※4話の閑話
※緑谷視点で短短短文




禄さんがかっちゃんに連れて行かれたとクラスメイトが僕に囁いた。
その日は先に海浜公園に向ってしまった日で、禄さんがまさか僕を迎えに訪れていたとは露程知らずに、今日まで特訓に明け暮れていた。
僕の思考には”禄さんとかっちゃん”というワードが突如追加され、お昼休みになれば特訓の適性に合う特製のお弁当を届けに来てくれた禄さんを捉まえて問いただしてみた。



「かっちゃんに連れ去られたって本当なんですか?!」



突然の猛威たる僕の圧を彼女は首を傾げて「ん?」とどうやら話が見えていないようだ。
確かに、僕も先走りすぎて省略してしまった部分が多い。慌てだす心臓に空気を入れ込んでから、順序よく説明をしたのだけれど……。



『……かっちゃん?』
「えっと、僕の幼馴染で、あのヘドロ事件の人質になって、それで、えっと…」
『事件…人質……』
「爆豪勝己という名前なんですけど……あの、禄さん?」



ぶつぶつと単語を繰り返す彼女は、顎に指先を乗せて唸る。
今、彼女の脳内では記憶の掘り下げをしているのか、選出しているのか。あまり邪魔にならない程度に声をかけつづけるけれど、彼女は。



『ん?』



あ、これ憶えてない奴だ……。
何とも無邪気な瞳で首を傾げていた。何も発していないのにそこまでわかってしまうほど、誰がどう見ても記憶にないという意思表示だった。

かっちゃんって僕の中だと凄く印象深いんだけどな……。

幼馴染として尊敬にも値するから何だか衝撃が大きかった。



「爆破の個性を持ってて、今もあそこに座ってるんですけど……」



同じクラスに在籍している自身の幼馴染をひっそりと指して、教えると彼女が一瞬反応を示した。今まで無反応だったにも関わらず、このとき彼女の何かに引っかかったのだろう。一体どんな単語に引っかかったのか少し興味が惹かれた。



『爆破!あの爆破くんですね!』
「あ、はい。かっちゃんの個性は爆破です……」
『ご挨拶をしただけですので、出久くんが心配するような事は起こりませんでしたよ』



心配は無用だと彼女は断言した。
そう言われてしまうと僕はこれ以上のことは入り込めずに「そうですか」とだけ口をついた。
お昼休みが終われば、彼女は『また放課後に』と普段通り去っていく。日常化してくる彼女の訪問と退場はクラスに馴染んで来ている。これは幸か不幸なのか、僕にも少々わからない。
雑音が周囲を包みこむ教室内で次の授業の準備をしていると、当然頭上に影が出来た。日の光の陰りにしては早すぎるとなると…僕の脳内危険信号が早鐘を告げる。顔を上げたくないと思っていても、僕は絶対に上げなければならなかった。

これは、幼い頃からの習慣にも似た習性だ。



「おい、デク」
「か、かっちゃん…」



学内で話しかけるなんて珍しかった。
今までも何度か声をかけられるなんて事はあったけれど、あの事件以来まともにかっちゃんと話すことは、彼自身が僕を避けている節があったため起こらなかったのだ。
僕は額に汗がじわりと流れそうになりながら、かっちゃんの口元を見つめた。次に発する言葉なんだろう。また罵りからなのだろうか、それとも別の話?何はともあれあのかっちゃんが僕に好意的な話を持ち出すことはない。そもそも会話らしい会話など僕とかっちゃんの間には久しくないのだからありえない行為だと、そこまで推測していたにも関わらず。かっちゃんは、なにやら口ごもっていた。
それは自信家の彼からしたら何とも珍しい光景で。思わず「え」と漏らしてしまうほどで。だけどその声を聴いた瞬間、かっちゃんの眉根に皺が刻まれた。
あ、地雷踏んだかもしれない。そう悟ると同時に学ランの襟首を掴まれて椅子から立ち上がらせられた。



「あの女ッ」
「あ、あのおん、な?」
「あの女はお前のッ……!!?」



あの女って誰の事を指しているのか、僕にはすぐ思いつかず必死に脳みそを回転させる。僕の記憶の中にある数少ない女性の名前を無意識の中で口にしていたが、ある一人の名にかっちゃんが反応を示した。



「禄さん…」
「!禄…」
「え…かっちゃん。もしかして禄さんと何かあっ!?」



意表を突かれたのか、かっちゃんは僕の顔の横で個性を使用した。
火花がちりちりと顔にあたり、微少の火傷を負ったがそれよりも僕の思考はあのかっちゃんが女性に興味を持ち。尚且つあの禄さんに、という部分が引っかかった。何かあったのかもしれない。僕の知らないあの日。かっちゃんと禄の間に何か……。
かっちゃんの紅い瞳を見つめると、かっちゃんは罰の悪そうに表情を歪めて、襟首から手を離し僕を突き飛ばすと同時に舌打ちをした。
周囲は静まり返ったままだったが、それ以降かっちゃんが僕に声をかけることはなかった。

まさか、かっちゃん―――禄さんの正体を知ったんじゃ?!

放課後は特訓のために海浜公園に通うのが、もう日課になっている。
禄さんの目を盗んでオールマイトにこの事を相談したら、大声で笑っていた。
それはもう、歯を覗かせるくらいニヤついた顔をしながら。



「青春だね!若いっていいな…おじさんにはもうないよ、そういうの」
「オールマイトはおじさんじゃないです」
「ところで緑谷少年は鈍いと言われたことはないかい?」
「え、鈍くさいならありますけど…?」
「ああ、うん……そういうの嫌いじゃないよ」



頑張れ少年! とオールマイトに背中を叩かれた。
結局、かっちゃんは僕に何を聞きたかったんだろう。その謎を理解するまで、まだまだ先の話になるのだった。



(クソッ!デクの野郎に聴くとかありえねぇ!俺が知らないことをあいつが知ってるつぅー時点で胸糞わりぃ……あの女の名前、禄っていうのか)



To be continued.......


私の中の爆豪少年は、素直になれない青春少年なイメージです。
「がんばれ!爆豪くん」というサブタイトルを勝手につけて閑話を書くことが多いです。


prevbacknext


ALICE+