「雄英体育祭!!ヒーローの卵たちが我こそはとシノギを削る年に一度の大バトル!!」



スピーカー越しから聞こえるプレゼントマイクの実況者演説が1年ステージの行進合図の入場だった。



「どうせてめーらアレだろこいつらだろ!!?敵の襲撃を受けたにも拘わらず鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星!!!ヒーロー科!!1年!!!A組だろぉぉ!!?」
「わあああ…人がすんごい……」



緑谷の回答も頷けるほど会場内は満席だった。プレゼントマイクの解説力も少なからず盛り上がりの火種にはなっているとは思うが、それでもこの盛り上がりと人々の歓声を聞けば誰だって緊張感に苛まれる。それくらい熱狂は会場内を温めつつあった。
続いてB組、普通科、サポート科、経営科とぞろぞろと生徒たちが入場をし、グラウンド内で整列していた。



「選手宣誓」



壇上に上がった主審はミッドナイト。彼女が片手にもっている鞭を撓らせれば会場内は別の意味で盛り上がりつつあった。



「おお!今年の1年主審は18禁ヒーロー“ミッドナイト”か!」
「校長は?」
「校長は例年3年ステージだよ」



ミッドナイトがとある一点を見つめていたその視線を辿った緑谷は自身の斜め後ろにいる禄に繋がることを知る。ヒーロー同士知り合いなのかも。と緑谷は想像しているとミッドナイトがウィンクを飛ばしてきたが、禄はなんとも言い難い顔をしてそそくさと顔を背けた。何だか気まずい理由でもあるのだろうか。ミッドナイトへ再び視線を戻すと彼女は特に傷ついた様子もなくクスリと笑っていた。



「ミッドナイト先生なんちゅ格好だ!」
「うん。流石18禁ヒーロー」
「18禁なのに高校にいてもいいものか」
「いい」
「静かにしなさい!!選手代表!!1‐A 爆豪勝己!!」



緑谷のまた近くにいた爆豪の名に身体をびくつかせた。そんな緑谷を他所に呼ばれた爆豪は壇上に上がった。



「え〜〜かっちゃんなの!?」
「あいつ一応入試一位通過だったからな」
「ヒーロー科の入試な」



普通科の棘のある物言いに「うお」っと怯むA組。対抗心を一方的に燃やされている状態では確かに怯むのは仕方がないことだ。



「せんせー俺が一位になる」
「絶対やると思った!!」



切島の言葉を皮切りに勿論グラウンド上ではブーイングの嵐が巻き起こっていた。



「調子のんなよA組オラァ」
「ヘドロヤロー」
「何故品位を貶めるようなことをするんだ!!」
「せめて跳ねの良い踏み台になってくれ」
「どんだけ自信過剰だよ!!」



壇上から下り爆豪は笑いもせずに自身の列へと戻っていく様子を緑谷だけは重く受け止めていた。幼馴染故に見える何かがあるようだ。そしてふと、禄へと視線を送ると彼女はとてつもない非難顔をしていた。呆れるを通り越して寧ろ「理解できないわ」という表情そのもの。あれ?と緑谷は疑問に思う。普段の彼女からはかけ離れた表情や態度ばかりとっているのが気がかりのようだ。通話を終わらせてから合流した彼女の様子はあまり変わらなかったと思うが…と緑谷は顎に指先を載せて思考する。



「さーてそれじゃあ早速…、と言いたいところだけど。今年は襲撃されたりと被害が多かったわね。そこで各会場ではオープニングセレモニーを開催することにしたの。選手にも市民にも、そしてこの会場を盛り上げるために来場した同業者のために―――1年ステージではこの娘が来てくれたわよ!!謳うヒーローDiva!」



鞭が撓り会場内はどよめきに溢れる。口々に「Diva?」「嘘でしょ」「え、来るの?!」と騒ぎはじめ、賑やかになる会場内で音楽が流れ始めた。
このイントロは知っている……Divaの代表曲の最初のフレーズだ。そう思うと緑谷は上を見上げた。客席の小さなステージ上には人影が映り、スポットライトが照らせばDivaがマイクを片手に歌い始めた。客席は、グラウンド上は熱狂の嵐が吹き溢れる。
この絶大な人気を集めるDivaの存在は圧倒的だった。



「うわっ!生Diva見るの初めてなんだけど?!衣装がエロい!!最高!!」
「声が…声がやばい。震えるっ」
「私、この歌が好きなん!」
「私も好きですわ」
「いい曲よね」
「Diva最高―!」



上鳴と耳郎が興奮気味に聞き惚れる。それは麗日、八百万、蛙吹、峰田も同様に皆Divaのことは好意的に思っているようで、お祭り前の前夜祭のようにはしゃいでいた。
ふと緑谷は後ろへ振り返った。でもそこには禄がひっそりと立っていた。



「え」



思わず声を漏らす。それは疑問の言葉。でもその反応を示したのは緑谷だけに留まらない。轟も爆豪も周囲とは違う顔をして禄がここにいることに一驚していた。その禄が歩みを進める、その向かう先には緑谷の隣だった。



「やあ緑谷くん。久しぶりだね」
「あ、え…?」
「あ、僕だよ。蕾融」



小声で緑谷の耳元で囁く融に、緑谷はその発言に度肝を抜いた。吃驚する緑谷の様子をやや申し訳なさそうな顔をした禄に変装している融が両手を合わせて「ごめん」と伝えた。



「禄ちゃんが疑われてるだろ?ほら、あの火傷している彼とあの宣誓した彼に」
「轟くんとかっちゃんですね」
「彼らの目を欺くために僕が実験を重ねて禄ちゃんの容姿を完璧にコピーした結果なんだ」
「そうなんですか…でも胸が……」
「ああ、これは“変装”だよ」
「禄さんの“個性”」
「そうそう。理解が早いね」



無邪気に笑う禄の顔をした融に思わずどきりと胸を高鳴らせた緑谷。轟と爆豪の視線が険しくなるのを感じながらも緑谷の中でふとある種の疑問が浮上する。



「あれ、でもどうしてそんな面倒なことに?」



緑谷の質問に融は少しだけ間を延ばしながら上を見上げた。二曲目に入り服が入れ替わるDivaの様子を眺めながら唇を薄く開けた。



「それは禄ちゃんが誰よりもヒーローだからじゃないかな」



それだけ告げた融は暫く舞台上で輝くDivaの姿を見納めていた。緑谷はその言葉の真意を考えながら、瞼を閉じて見上げた。





◆◆◆






何も語らず、何も喋らずのDivaは頭を下げて退場した。短い時間の中で3曲も熱唱した故酸素ガスを吸いながら廊下を歩いていた。そろそろ融と交代しなければと残りのインターバルの時間を計算していると後ろから声をかけられた。



「Diva」



聞き覚えのない声にゆっくりと振り返る。そこには炎を身に纏うコスチュームを着たフレイムヒーローエンデヴァーが居た。名前だけは一応憶えていたのか、禄は表情には出さないものの案じていた。彼女に近寄り対面する両者。



「民衆の心を掴んで離さない流石といったところだ」
『……』



頭を下げて感謝の気持ちを伝えるが、やはり口を開かないことにエンデヴァーは徹底していると評価していた。



「此度はうちの息子である焦凍を婚約者候補の一人にいれて貰ったこと感謝する」
『?(はあ?なんのこと?ってかしょーとって誰だ)』
「難色?いや…知らされていないのか?君のところの社長から許可をもらったんだが」
『(社長って……まさか)』



そこへカツン、と上品な革靴を滑らせたような音が響いた。次の瞬間にはDivaの肩に手を置いて質の良いスーツを着た青年風の金髪の碧眼男性が軽い笑みを浮かべながら現れた。



「お久しぶりですね、エンデヴァーさん」
「漣。当人に話を通していないのか?」

「いえいえ。俺は承諾しましたが、男神までには耳が届いていないようで。正式に通っていないものをわざわざうちの大事な女神にお知らせするのも心を乱す布石になりかねないので控えさせて頂いただけですよ。こちらとしてはいい縁談だとは思いますが、何せあなたの息子さんは非常に優秀な個性をお持ちとか、こちらとしても個性婚推奨している身の上。どちらかが悪いとは思いません。ですが、誠意を見せて頂けないと」

「誠意……?」
「ええ……体育祭(ここ)で」



漣 洟はビジネスの顔をしてエンデヴァーと交渉をしている。この商談にこの場で遺憾を唱えているのは禄だけだった。だが大人しくことの顛末を見届けている禄へ視線を合わせると洟は合わせたことを後悔した。なぜなら柳眉を逆立てた禄と遭遇してしまったからだ。これには流石の洟も青ざめながら口を閉じた。後など来ないことを祈るばかり。



「なら問題ない。必ずや眼鏡に叶うだろう。その時こそ正式に話を通してくれ」
「ええ、ご健闘をお祈りしておりますよ」



ハンカチでも揺らすようにエンデヴァーを見送る洟。エンデヴァーは観客席へと戻る際、禄に変装している融とすれ違う。
だが融は視界に捉えはしたが、廊下の先で洟を足蹴に血祭りにあげている禄を止めることに思考は追いやられてしまっていた。





◆◆◆






『下半身最低野郎。事情を逐一わかりやすいように一語一句間違えずに述べろ。間違えればおまえのその粗末な半身を潰す』
「うわァ……怖すぎてちびりそう……あれはエンデヴァーさんがおまえのことを興味もっちゃって。彼は個性婚を推奨しているからね。男神とも気が合うし、それに禄だってそろそろ婚約者見つけないと督促状が来るぞ」
『ああ〜…通りで轟くんの行動が……てかしょーとって轟くんだったなんて……』
「相変わらず名前憶えるの苦手だな」
『うるせぇ、つーか私は結婚しない』



ジャージに袖を通しジッパーを上にあげ、椅子に座ると融が櫛を片手に結びはじめる。



「ゆーてもこの中じゃもうおまえしか期待に応えられそうにないぞ」
『はあ?何のための長男だよ。第二候補らしく宣誓決めてこいよ』
「どうかな?」
『大丈夫。ありがとう融』



一本に結いあげた髪を揺らしながら立ち上がり、禄は時間を確認した。時刻が迫っていることを知り焦りつつもピアスをはめて、左耳に小型無線機を装着した。その他装備品は融に預けて『手筈通りね』と念を押している。そんな禄の様子をロッカーに張り付けられている洟はふと笑った。



「楽しんでおいで我が愛する妹よ」



扉から差し込まれる光を浴びて、禄は頬をぽりぽりとかきながらコクリと首を縦に振り、グラウンドへと向かって行った。



「素直じゃないところも愛い奴め」
「あの人来てるんだね」
「……嫌いか?融」



櫛を両手で握りしめながら融は軽々しく語った。



「嫌いだよ」
「ああ、俺も……反吐が出る」



洟の憤怒する姿は鳥肌が立つ。それは死を予見するほどの凄まじい殺気の所為だ。昔からこの洟という男は世渡り上手で世間を手玉にとってきた。まあ女性もとってきた。だが、それ故に人間の感情で表に出やすいひとつであるものを隠すことが出来ずに顕わにしてしまう程、洟にとってもその人物は相当の感情の相手という意味あいになる。
くるり、と融へ顔を向けるともう通常運転の表情でニコリと笑いながら訊ねてきた。



「ところで、どいつがトドロキショートくん?」
「……イケメンだよ」
「イケメンなんて我が妹禄の目の前では意味など持たない!」
「……フられたのまだ根に持ってるんだ」
「だってあいつ俺の妹の方がかっこいいとか言ってフってきたんだけど?!」
「禄ちゃんは女性を惚れさせる天才だからね。さっきもミッドナイトから熱烈なアプローチ受けたし」
「マジかよ。ミッドナイトさんを何度か食事に誘ったけど一回も来なかった」
「……禄ちゃんを好きになった女性は諦めた方がいいよ。洟には絶対に靡かないから」
「呪いかよ。はあ〜禄は格好いいからな」



洟は見たままの重度のブラコンとシスコンである。身内に甘いというより従兄弟に甘すぎる男だった。
観客席から歓声が響き渡る。



「第一種目が発表されたね」
「さてと。お兄様も活動しないとね」



洟の隣を美しいブロンドの髪をした女性が女優ハットを被り、通り過ぎた。カツンと靴音を鳴らしてその女性は御手洗いから出て来た女子生徒に声をかけた。



「こんにちは」




オリキャラ登場回しかここまでお届けしておりません。って大丈夫なのかこの連載。飽きないで頂ければ幸いです。
エンデヴァーの喋り口調がわからない…oh……。でもやっと主人公が婚約について知りました!つまり、轟くんが主人公の婚約者候補だったという話。轟家サイドでは主人公が候補者のひとりということであります。両家の視点から言うと主人公の方が権限が高めになるかな?さて、やっと第一種目に突入だァーーー!!


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