煙草の煙が目にしみる

心が溶けていく。
私は生まれた時から祓魔師になるべく育てられてきた。
人間と悪魔との間の子として、普通の人間にはない、特別な能力を持った対悪魔用兵器として。
人間にもなりきれず、悪魔にもなりきれず、中途半端な私は、どこに行っても馴染めない。

『クルシイヨ……タスケテ……』

悪魔の血が入っているからか、私は悪魔の言葉が分かり、下級の悪魔なら心が読める。
悪魔はいつも嘆いていて、憎んでいて、荒んでいる。
私の仕事は彼らを救うことではなく、彼らを裁くことだ。

「もう…私にはできません……」

力のぬけた私の手から重たい銃がこぼれ、ガツン、と大きな音を立てた。
隣で煙草を吸う男は感情のない顔で、「やれ」と言い放った。
ここには私と彼しかおらず、ただ悪魔の嘆く声が響いている。

「だ、だって"あの子"、苦しんでる…」
「そりゃ苦しいだろうよ。高濃度の聖水をぶっかけたからな」

それがどうしたと言わんばかりに、彼は煙草の煙をふかすだけ。
それなのに私はカタカタと震え、落とした銃も拾えずにいた。
心が、溶けていく。

「俺達は祓魔師だ。悪魔から人や街を守るんだよ。何をしょっぺえ良心に惑わされてる」
「でも私には聞こえるの!悪魔の言葉が!」

たちまち声をあげると、大きなため息が聞こえてきた。刹那、けたたましい銃声が耳をつきぬける。
耳を塞ぎたくなるほどの悪魔の悲鳴に、目の前をのたうち回るその姿を見て、私は吐き気を覚えた。

「やれ。できなきゃ死ね」

彼の顔は本気だった。冷酷で優秀なこの人は、私なんてためらいもせずに殺せるのだろう。

『タスケテ!タスケテ!!』

悪魔の叫びを聞きながら、私は震える手を叱咤し地面に転がった銃を手に取る。
そのまま勢いで、トリガーをひいた。目標に当たりはしたが、震えているせいでなかなか照準があわず仕留めてはいない。
もう一度、もう一度とトリガーをひくが、外したり、かすったり、トドメをさせられない。
まるで"あの子"にとっては地獄だ。
焦れば焦るほど照準はずれ、目標を外してしまう。
悪魔の悲鳴はすでに消え、代わりに消え入るような声がずっと聞こえていた。

『タスケテ…タスケテ…』
「もう、いやぁぁあああ!!!」

私の心は、溶けていた。
目を開けずに打ったその一発は、見事に悪魔のど真ん中に命中した。悲鳴もなく、ただ、静かに悪魔は死んでしまった。
私が、殺したのだ。
苦しめて、苦しめて、私が、殺したのだ。

「苗字」
「……なんですか」

珍しく私の名を呼ぶ彼の表情からは、何を思っているのか全く見て取れない。悪魔ではなく、人間の心が読めたならよかったのに。

「藤本さん、これで、満足ですか」
「あ?震えながら銃を乱射するやつがいるか」
「でも…、でも私がやらなければいけなかったんですよね!?」

助けを求める悪魔を残酷に殺してしまった。
私の心はすでに溶けていた。
もう、人間だって殺してしまえそうな勢いだった。
その場で崩れるように座り込んだ私を、藤本さんはゴミを見るような目で見ている。
ああ、煙草の煙が目にしみる。

「お前は悪魔を祓うのと脳みそぐちゃぐちゃにされるの、どっちがいいんだ」
「……なに、を」
「下級にしろ、悪魔の心が読めるその能力を欲しいやつは山ほどいんだよ」

祓魔師やめたところでお前の行くところは研究所だ。
そう言い、藤本さんは煙草を捨て、足で火種を消した。目眩がする。藤本さんの踏み潰した煙草を見て、そのぐちゃぐちゃさは、まるで私みたいだと心の中で笑った。

私の、心は、溶けていた。
もう引き金はいつでも、ひけるだろう。
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