Saturday

目が覚めると、激しい吐き気に襲われた。急いでトイレに駆け込んで胃の中のものを吐き出す。そしたらよくわからないけどすごくスッキリして、体調もいつもより良くなった気がした。
ていうか、私寝た記憶がない。学校から帰ってきて、それからどうしたんだっけ。
とりあえず顔を洗いに洗面所に向かう。そこで化粧を落としていないことに気がついたからオイルクレンジングを適当に塗りたくってじゃばじゃばと適当に顔に水をかけるとしまい忘れてたのか調度タオルがあったからそれで顔拭いた。


「気分はどうですか」
「え?…っぎゃあああ!!」
「ぎゃああって…」


もう少し可愛らしく叫べないんですか。苦笑いを浮かべたのは、雪男くんだった。え、なぜ雪男くん。なんでここにいるの。目が覚めたら雪男くんがいたなんてすごいどんな乙女ゲーム?それともきみはペット的な感じで私は雪男くんの飼い主にでもなってしまったのだろうか。雪男くんのことをユキとか呼んじゃって、や、やだお風呂とかにも入れてあげちゃったり、ていうか妄想が働きすぎてて今さら気づいたけどスッピン見られちゃったよ。一生の不覚だ今絶対私眉毛ないもん。ていうかそろそろ話っていうか思考戻さなきゃいけない気がしてきたから戻すけど本当になんでここに雪男くんがいるんだろう。寝る前の私なにしてたのえ、え、もしかして


「つ、ついに無自覚で雪男くんを犯しちゃっ痛い!」
「その妄想力には感服します」
「違った」


もっと有り得ない妄想してたけどね。でもよかったというか、正直残念というか。じゃあなんでここにいるの?叩かれた頭を擦りながら聞いてみると、なぜか雪男くんは怖い顔をした。身に覚えはないけれどそんな顔をされちゃえば怖くなってきちゃってドキ、と心臓が跳ねた。やっぱり私に雪男くんになにかしちゃったのかな。少しだけ、不安になった。


「なんで言ってくれなかったんですか」
「え、え?」
「悪魔のことですよ!」
「あ…え!?な、なんで……」


雪男くんがそれを知ってるの?そ、そういえばいつもいるあの悪魔がいない。雪男くんがここにいるということは祓われたのかな。そういえばなんか私すんごい落ち込んでた気がするしやけに悪魔も話しかけてきた気がする。ぼんやりしててはっきり思い出せないけど、うん、なんかすごく落ち込んでた。それは覚えてる。それでなんか真っ暗で、それから、それから、


「憑依されてたんですよ」
「うそ」
「本当です」


ほ、本当なのか。じゃあこのやけにスッキリした気分は、そういうことなのか。覚えてないけど私が雪男くんのところへ行ったのか、それとも何かしらの用事で雪男くんが私のところへ来たのか。それで憑依されてるってわかって、雪男くんが、雪男くんが、つまり、徐霊的なことをしてくれたってことで。
私のためにって一瞬思ったけど第一雪男くんはエクソシストなわけであってそれがお仕事なんだから私のためにっていうよりも人のためにって言う方が正しいかしら。
とか言いながら正しいとか正しくないかなんて正直私にはどうでもいいことで。


「ありがとう雪男くん」
「…まだ怒ってるんですが」
「でもね、すごく気分がいいの」


顔がどうしてもふにゃあ、と締まりのないものになってしまって、雪男くんも呆れた表情をしてあなたって人は。そう零れるように呟いた。と思えば、私に向かって伸びてくる雪男くんの両手。ふわりと頬っぺたに添えられて、予想外と言うか、少し驚いてしまって一瞬だけ息が止まった。
雪男くんの手はすごく冷たい。雪みたいだと思った。


「平気じゃないくせに」
「へ?」
「あなたが弱虫だって、僕にはわかってしまいましたから」


悪魔に憑依されるくらいですからね。笑いもしない雪男くんの目が私をじっと捉えていて、私もそれから目が離せない。
確かに雪男くんの言うことは正しいのかもしれないけど私は今までずっと堪えてきたんだからむしろ強い方なんじゃないかなとか心の中で反論してみたり、平気ってそう断言したら多分それはそれで嘘になるしでもだからってどうすればいいんだろうって考えると答えも見つからない。つまりこういう性格なんだもん。と不明確すぎる明確な結論に至ってしまうわけで。ちょっと頭良さそうなことを言ったけれどぶっちゃけ自分でも何言ってるか分かんなかったり。


「好きよ雪男くん」
「いきなりなんですか」
「つまりはそういうこと!」
「意味がわかりません」


私にはなんとなくわかるんだけど、後々雪男くんにもわかればいいと思う。ノリで両手を広げて抱きついちゃうぞと冗談半分で言ってみたら視界が急にぼやけた。どすっと体が何かにぶつかってグェッとカエルみたいな声が出てしまってちょっとだけ思考が停止する。あれ、なんで私雪男くんに抱き締められてるんだろう。


「ゆ、雪男くん…」
「こうして欲しかったんじゃないんですか?」
「な、なんかすごく悪い男の人みたいだよ雪男くん。し、して欲しかったけど」
「ならいいじゃないですか」
「い、いいんだけど、ね」


これはまあこれで恥ずかしいと言いますか。いやでもこれはなんておいしい展開なんだろう。雪男くんの匂いがいっぱいに広がって少し…ていうかまじで幸せだ。ちょうど私の頭は雪男くんの胸板に当たっていて、雪男くんの心音が聞こえた。緊張、してるのかすごくドクドクいってて、こうしただけでこんなにも心音って聞こえるのかって少しびっくりした。多分私もこれくらいドキドキしてるんだろうけど。いい大人が子ども相手にというか…それでも好きだから仕方ない。


「ずるいよ雪男くん」
「なんで僕がずるいんですか」
「もうなんか色々と」
「…じゃあ、更にずるいこと言いますけど」
「なあに?」
「明日一緒に出掛けませんか?」


雪男くんが私の肩に手を添えて体を離した。雪男くんは私の顔を見てにっこりと笑っていて、その顔は本当にかっこよくて口がゆるむのを必死でこらえた。
どうして今日はこんなに積極的なんだろう。なんだかこの変な関係に進展がある気がしてならなくて、私はすぐにぶんぶんって感じの勢いで頷いた。



土曜日
「本当にずるいよ」
「あなたも」back