最初で最後

お互いに指をからめあった。あの日ばかりは同室の彼には気を使ってもらって、私たちは同じ布団の中で重なり、体を暖めあった。
その日は酷い雨だった。
最初で最後の、甘く、暖かく、悲しく、虚しく、苦しく、寂しい、最初で最後の夜だった。
どうして私たちはこうだったんだろう。お互いに自尊心が高く、努力ばっかりして、この仕事に誇りを持っていた。もし、私がそうでなければ、もし、彼がそうでなければ、ああでもそうでなければ私たちはこうして惹かれ合うことなんてなかった。そんなあなただから私は好きになった。そんな私だからあなたは好きになった。
どうしても、どうしても、お互いの道を捨てることはできなくて、お互いを捨てることになって、後悔なんかしてないけど、胸が裂けるほど苦しかった。

愛してる、愛してる。好きだ。今までも、これからも、ずっと、ずっと、どんなことがあっても、お前のことが、好きだ。

あの夜、腐るほど吐かれた甘い言葉はあの日限りだった。後にも先にも、あの日だけ。今でもその時のあの表情を、私の肌に触れる熱い手を、私は鮮明に覚えている。きっとあなたも覚えているでしょう。
私たちは駄目だって最初から分かっていた。想いだけじゃどうにもならない。感情だけでは、行動できない。それでも気持ちは大きく膨張して、いつ張り裂けてもおかしくなんかなかった。

好き、好きよ大好き。愛してる。今でも、何年経っても、ずっと、ずっと、どんなことがあっても、あなたのことが、好き。

それを消費するように、空っぽになるように、これから何があっても耐えられるように、愛の言葉を囁いて、ドロドロに濃い口付けをして、何度も何度も抱き締めあって、お互いの温もりを確認しあって、眠りについた。
朝起きると夜に降っていた雨が嘘だったかのように、空は憎いくらい青く、あの夢のような儚い時間の終わりを告げていた。


今日、彼に会った。
会った、という言葉を使うのは少し間違っているような気がするけど、他に言葉が思い付かないからそう言わせてもらう。
五年ぶりにあった彼はもう随分大人になっていた。元々老けてはいたけれど、それでも私の知る彼の姿とは、少し違っていた。
立派な忍者になったことが、見てとれた。
死体が転がる戦場の真ん中で、全てはスローモーション。雄叫びや呻き声や悲鳴は私の耳には入ってこなかった。彼の唇が小さく動く。何を言ったのかはマスクのせいで分からなかった。
ああ、なんで私たちはこうなんだろう。他に選択肢はなかったのかな。偶然にしては残酷で必然にしては周到で、複雑に絡まってるくせに、容易く解けていく。
これが運命だと言うのなら、私は狂ったように笑ってあげよう。からくりのような心で壊れたように叫んであげよう。そして、聖母のようにうけとめてあげるさ。
任務は完遂するのが私の勤め。邪魔ものはいかなるものでも排除する。私が培ってきたこと。彼も培ってきたこと。それを台無しにするほど私たちは馬鹿じゃない。
武器をとれ。目をそらすな。私のやるべきこと。あなたのやるべきこと。言葉はいらない。必要ない。それこそ、邪魔なだけ。

私は立派な忍者になりました
あなたも立派な忍者になりました
だから殺してしまおうと思います
だから殺されてしまおうと思います
うれえども うれえども
これが最初で最後の夜でありますように

この日も酷い雨だった
甘い言葉はきこえない




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