笑顔

「でもなぜ七松先輩は苗字先輩を連れてきたのですか?」


もっともな疑問だと思った。私だって問い詰めたいくらいだったから。なんで私をこんな忍たまの巣に連れてきたんだ。って。でも問い詰めたい気持ちよりも恐怖の方が大きかったから、三年生の浦風藤内くんには拍手を送ってあげたい。のに七松先輩は笑うだけで何も言わない。立花先輩とは何かが通じてるようで、二人は顔を見合わせて、笑みを浮かべるだけだった。


「目が腫れてきた」
「ひぃ!」
「…ひぃ、て」


そんなに怖がらなくても。ため息をついたのは綾部くんだった。私が常日頃恨んでいる穴堀小僧。そんなやつがいきなり私の瞼をぷに、と人差し指で触ってきたなんてなったら、驚きと恐怖で悲鳴をあげても別におかしくないと思う。私限定かもしれないけどさ。綾部くんなんて穴掘るから嫌いだし顔がきれいだから苦手だし、話なんてしたことなかったから、もう、怖いんだよ。


「噂には聞いてたけど、本当に忍たま嫌いなんだ」
「き、らいと、いうか…」


苦手というか。そんな関わったこともない人を嫌いなんてはならないけど、やっぱり綾部くんは穴掘るから嫌いだ。そんなこと本人にはとてもじゃないけど、言えない。私に嫌われるなんて、ちょっとなんか可哀想だし。なんで私同情なんかしてるんだろう。


「忍たまが嫌いなんですか?」
「くのたまなのに?」


一年生の純粋な質問が、私の心をぐさりと突き刺した。ああそうだよ。くのたまなのに、そうなんだよ。みんなみたいに忍たまを虐めたりなんかできやしない。度胸も覚悟も責任も、なにもないから。くの一は強い。なにが強いって、全部が強いと思う。女だというハンディをものともしない力量、知識。度胸と覚悟。そして自信。私には欠片もない。何もないから、…だめだ見苦しい言い訳だ。怖いのはきっとみんなも一緒なのに。


「なんか…親近感が湧きます」
「え?」
「噂は聞いてました。一年は組のよいこのような先輩がくのいち教室にいるって!」
「ぷっ」
「…、」


笑わないでよ綾部くん。もちろんそれは声に出せなかった。一年は組と同レベル…。私って一体、ていうかどうすればいいんだろう。こんな嬉しそうに言われてしまえば怒ることもできない。でも一応、投げた手裏剣が味方に当たるなんてことはないよ。的に当たることも皆無だけど。よく見たら立花先輩も七松先輩も笑ってるし。……だから嫌だよ、忍たまなんて。「あー、ちょっと俯かないでください」私の髪をいじくってた浦風くんに怒られてしまった。


「終わったか?」
「終わりました〜」
「ふむ、悪くない」
「悪くないって……」
「よし!では行くぞ!」
「え!」


やっと化粧が終わったらしい。鏡がないので自分の顔は確認できない。でも立花先輩が満足そうに頷いたからまあ、それなりに飾ってくれたんだと思う。でも、だ。待ちくたびれた!そんな感じで七松先輩にガッシリ手首を掴まれた。フラッシュバック落馬。また涙が出てきそうになって、ああまた化粧が落ちちゃうんだと思ったとき、「待て小平太」凛とした声が部屋に響いた。


「また泣かすのか。それと走るな髪が崩れるだろう」
「あ、そうかそうか」


じゃあ歩いて行くか!ニカッと笑われても、あの、一体どこに行くんですか?って感じだ。立花先輩もついてくるみたいで思わず顔がひきつった。いけいけどんどーん!と七松先輩はお決まりの台詞を大きな声で言いながら部屋を出ていく。立花先輩もそれに続いたので、私も慌てて歩き出した。


「あ、あのっ、ありがとう!」


残された綾部くんと忍たまの年下たちに、お礼を言うのは結構、というかかなり勇気がいった。「おーい名前遅いぞ!」「は、はい!ごめんなさい!」急いで頭を下げて、上げた時に一瞬見えたみんなの顔は、少しぽかんとしていたような気がする。それにしても、本当に一体どこに行くんだろう。緊張しながら立花先輩に聞いてみると、「会わせたいやつがいてな」と、それだけ。会わせたい人。それは誰だろう。善法寺先輩とか?うわ、こんな姿見られるの。急に恥ずかしくなって、少し暑くなった。


「……苗字?」


でも実際、連れていかれた先は善法寺先輩のところではなかった。


「け、食満、せんぱ、い」


今日も今日とて、用具の修理を行う優しくて怖いあの先輩。後ろで立花先輩と七松先輩が、にやりと笑った気がした。




笑顔
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