禄さんが復帰してから数日経ったある日。僕らA組の教室の前には生徒が溢れていた。
帰り際での出来ごとだった故にクラスメイトたちは難色を隠せないでいた。



「何ごとだあ!!!?」
「出れねーじゃん!何しに来たんだよ」
「敵情視察だろザコ」



かっちゃんの言葉に峰田くんの怒りが僕には伝わったがあれがかっちゃんのニュートラルなので何も出来ない。



「敵の襲撃を耐え抜いた連中だもんな。体育祭の前に見ときてぇんだろ……そんなことしたって意味ねェからどけモブ共」
「知らない人の事とりあえずモブって言うのやめなよ!!」



かっちゃんの挑発めいた言葉は一理あるにはあるが、僕らを巻き込む火種の投下。頼むから穏便に事をすすめることはきっと彼の中には存在しないのだろう。



「噂のA組。どんなもんかと見に来たがずいぶんと偉そうだなぁ」



人の波を避けながらひとりの男子生徒が前に出て来た。怠惰に包まれたようで闘志を燃やす様な瞳をした大胆不敵な人物。



「ヒーロー科に在籍する奴は皆こんななのかい?」
「ああ!?」



慌てて僕らが身振り手振りで否定するがそんな事も知らないかっちゃんは苛立ちを露わにしていた。



「こういうの見ちゃうと幻滅するなぁ」



首裏に手を置きながら気だるい雰囲気を醸し出しつつも、彼は確固立つ意志を感じた。



「普通科とか他の科ってヒーロー科落ちたから入ったって奴けっこういるんだ知ってた?」
「?」
「そんな俺らにも学校側はチャンスをくれた。体育祭のリザルトによっちゃヒーロー科編入も検討してくれるんだって。その逆もまた然りらしいよ………」



彼の言葉に僕らは息を呑んだ。それはつまり……僕らの中からひとり交換するってことだ。
余裕をかまけている場合じゃないんだって彼は言いたいのだと思う。



「敵情視察? 少なくとも普通科(おれ)はいくらヒーロー科とは言え調子のってっと足元ゴッソリ掬っちゃうぞっつ――宣戦布告しに来たつもり」


――――この人も大胆不敵だな!!!


教室内を見渡していた彼が「あ」と呟くと室内に踏み込み、かっちゃんの横を通り過ぎた。何処へ向かうのか周囲の視線が彼の背中に集中すると、ある人物の前で止まった。彼の背で視えない背丈なのか、うっすらと肌の色が窺える足元が視えた。ということは女性?



「久しぶりだな。あんたが言ってた古書、うちにあったから持ってきたんだが都合いいか?」


―――え、禄さん?!!!



いつ知り合ったのか不思議なくらいの組み合わせだった。当の本人である禄さんは瞳を丸くさせて相手の顔を見つめている。隣にいる八百万さんや耳郎さんも微妙に警戒しているのか、禄さんの隣に一歩踏み込んでいる。だけど、かっちゃんもやや眉を寄せて踏み出していた。最近、かっちゃんも禄さんの事になると踏み込むようになったな、と思う。僕の勘違いだといいけど。でも禄さんって人の名前憶えられない人だから、多分彼の事も忘れているんだろうな。と思っていた。



『ごめんね心操くん!休んでて。あ、これ前に借りた本。今日返しに行ったらいないって言われて』
「ああ、すれ違いだな。悪かった」
『ううん。わざわざ来てくれてありがとう。あとコレも助かった』


――――な、なんだって……??!!!!



クラス中の心の声がひとつになった瞬間だったと思う。
誰もが「名前忘れられているんだろう」と思っていたのにまさか憶えていてしかも割と親しげ。貸し借りなんて、なんとも青春的な一ページだろうか!というか、宣戦布告した大胆な彼も目元がやや穏やかななのは気の所為だろうか。
鞄から本を取り出して彼に手渡して、彼は替わりに一冊の本を差し出した。



『うわーいいの!ありがとう!コレ凄く読みたかったんだぁ』
「あんたは素直だな。それも期限なしでいいし、寧ろ気に入ったらやるよ」
『いやいや。これは値打ち高いから流石にお金出さずに貰うのは』
「じゃあまた借りたくなったら声かけてくれ。あんたにならいつでも貸す」
『ありがとう』



大事に本を抱きしめる仕草をする禄さん。余程その本を読みたかったのだろうと僕は推察するけど、そうはいけない人々は存在する様で―――。
スっと禄さんと彼の間に入った上鳴くんは警戒心MAXだった。



「宣戦布告しにきといて仲良くお喋りってどんだけご都合主義だよ」
「あいつ今“俺の邪神と親しく話やがって俺だってあんな笑顔向けられたことないのに”って内心悔しがってんだろうね」
「耳郎さんあまり上鳴さんの心の声を公開させるのは可哀想ですわ。相手すらされておりませんのに」
「お前ら誰を射撃してんだよ!!」



上鳴くん……と同情の視線が集まる中。その上鳴くんを押しのけかっちゃんは禄さんの腕を掴んで引っ張る強引差を見せつけた。そこへB組の人まで不敵に声を荒げてきて。事態は騒然となる一方だったけど、かっちゃんは―――。



「待てコラどうしてくれんだ。おめーのせいでヘイト集まりまくっちまってんじゃねえかっ!!」
「関係ねぇよ………」
「はぁ――――!?」
「上に上がりゃ関係ねえ」



そう言ってかっちゃんは生徒を押しのけながら禄さんを連れて行こうとするけど、そんな禄さんの空いている腕を掴んだのは八百万さんと耳郎さんで。



「ちょっと勝手に連れて行かないでよ」
「今日は私達と帰ると約束しておりますの」
「………ッ!」



女子ふたりの圧力に引いたかっちゃんは禄さんの腕を解放して去ってしまう。



「く……!!シンプルで男らしいじゃねえか」
「上か…一理ある」
「騙されんな!無駄に敵増やしただけだぞ!」



切島くん、常闇くん、上鳴くんが話す中、僕は少しだけ気になったから振り返った。その視線の先には轟くんが俯きながら手を下ろしていた。普段ならあんな時轟くんが真っ先に割り込んでいるはずなんだ。なのに彼のときもかっちゃんのときも……何故踏み出さなかったんだろう。踏み出そうとしていたけど躊躇した?
襲撃事件のとき、禄さんの存在に疑惑や疑念が生じたのは轟くん、かっちゃん、切島くんの三人だ。切島くんはあまり気にしてないのか、普段通りに接しているけど、変わったと言えばやっぱり轟くんとかっちゃんだ。ふたりの禄さんへの接し方が微妙に変化している。
遠慮がなくなったかっちゃんと戸惑う轟くん。これは一体どういう事なんだろう……禄さんのことは秘密だ。僕はそれを護る方向で動かなくてはならない。だから余計なことは言えないし伝えるつもりもない。



「なァ!邪神。このあと空いているか?特訓に付き合ってくれねえ?」
『いいよ』



切島くんが禄さんに声をかけていた。すると群がる様にクラス中の人達が禄さんに「俺も!」「私も!」と声をかけている。出遅れてしまったと思いながら行き場を失う手、そんな僕の横を通り過ぎた轟くんは禄さんの背後を通ろうとする。



『出久くんと轟くんもおいでよ』
「あ!えっと……僕は、大丈夫です…っ」
「慣れ合うつもりはねえ」



振り返らなくても誰が通ったかなんて朝飯前だと思う。僕は慌てて両手を左右に振って断った。練習に付き合っては欲しいけどクラスメイト込みとなると。流石に調整の現場は見られたくないし…けどやはり様子のおかしい轟くんは禄さんの誘いを断り教室を去って行った。変革が起ころうとしているのか、嵐の前の静けさと僕の中で体育祭というビックイベントへの闘争心が燃えあがっていた。





◆◆◆






借りられた演習用地区にて体育祭に向けて練習をしていた。



『行くよ切島くん』



氷柱を空中に何百と発生させ“個性”をしようしている切島に向けて発動する。避けることが目的というより“硬化”のよりよい強化というところに等しい。



「邪神コレ強度増してねえか!」
『ほら余所見してると肉を裂くよ。“硬化”の持続性が弱いから足元掬われちゃう。なら持続性の継続を計るか、或いは5秒先の未来を読むか。打点と視点を変えて練習を積み重ねる事が課題カナ』



切島にアドバイスを投げながら“結界”を発動したスーパーボールを芦戸に向けて放ち、“重力操作”でお茶子の“個性”に負荷与えていた。ドーム型の“結界”で上鳴の個性発動上限に協力していた。



「禄さん、大丈夫ですの?発動限界が」
『そろそろ休憩にするかね』



パチン、と解くと周囲の練習していた生徒らはその場に倒れ込んだ。切島は避けきれなくて浅い傷をいくつも作り、芦戸は結界に囲まれて身動きが出来ていなかった。お茶子は重さに耐えきれずに地面にめり込みながら倒れ、上鳴は結界の中でアホのまま気絶していた。
八百万から水を手渡され『ありがとう』と素直に受け取るとゴクリと喉を鳴らす。そんな姿を惚けるように見つめる八百万の視線に気がついた禄は『どうしたの?』という顔をして八百万を見つめたら、頬に朱が差し込み八百万は「いえ」と俯いた。



『休憩したらまた再開させるからね』
「スパルタだろ……」



そんな呟きを聴きながら笑っていると八百万は声に出した。



「禄さんは凄いですわ」
『ん?』
「咄嗟の判断力。支持力に適応力。周囲への察知力や観察眼を含めて……類稀なる才能とそれらを凌駕するほどの実力が備わっていますわ……私はまだあなたには追いつけません」
『そんなことないよ』



「謙遜を…」と八百万が顔をあげると目を見張った。何故ならその時の彼女の顔は何処か淋しげで、途方に暮れた幼子のような愁哀に満ちた瞳をしていたから。言葉を失い、息を呑むが禄は次の瞬間普段通りの表情で八百万の肩をトントンと叩いた。



『百の知識量は私より優れている。それは“個性”のためかもしれないけど。その知識はいつか自分の助けになる。百の駄目なところは、その知識を実戦で活かすように働きかけられてないところかな。緊張するかもしれない…でも、ヒーローはあなたなんだから』



八百万の手をとり包む動作をする禄。気が動転しそうな八百万だが返事だけはしかと返したのだった。
すると彼女の端末機から音が流れ、一旦席を外した彼女。



『もしもし――――え、ッ?!!!!』



それは信じられないような大声だった。驚愕しているのか慌てた様子で電話先の相手に追求している。「場所は?」や「しっかりしろよ」など緊迫した空気が周囲に流れ始めた。



『わかった。ひとまず搬送先は指定した場所にして…わかった、すぐに向かうから…ええ、お願い』



数分後通話を終了させると、禄は急いで身支度を整え始めた。放り投げていた鞄を手にして早々に告げる。



『ごめん!ちょっと今日は帰る!身内に緊急な要件で』
「あ、そ、そうですか!わかりましたわ!お気に為さらずに」
『ごめん!ほんとっごめん!』



謝りながら彼女は既に急ぎ足でこの場を後にした。そんな珍しいくらいの一驚していた禄に切島と上鳴は顔を合わせるなり。



「一体どうしたんだ?邪神の奴」
「う、ウェイ」
「まだアホのままなのな」





◆◆◆






『すみません』



カウンターに現れた端整な顔立ちの禄に驚きながらも「イイ男」と思っている事務員。
詳細の説明を聴き一礼をしてから禄は病院内の廊下を素早く歩いた。そして厳重な病棟にはいり、とある個室の前まで来るとその扉を盛大に開け放った。



『おばあさま!!』



汗だくで息の上がる禄の焦った顔を嬉しそうに待ちかまえていたのは、綺麗な西洋人風の老婆だった。



「禄は3分ジャスト……一番早かったわね。流石わたしの孫だわ」



若い娘のように「キャー」と言っている祖母の姿に禄『してやられた』とすぐに悟ったのか落胆しながら扉を後ろ手で閉めてベッドに近寄った。



『おばあさま。もしかして階段から落ちたって嘘ですか』
「いやね。嘘だなんて落ちそうになったのは本当よ」
『またギックリ腰ですか?先月もやりましたよね』
「あら禄ったら毎回騙されてかわいいわね」
『おばあさま……』



いつまでも若い祖母の姿に額を抑えて頭を抱える禄の姿に嬉しそうにはしゃぐ祖母。
そしてその隣の椅子には見知らぬ女性が腰かけていた。これには禄自身も少々驚いていたが祖母が「ああ」と理解して紹介してくれた。



「先程から仲良くしてくださっている方よ。こちらはわたしの孫の禄」
『はじめまして。祖母がお世話になっております』
「こちらこそ話相手になってくださってありがとうございます。可愛らしいお嬢さんですね」
「あら、どちらかというとハンサムの間違いよ」



禄は疑問詞が浮かんでいた。彼女は初対面の人にだいたい【男性】と間違えられるのが通称なのだが、この女性は彼女の事を【お嬢さん】と言った。それは何故かと自身の格好を下から上まで見直すと慌てて来た所為で着替える暇もなく。雄英の制服のまま訪れていたことに気がつき青ざめていった。



「禄の制服姿が見られるなんて。長生きはするものね」
『この格好について深く追求しないでください』
「あらかわいいわよ」
『そういう問題じゃなくて』



そう話しているとその女性は楽しそうに会話を聴いて笑っていた。




あなたの〜〜笑った顔が〜〜見たいのよ〜〜〜♪
はい伏線また引きまくり祭りでした!


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