日常

じゃあ、後はよろしくー。そう言われながら、カランカランッと地面に落とされていく武器や道具を一つ一つゆっくりと拾っていった。疲れたねー。お風呂入ろうよ。と楽しそうに会話をしながら同級生の子達は山を下っていく。だけど私はそこにただ一人、ポツンと残されていた。

実技の授業。特に組み手や対戦の授業だと大体その日の結果が悪かった人とかチームが授業の片付けをすることになっている。まあ、所謂、私は落ちこぼれというやつで。こうして後片付けを任されたことは、一度や二度ならず、一年のときから数えてみると、まあ数えきれないほどある。のろのろと用具箱にクナイや手裏剣を入れていく。最後に武器が全部揃っているかどうか確認して、私は重たい箱を抱えると、覚束ない足取りで山を下っていった。
本当は、私だけじゃない。片付けを任された人は、他にもいる。だけどその子たちは私が足を引っ張ったせいで負けちゃったから、うん、仕方ないんだよ。これは。私はのろまで、不器用で、頭も良くなくて、引っ込み思案で何もできないから、そんな私にみんながイライラしてしまうのは理解できる。当然だと思う。私が授業で足を引っ張ってるから、せめて面倒な後片付けは、私が、やらないと。そんな、ちっぽけな使命感のようなもの。クナイで裂かれた腕が痛む。装束には血が滲んでいるけど、この箱を持つ手は、放したりなんかしたら、ダメだ。これが唯一、私がみんなの為に役立っていることだから。

やっとの思いで学園まで戻ってきて、訓練用の武器を倉庫まで運んでいく。くのたまの敷地にある倉庫は小さめで、数も少ないから忍たまのところから借りていくということも少なくない。今日も用具倉庫まで足を向ける。もう夜中だというのに、そこにはいつものように灯りがついていた。それを見て、少し嫌な気分になる。忍たまって、苦手なのだ。


「…し、失礼しますっ 用具をお返しに、き、きましたっ」


する必要もないのに無駄に緊張して、声は裏返るしどもるし。恥ずかしい。倉庫の中にいたのは用具委員長でもある、六年生の食満留三郎先輩で、武闘派と名高い彼は、くのたまにも結構注目の的で、なんだ、その、はっきり言うと、怖くてたまらない。ノロノロしてんじゃねぇぞ!バキッぐは!て感じになりそうで、本当に怖い。だけど食満先輩は、実は優しいってことは知っているし、こうして用具倉庫なんかで会ってしまうのは、初めてじゃないし、怖がるようなことないって、わかってるんだけど。やっぱり、怖くて。ていうか忍たまで怖くないのは保健委員だけ。なんとなく親近感。私も保健委員だし。善法寺伊作先輩は、雰囲気からして怖くない。


「おお。苗字か」
「こ、こんばんわ…」
「今日もお前一人だけか?」
「あ、いや、今日は…あまり用具をお借りすることも…なかったので…、あの、くの一教室の分は、みんなが、片してくれまし、た」


だから、私は一人で後片付けしてるんじゃないんですよアピール。この嘘は私のためにもなるし、くのたまの好感度を落とさせないためにもなる。だけど勘のいい六年生なら、こんな嘘には気づいているのだろうか?一瞬だけ、食満先輩の眉間に皺がよった。それに私は、いちいち情けなくもビクビクする。でもそんな表情は一瞬、食満先輩はならいいんだ。とふわりと笑顔を見せて、自分の作業を再開させた。少しドキリとしたけど、気のせいのような気がして、私も用具を戻すために奥の棚へと向かった。…んだけど。


「う、わ…ぁ」


届かない。というより、腕が上がらなくなっていた。傷が痛むのもあるし、何よりすごく重たい。ぷるぷるぶるぶると尋常じゃないくらい震えだした腕にどうしようどうしようと気持ちがどんどん焦りだす。ここで落としたりなんかしたら、また面倒だし、何たって今ここには食満先輩がいる。何やってんだてめぇ!バコーンッぎゃああ!ってなる。確実に、なるはずだ。それだけは避けなきゃ。と必死に自分の腕を叱咤した。だけど、もう腕は限界に近かった。


「ったく」
「うわっ」


横から伸びてきた手。急に軽くなった腕。仕方ねーなと呆れたように紡がれた声。隣にはさっきまで私が必死に持ち上げていた道具を軽々と棚に戻す食満先輩がいた。吃驚して間抜けな声が出てくる。大丈夫か?と優しい笑顔を私に向け、パンパンッと手をはたく食満先輩を見て、私は次の瞬間、物凄い勢いで謝っていた。


「す、すすみません!すみません!お手を煩わせてしまって!本当にっ、ごめ、ごめんなさい!」
「あっ、おい!」


そして気がつけば逃げ出していた。ああ、なんて情けないんだろうと思う。食満先輩はあんなに優しくしてくれたのに、私は怖がってばっかりだ。自己嫌悪に陥りながら、自然に足が向いた場所は保健室。私のもっぱらの活動場所で、長屋よりもずっと落ち着く、薬品や薬草の、独特な匂いが充満しているそこだった。


「また怪我したの?名前」
「善法寺先輩…。いえ、その…」


いると思った。保健室にいたのは保健委員長の善法寺伊作先輩。上級生の中で一番私が信頼している先輩…というよりも、他の人よりも普通に接することができる先輩。善法寺先輩は私の血で滲んだ装束を見て顔をしかめると、おいで。と自分の横をポスポスと叩いた。それを見て私は素直にそちらに行くと、静かにそこに腰を下ろした。


「よく怪我をするんだから。今日はどんな訓練だったの?」
「さ、三人一組になってチーム戦をしました…」
「どうだった?」
「……今日も、ドベです」


ははは、と下手くそに笑う。それでも善法寺先輩はそっか、と、表情一つ変えずに私の腕の手当てをしてくれた。この人の、こんなところが好き。私のみっともない結果に何を言うわけでもなく、ただ、そっか。と、そう言ってくれる。頑張れだとか、しっかりしろなんて言葉は私には重たすぎて、敵わないのだ。私は、頑張って、これだから。しっかりしようとして、こうなるから。だけど逆によく頑張ったね。無理しなくてもいいよ。なんて言われてしまうと、私の限界を勝手に決められてるような気分になって、自分が嫌になる。なんて面倒なんだろうとは思うけど、そんな私の性格を知っているからか、善法寺先輩は私に何も与えないし、奪わない。ただこうして、怪我したらいつでもおいで。と、私を迎えてくれるのだ。


「先輩は…確か用具委員長の食満先輩と同室でしたっけ」
「ああ、うん。そうだけど…」
「あ、あの…私さっき食満先輩に失礼な態度をとってしまって…よければ、」
「うん。言っておくよ。謝りたいんだね?」
「…はい。あ、でも…」
「ん?」
「お礼も…一緒に……」


そう言うと善法寺先輩は目をまん丸にさせて、そしてくすくすとおかしそうに笑い始めた。でもなんで笑われているのか、何がおかしいのか私には分からなくて、なんかすごい恥ずかしい気持ちになって顔が熱くなってきた。そんな私を見て善法寺先輩は更に笑って、私の頭をくしゃくしゃと撫でた。


「名前はいい子だね」


さすがに子ども扱いしすぎじゃないかと思ったけど、それは口には出さない。私なんて上級生になりたての四年生だし。しかも万年成績最下位の。ここまで落第せずに進級できてきたのが、我ながら不思議。進級試験での結果もそんなに良くなかったはずだ。
今日はもうお帰りと、善法寺先輩に言われて私は立ち上がった。綺麗に手当てされた腕を眺めながらお礼を言う。今度僕が怪我をしたら、名前が手当てをしてね。とそんな言葉に、私は私でよければいつでも。とそんな返事を返すのだ。


「おやすみなさい善法寺先輩」
「おやすみ。名前」


くのたまの長屋に帰るとちょうと四年のみんながお風呂から上がっていた。ギロリと視線。やっぱあんたトロいわね。まだやってたの?どうせ、忍たまにでも媚び売っていたんでしょう。そんなことを言われて、胸が締め付けられるような感覚に襲われる。私は邪魔者ですか?と問えば、彼女たちは迷いなく、当たり前じゃない。と返すのだろう。




日常
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