはふと己の中に浮かんだ考えを披露する事にする。



「思いついても普通行動に移そうとは思わぬ大胆な襲撃。突然それっぽい暴論をまくしたてたり自身の“個性”は明かさないわりに脳無とやらの個性を自慢気に話したり…そして思い通りに事が運ばないと露骨に気分が悪くなる!まァ…“個性”の件は私の行動を誘導する意味もあったろうが…」



痛かった、と不意をつかれた事を関心しているが校長は両手をあげて首を左右に振った。



「それにしたって対ヒーロー戦で“個性不明”というアドバンテージを放棄するのは愚かだね」
「“もっともらしい稚拙な暴論”“自分の所有物を自慢する”思い通りになると思っている単純な思考。襲撃決行も相まって見えてくる死柄木という人物像は…幼児的万能感の抜け切らない“子ども大人”だ」



オールマイトの見解は的を得ている。途中から参戦した先生らからすれば「そういうものか」としか納得は出来ないが、塚内だけは首を縦にし頷いた。



「“力”を持った子どもってわけか!!」
「小学時の“一斉個性カウンセリング”受けてないのかしら…」
「先日のUSJで検挙した敵の数72名。どれも路地裏に潜んでいるような小物ばかりでしたが、問題はそういう人間がその“子ども大人”に賛同し付いて来たということ。ヒーローが飽和した現代。抑圧されてきた悪意たちはそういう無邪気な邪悪に魅かれるのかもしれない。まァ…ヒーローのおかげで我々も地道な捜査に専念出来る。捜査網を拡大し引き続き犯人逮捕に尽力して参ります」
「“子ども大人”…逆に考えれば生徒らも同じだ。成長する余地がある…もし彼に優秀な指導者が居てその悪意を育てようとしていたら……」
「………考えたくないですね」



校長の言葉に引っかかりを見せたオールマイトは視線を机に落とす。すると何処かから声が届いた。



『 子ども大人とは、いい趣味してますね 』

「この声は……禄くんだね」



オールマイトは顔を上げると突然壁にモニターが表示され映し出されたのは管に囲まれベッドに座り、上半身を起こしている邪神禄だった。その痛ましい姿に周囲は唖然とする。



「Divaもう体調はいいのかい?」

『 あ、すみません。こんな格好での参加で。見た目ほど酷くはないので大丈夫ですよ。どちらかというと骨の再生のがしんどいっス 』
「 中で骨の構築が始まっているので 」

「寝てなさい!!」



オールマイトのツッコミにケラケラ笑っていた怪我人の彼女。その隣には融が申し訳なさそうに彼女の肩にカーディガンをかけていた。



「やあDiva。具合が悪いところ無理を言ってすまないね」

『 いえいえ。ご足労頂くのも申し訳ないのでモニター越しでご勘弁ください 』

「いや。今こちらでは意見がまとまったのだけれど、君の口から直接聴きたくてね。件の“死柄木弔”という男について」



塚内の問いかけに禄は軽く咳込みながら口元を引きつらせた。



「君は“死柄木”という人物を知っているね」

『 はい。友達なので 』

「よく活動をしていたのかい?」

『 はい。していました 』

「けれど彼の名前は今まで上がった事がないが、それについては?」

『 さあ?そちらの情報不足では? 』

「おい」



ギィっと椅子が引かれ立ち上がるスナイプだが校長が落ち着かせて再び席につかせた。



『 こちらの憶測ですが“赤ずきん”の影に埋もれてしまったのでは? 』

「確かにそれは一理あるわね。“赤ずきん”の方が話題性も外見も好みだったし」

「 ミッドナイト先生……それ個人的な意見 」



聴きかねた融が声だけ参加していた。



「でも的を得ている。実際に警察(こちら)は“赤ずきん”の検挙に血が昇っていましたから」



塚内は思い出す。脳裏に残る【赤ずきん】のプロフィールを―――。
彼女は敵という悪意の敬称として呼ばれてきた人物だが、彼女が行って来た功績はヒーローに寄り近いものだった。いや、寧ろヒーローよりも正義だった。
ヒーローが手を出せない部分に介入し、人々を助けて来た。敵でありながら敵を検挙し、敵でありながら正義活動をしていた“赤ずきん”を警察が認める訳にはいかなかった。その存在は後に厄災を生み出すのだと考えていたからだ。黒を認める事は白を否定する事。白は何が起こっても否定してはいけないのだと、今まで積み重ねて来た正義という礎に亀裂を生みだしてはいけないという思想からなる理想。空想を護るための犠牲者となった“赤ずきん”はメディアからは批判され避難され“凶悪の根源”とまで世に植えつけられた。



「“死柄木”という人物について教えて欲しい」

『 弔は、扱いやすい上にしたたかで案外利用するのは難しいけど乗せやすいから捕縛するのは容易いけど、あいつを捕まえる事は今の戦力では不可能、カナ? 』

「つまり……君、知らないね」

『 過去は知られたくない団体に加入しているので 』



ゲホっと咳込んで爽やかに吐血する禄に唖然とする塚内と周囲。だが禄の言葉に過去と邂逅していたオールマイトは嘆息ついた。



「ひとまず調査は警察に任せて。来る体育祭についてだけど何が起こるかわからないかあら邪神君には生徒として参加してほしいと考えているんだけどどうかな?」



校長が手を叩いて話を終わらせたが、体育祭の件について替わると突然モニターから肉が引き裂かれる音と骨がゴリゴリと削られ、嬲られるような異様な音と断末魔みたいな悲鳴が響き渡った。そして画面はブラックアウトしており、数秒後融の声だけが届く。



「 すみません。いま骨の構築が始まったみたいで……酷いことになっているので映像は遮断させて頂きました 」

「う……うん。そうみたいだね……」
「邪神くんは生きているのか?」

「 か、かろうじで生きてます……瀕死ですけど。あ、禄ちゃん!いま意識を失ったらそのまま死ぬから頑張って!!! 」

「ああ―――!!!邪神くんに麻酔を打ってあげてお願いッッ!!!」



この場に居た全員が声を揃えて叫んでいた。
数分後、禄の音声だけが会議室に響いた。



『 さ、んかっあえんろしやす……その、かわり……う、うた、も、もりあげ、デス 』

「邪神君、ごめん。もう一回!」

「 えっといま走馬灯を巡っているので僕から解説しますね 」

「え、それ大丈夫なの?」

「 体育祭は生徒のために存在するものだから自分は不適合者だ。けど舞台を盛り上げる為にDivaとして開会のセレモニーを担いたいと言ってます 」

「い、いいよ。それでお願いするよ」



か細い声で懇願されたら校長も了承するしかなかった。前後に首を振って了解する校長とオールマイト。ミッドナイトもハラハラとしている。



『 あ、りが……とっ、ございまっ……ス 』
「 あ、死んだ 」

「邪神くぅぅx――――んn!!!!」
「明日からまた生徒としてよろしくお願いシマス!!!!」



オールマイトは吐血しながら彼女の名を呼び、校長は土下座して頭を下げていた。





◆◆◆






敵の襲撃事件が起こった翌々日。相澤先生はあの酷い怪我だったというのに復帰していた。
けれど、禄さんは欠席だと相澤先生に告げられた。最初は「そうだよね」と納得できた。
相澤先生と比べてしまうと不謹慎だけど、禄さんの方が怪我の具合からしてそんな二日で復帰できるほどの怪我ではない。
だけど……それから二日経過しても禄さんは依然欠席のままだった。周囲はざわめきに溢れだす。怪我の具合を知っている蛙吹さんや峰田くんは「やはり怪我が」と口にするし、同じく切島くんも「大丈夫かな」と落ち着きがなくなっている。かっちゃんと轟くんは相変わらず感情が読めないけど何処となく気にはしている様子は窺えた。



「あの緑谷さん」
「八百万さん?」
「禄さんから何か連絡など来ていらっしゃいますか?」
「へえ?あ、いや!僕の方にも来ていないんだ……連絡はしているんだけどね」
「そう、ですか……何か進展がありましたら教えてください」



八百万さんは僕の手を両手で包むなり深憂しているように思える。その後ろには耳郎さんも居て同じような顔をしていた。確かふたりとも禄さんと女子の中で一番仲良かった人物たちだ。するとかっちゃんに声をかける切島くんの大きな声が教室に響き渡る。



「邪神の奴ほんとっスゲーヤバい状態なんじゃねえかな?どう思うよ爆豪!」
「余計な気を巡らせてんじゃねえよ」
「だってあいつ俺らを護るために頑張ってくれてたじゃねえか!同級だっていうのに……」
「私も心配だわ切島ちゃん。出血量も酷かったし、何より彼女の事を狙っていたものねあの敵」



蛙吹さんの言葉に麗日さんや飯田くんも反応を示す。上鳴くんも近くに居た轟くんを問いただしていた。



「マジかよ轟!俺の邪神が狙われてたって!美人だもんな邪神、悩殺だもんな」
「お前のじゃねえだろ」
「お前ら他人の心配している場合じゃないだろ」



相澤先生の登場にこの話はお開きとなった。皆思い思いに席につきに行ったけど僕はずっと気がかりだった。彼女が登校してから訊こうと思っていたことが山済みなのに、それが今は聴くことが怖いとさえ思う。もしかして禄さんは、本当に―――それで――――。
僕の懸念は日を増して加算していった。





◆◆◆






その日の帰り道ふと、国立図書館に立ちより、昔の記事を探すことにした。何だか現状を避ける様な真似をこれ以上したくなかったんだと思う。
カウンターで年代を幅広く注文すると怪訝な顔つきで司書の人が机に山の様な新聞を並べてくれた。それを一枚ずつ捲りながら“赤ずきん”について調べる。けど、やはり彼女の年齢を推察しただけだと膨大な情報となり、中々見つけられない。



「うーん……やっぱりヒーローの活躍しか見つけられないし。掲載していた敵と言っても“ヒーロー殺しステイン”についてばかり……はあやっぱりあの男の出まかせだったんじゃないかな。“赤ずきん”なんていう敵ネームはどこにもッ」



呟いている直後、体当たりするみたいに机に人がぶつかった。エプロンを着ているところから図書館の司書だと窺えるけど、その人は僕の顔を覗きこむなり興奮気味にこう口にした。



「きみっ!“赤ずきん”のこと知ってるの?!!!」
「ヘッ?!!あ、はいっ、い、いえ!」
「どっちだよ」
「名前しか知りません!!」



胸倉を掴まれて思わず挙手したまま答えるとその司書さんは僕をゆっくりと椅子に座らせてから机の中から新聞を数種類抜いて僕の目の前に差し出した。



「この記事なら“赤ずきん”のこと掲載してるよ」
「あ、ありがとうございます……」



恐る恐る受け取り僕は新聞記事の見出しを眺めた。そこには確かに“赤ずきん”の名前が大々的に掲載されていたが、その内容は批判ばかりだった。


【人を殺した殺人鬼】【紅いフードは鮮血の証】【狂気的な殺人を好み今まで何人もの犠牲者が募る、その数72名】


その文字の羅列に僕は手元が震えた。これは……想像以上だった。慄然する僕を余所にその司書さんは僕の目の前に一冊のノートを差し出した。まるでコレを読めと促されているみたいだった。その圧しつけに僕はノートを手にし中身を開いた。
女性の字で綴られている“赤ずきん”の事件の経緯が詳細に記載されていた。


【ヒーローが取りこぼした子どもを救けるために火事場に乗り込み救出した】【ゴロつきが敵と指定される前に更生させた】【誘拐された孤児を救出し、孤児院に寄付金を納付した】


どのページを捲っても記載されている内容は全て敵とは思えない程正義に溢れたヒーロー活動そのものだった。僕は顔を上げて司書さんを見つめると、彼女はゆっくりと語り出した。



「家出少女だったの昔。それで親も放任主義で、だから誰も気づかなかった。あたしが敵に攫われて臓器売買されそうになったこと。そこをね通りすがりの赤いフードを着た“赤ずきん”に助けられてその人が言ったの{火遊びは済んだかガキ。命が欲しけりゃ親と喧嘩してこい}って。無茶苦茶なことを言う人だと思ったけど。家まで送ってくれて……その人がいなかったらあたし、きっとここにいなかった。親の事恨んで、世間を恨んで……敵になってた」



その人は今でも大切にしている思い出を紐解くように話すから、瞳に涙が浮かんでいた。



「警察関係者は“赤ずきん”を誹謗中傷するけど、彼に助けられた人は皆口を揃えて言うわ。ヒーローよりもヒーローだったって。あの人を陥れるなんて許せない。だからマスコミとは論争を繰り返して、やっと“赤ずきん”の記事の訂正まで追い詰めたんだけど。結局彼の存在は忽然と抹消されてしまった。少年はどうして“赤ずきん”のことを?今の子どもたちには少しだけマイナーだと思うけど」



司書さんの話の中の禄さんは僕の知っている禄さんで、混乱する思考の中でたった一つだけ司書さんに返せた言葉があった。



「僕も“赤ずきん”に助けてもらったので」





◆◆◆







少しだけ薄暗くなってしまった帰り道。僕は薄らと浮かぶ夜空の星を眺めた。
わからないことが渦をまいて混乱するばかり。何を信じ、何を否定しなければならないのか。僕の目の前は暗闇の中にある気がした。



「やあ緑谷少年。寄り道は関心しないぞ」



トゥールフォームのオールマイトと遭遇する。彼も帰宅途中のようだ「一緒に帰ろう」と誘われて断る事はしなかった。
僕は図書館で禄さんについて調べていたことをオールマイトに話した。そしてあやふやな考えも全て露見させた。するとオールマイトはとてもシンプルにこう問いかけた。



「どこが問題なんだい?」
「えッ?!どこも問題だらけじゃないですかっ!だって敵ですよ???」
「それを邪神くんの口から訊いたのかい?」
「い、いえ」
「なら訊ねてみるといいよ。きっと答えてくれる」
「い、いや!普通訊ねたところで答えられるような問題ではないような…」
「緑谷少年。君と邪神くんが関わり初めてもう一年以上も経過した。変わらず君とは仲良くやっているところを何度も見かける……君は君の信じる。君が知っている邪神くんを信じればいい。君が何を正とするかは君次第だ」
「オールマイト」



悩んだ。とてもとても……僕は悩んだ。敵だったから?いや違う。きっと……どうして話してくれなかったの?どうして言い訳をしてれなかったの?彼女の口から何も真相を聴けていないから不安が膨れ上がってしまったんだ。訊ねたい。聴きたい。彼女の本心を。
そう決意を固めているとオールマイトは穏やかに微笑んで。



「彼女はありのままの人物だよ」



そう教えてくれた。僕の記憶(なか)に溢れる邪神禄という女性は、聡明で謎めいているけど……決して明るさと優しさを忘れない素敵な女の子だった。



「彼女の住所はコレね。口外してはいけないから注意してくれよ」



オールマイトから手渡された紙を受け取り力強く頷いた。



ここでUSJ編終わると思ってたけど長くなったのであと一話分だけお付き合いお願いします!


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