11.さんかいめ


寒い。
つい数十分前に考えた気もするけど、今は5月なのだ、本当に寒い。
見事に部室に閉じ込められてしまった私は、鍵がかかっているのを再度確認したあと、手元にある携帯で友達に連絡は取ってみたが出なかった。多分部屋に置きっぱなしで他の友達の所に行ってるとかそういう理由だと思う。くそう…。
ならバレー部の人に、と考えたけど実のところ連絡先を交換していない。そういう機会がなかったし、私も必要ないんじゃないかと聞かなかった。よくよく考えれば部活の連絡とかで普通に必要じゃん…。重要なところで頭のネジ1本飛ぶのやめて欲しい…。

最悪ここで夜を過ごしてもいいとは思う。部室には誰かしら来ると思うし…部室といってもマネージャーが着替えるスペースの所だけど…でもマネージャーがいつまでも来なかったら話はすると思う。
でもその前に寮にいなかったらダメじゃない?という考えも浮かんでいた。その時はその時だ。

くしゅん、と軽いくしゃみと共に、グゥ、とお腹が空腹を訴える。体は本当に正直だ。
とにかく誰か早く来て欲しい、本当に寒いし暗いし怖いんだ。

「お腹、すいたなぁ…」
「そこに誰かいるのか。」
「!?」

1人呟いた言葉は消える、と思ったのに言葉が返ってきた。聞き覚えのあるその声は、まさか、まさか。

「牛島、先輩ですか…?」
「…?逢坂か?」

そこで何をしている、と牛島先輩が続けた。
まさに天の助けだ、と、座り込んでいた場所から小走りで動いて扉に近づく。事情を言えば絶対にここから出られる。

「忘れ物をここにしちゃって、それでここに戻ってきて見つけたはいいんですけど、あの、閉じ込められちゃって。」

鍵かけられちゃったみたいで、と続けて言う。言葉に出すとなんて間抜けな、出さなくても間抜けだけど。
状況を理解したのか、扉越しに牛島先輩が待っていろとだけ残して足音が遠ざかっていく。

とりあえずここから出られる事は確定した。安心感と、気を張っていたのか一気に脱力して座り込んでしまった。




「でられたぁぁぁ…!」
「あぁそうだな。」

あの後、牛島先輩が鍵を持ってきて見事に扉は開いた。何故か牛島先輩の横には男の先生がいて、どうやらその人がもう誰もいないだろうと思って閉めてしまったらしい。バレー部の部室の鍵は部員か監督か顧問かコーチの先生が閉めるんじゃないんだろうか、と考えたけどどうやら斉藤先生が今日はいなかったらしく、代わりだそうだ。そういえば見かけなかった、練習試合の取り付けでもしてるのかな。そんなことを言ってた気がする。
ともかく先生は確認しなくてごめんね、と飴を数個くれた。内緒だよとのこと。別に元より怒ってはなかったしでも飴は得したかも、なんて現金な考えになる。

「牛島先輩も、ありがとうございます。」
「あぁ。以後気をつけるようにしろ。」
「そうします。」

謙遜らしいことを言わないのが牛島先輩らしいなぁ。

…ん?あれ?そういえば、

「牛島先輩、こっち女子寮の方向ですけど…。」
「それがどうした。」

??なんか当たり前のように言葉が返ってきて混乱してしまう。男子寮は少なくとも正反対の方向だけどどうして?
……まさか。

「…あの、もしかして、」

送ってくれてます?なんて恐る恐る聞く。
牛島先輩はなんとも思っていない女子を送るような人なんだろうか、しかも寮ぐらし。

「そうだが。」

再び当たり前のように返ってきた返答にはもう瞬きを繰り返すことしかできなかった。
確かに時間的には遅いけど………え?なんかもうわからないぞ?
そうかあれだ、きっと牛島先輩はめちゃくちゃ紳士な人なんだ。なにそれ素敵好きです。

「天童が、逢坂と2人になり遅くなったら送ってやれと。」

確かに今日のこともあるしな、と牛島先輩がまた続ける。どうやら天童先輩がなにか吹き込んでたみたいだった。天童先輩にいったいどれだけ色んなものを献上すればいいんだろう、なんて考えてしまう。前にジュース献上した時に今度はチョコアイスにしてヨ〜!なんて言われた。チョコアイスは溶けるなぁ…あ、でも食堂にデザートとかあったはず、お昼にそれを買えばいいかなぁ。
チョコアイスに頭を巡らせている間にも、足は進むので段々と女子寮が見えてくる。

「…そういえば。」
「なんだ?」
「…えっと、最初に牛島先輩に、その、告白…した時もこんな感じだったなぁ、なんて。」

最初に告白した時、その時は本当に出会ったばかりどころかまともに会話もした事がなかった時だ。今もそこまで頻繁にはしてないけど話は出来てるから別に良しとする。
そのあとは見事に恥ずかしすぎて死んでいたけど、次の日に五色君の後押し(教室から追い出されたともいう)によりいつか牛島先輩を振り向かせる!みたいになったんだ。
なんだか懐かしむように言ってしまったけど、1ヶ月も経ってない時の話。

「…そうだな。」
「……。」
「……。」

さすがに告白した時の話は牛島先輩でも少し気まずいのか、黙り込んでしまった。……元々無口か。
…もう女子寮は目の前にあるし、早く帰らなきゃ。さっき友達から携帯に連絡が入っていたし、多分私が閉じ込められていた間に連絡したやつの折り返しだと思う。

「送ってくれてありがとうございます、牛島先輩。」
「いや、いい。今日のような事が起こらないよう気をつけろ。」
「はい。……あと、一つ聞いてください、牛島先輩。」

軽く下げていた頭を上げて、しっかりと牛島先輩を見上げる。
カチリ、と目が合ったような音がした気がして、それと同時に言葉を紡いだ。

「牛島先輩が、好きです。」

振り向かせると宣言した時から、何やかんや言っていなかった言葉。
牛島先輩はまたあの時と同じように驚いたような顔をしていた。きっと、まだ応えてもらえないんだろうな、もしかしたら一生応えてもらえないんじゃないか、なんて考えが浮かんでしまう。

「…応えられない。」
「んー、ですよねぇ。」

予想的中、悲しい。
そう思いつつも泣くとかそういうのは一切なくて、少し笑ってまたありがとうございました、なんて頭を下げて寮に入った。

「────っ、緊張した…。」

悲しくないけど恥ずかしくないのかと聞かれたら恥ずかしいと即答できる。結構あっさり告白したように見えたのかもしれなかったけど、凄く緊張していたし手は震えていた。
でも、悲しくはない。失恋上等、しつこくない程度に頑張れ私。


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