それが恋だと気付くのに

その人は多分俺よりも物知りで、俺よりも勉強ができて、俺よりも頭がいい。
でもそれはその人が秀才やからとか、そういうわけじゃなくて、努力しとるから、って、そう思う。
塾にくるのはいつも一番。
そん時にはいつも勉強しとって、しかも見よったら結構苦戦しとって、そんなその人の姿を、遠くから眺めるんが、俺は好きやったりする。



「苗字さ〜ん、プリントのここの問題なんやけど、坊の教え方が分からんのですわ〜」



志摩が半泣きになりながら苗字さんとこにすがるように寄っていった。
苗字さんは一瞬不思議そうに首を傾げ、淡々とした調子でどうしたの?と、自分がしとった作業をやめた。
つーか志摩、俺の教え方が分からんとか、今まで教えてやっとったやろ。恩知らず。



「ここなんやけど〜」
「それ暗記じゃん」
「…。」



にっこりと笑ったまま、志摩が固まった。
ああ、そういうことか。
自然にため息が出た。
志摩はどうやら苗字さんとただ絡みたかっただけらしい。
ほんま、アホかあいつは。
俺はそんなアホを回収しに行くべく、席を立って二人のところに向かった。



「志摩がすまんな。苗字さん」
「あはは、勝呂くん。なんで謝ってんの?」
「そうですよ坊。質問しとっただけやん」
「暗記つーか、それ暗唱やろ」
「……。」
「黙るな」
「いだっ」


志摩の頭を小突く。
そんな俺らのやり取りが面白かったんか何なのか、苗字さんとクスクスと笑いながら楽しそうにこっちを見とった。
なんか歯がゆい、みたいな、そんな気分んなる。



「勝呂くんは、お父さんみたいだね」



パチリと、瞬きをする。
それと同時に、志摩が思い切り噴き出した。
俺はまた志摩の頭を小突くと、どういう意味やと言うように、苗字さんを見た。
そしたら俺の目付きが悪かったんか、苗字さんは焦ったように両手を出して振り始めた。



「いや!しっかりしてるからさ!お兄ちゃんって言った方がよかったかな」
「なんや、老けとるとか言われるかと思たわ」
「ぶふっ ぼ、坊がお父…っ」
「いつまで笑てん!」



バシッ
俺は今日何回こいつの頭を叩いたやろうか。
でも仕方ない。こいつが悪い。
俺は決して暴力的な男やない。



「ハハッ やっぱりお父さんかも」
「…嬉しないわ」
「苗字さん、俺の心配もしてくださいよ〜」
「大丈夫そうだし」
「酷い!」



なんでやろう。
お父さん言われてんで。お父さん。
親父やないか。
やのに、なんでやろう。
なんか、顔が熱い。



「あー、そういえば、勝呂くんこれ分かる?」



気のせい。気のせい。
自分にそう言い聞かせとると、苗字さんが机に置いとったノートと教材を見せてきた。
そこにあったのは何や俺も見たことない小難しい問題。
微妙に劣等感を感じながら頭を捻ると、今度は解説を見せられる。
問題と解説を照らし合わせ、分からんなりに解釈していく。
…ん、ああ、そういうことか。



「多分これは、」



一通り説明し終わると、なぜか苗字さんは机に突っ伏していた。
小さく唸り声も聞こえる。
志摩なんか勉強いやーとかなんとか言いながら逃げた。
なんやねん、こいつら。



「勝呂くん…もう少し分かりやすく…」



半分も理解できなかった。
と死にかけみたいな声で言われて、大した反応もできんと、はあ、とため息とかやない声を出した。
ほんま、ただ勉強ができるとかや、ないんよな、苗字さんて。
なんとなく、笑えてきて堪えきれんかった笑い声が口から洩れた。
じろりと睨むように見てきたけど、怖いともうざいとも思わん。
俺は苗字さんの前の席に後ろ向きにつくと、指を指しながらできるだけ簡単に、その問題を説明していった。



「ここまではええか?」
「う、なんとか」



頷く度に揺れる髪の毛とか、伏せた時に余計強調される睫毛とか、唸る声も、理解できた時にちょっと高なる声も、なんか、今まで遠くから眺めよった光景が近くて、なんか、緊張するというか、なんやろう、心臓がよお跳ねる。
そんなん気づいてないやろう苗字さんは、俺の何回目かの説明を聞き終えて、ぱああと顔を輝かせた。



「わかった!解けた、解けたよ勝呂くん!!」



嬉しそうな顔して、なんかこっちまで嬉しくなるわ。
教えがいもあるし、まあ、ちょっと予想外に理解してもらえんかったから、なんか、知らん一面見れた気がして、得した気分になった。



「やっぱり勝呂くんはすごいわ。尊敬する」



微笑みながらそんなことを言われて、また顔に熱が集中する。
ほんま、苗字さんわざとちゃうか。
誰でも、こんな真正面から言われてみい。
照れるわ。



「また教えてね」



…俺でよければどんどん教えたる。とか、ほんま阿呆みたいやな、俺。





(それが恋だと気づくのに)

大した時間はかからないでしょう。





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60000hitリクエスト
勝呂→(←)aoex夢主

お待たせしました。
とりあえず勝呂とお勉強をさせたくて。
うぶな彼にしたくて。
そんな中お父さんみたい発言には、夢主のファザコンと繋がったらいいのになと無理くりな伏線?を。
そしてエセ弁申し訳ないです。

お持ち帰りは踏まれた方のみで。
60000hit、ありがとうございました!back