08



夢を見た。


私が生まれ育った神社の本殿。

誰もいない其処で、私は尾が無い狐と向き合い座っていた。


狐は動かず私を見つめている。

私も動かず狐を見つめている。



静寂に包まれた時が流れるこの空間は、何故か居心地の良い物だった。
まるで、羊水の中の子どものような気持ち。

すると狐が動き、ゆっくりと近づいてくる。
音も無く歩み寄る姿に恐怖感は無く、ただ黙って見つめていた。

目の前まで来ると狐の顔立ちが良く分かる。透き通るような真っ白な毛色。どこか気品のある顔立ち。
そして自分と同じ琥珀色の瞳。

思わず見入ってしまう美しさに動かずにいると、狐は顔を近づけ額に口を付ける。



その瞬間、周囲が一気に業火に包まれた。















意識が浮上する感覚を覚え、瞼をゆっくりと持ちあげる。

見慣れた天井が視界に入るとナマエは静かに息を吐いた。



「具合はどうだい?」
「……おさむ」


声のした方を見ると、本を片手に座る太宰の姿。
そこでナマエはようやく自分が寝ている理由を思い出した。


「まだ熱いね」
「…ん、」


額に置かれた太宰の掌から伝わる冷たさが心地よく、ナマエは再び目を閉じた。
すると先程見た夢の映像が鮮明に蘇り、得体の知れない不安感に襲われる。


「…治、」
「うん、おいで」


ナマエが手を伸ばすと、慣れた様子でベッドに座りナマエを起こしその小さな身体を抱きしめる。


定期的に、と言っても過言では無い程体調を崩すナマエだが、原因は異能の力に身体が耐えきれなくなってしまう事。限界値を超えてしまうと周囲を焼きつくしてしまう程の威力を持っている彼女は、何とか自分で力を抑えようとする為、身体が悲鳴をあげ高熱にうなされる。

そうなると決まって太宰はナマエの元を訪れ、自分の異能力を使って彼女の暴走を吸収、相殺していた。
これは異能を無効化する能力を持つ太宰にしか出来ない事で、弱った状態のナマエは無意識の内に太宰を求めてしまうのだ。



太宰の肩に顔を埋め、何時もに増して首に回された腕に力が入っている事に気付いた太宰は、自分も彼女を抱き締める腕に力を入れた。


「うふふ、今日は随分甘えただね?」
「…治」
「うん?」
「夢を、見た」
「夢?」


幾分楽になってきたのか、呼吸が落ち着き静かに話し始めるナマエ。
太宰はナマエの頭を優しく撫でながら静かに話を聞いた。


「眞神の神社で、狐に会ったの」


彼女から発せられた言葉に、太宰はピクリと反応する。

ナマエの生まれた眞神神社は神力が集まる場所として有名で、代々その神社を守ってきた一条家は政府との繋がりもある名家だった。
その一条家の末娘として生まれたナマエは歴代の巫女でも唯一、守り神である空狐と龍神、二つ神の加護を受け幼少期から強大な力を持っていた。
しかし大きすぎる力故に、政府の上役に目を付けられ悲惨な過去を背負う事になった。

それをナマエがどんな思いで胸の奥に秘めているのか、太宰は知っていた。



自身の心の乱れを悟られぬよう平静を装い、太宰は彼女に話の続きを促した。


「うん」
「…狐が私に触れたら、炎に包まれた」


「あの日、神社が焼けた炎と同じだった」



ぎゅう、と太宰に縋る力が増す。



「…治、私」
「ナマエ」


ナマエの言葉を遮るように太宰は口を開いた。
頬に手を添え、顔が見えるように密着した身体を離し距離を作る。

覗き込んだナマエの目は不安に揺れていた。



「私は死なないよ」



太宰の言葉にナマエの瞳は更に揺れた。


「約束しただろう?」


目を細め、まるで愛しい者を見つめるように視線を合わせてくる太宰に、ナマエは眩暈を覚えた。






「私達が死ぬ時は心中する時だ」




そう言い再びナマエを腕の中に閉じ込める太宰。

太宰の胸に顔を埋めながら、ナマエは先程言いかけた言葉を頭の中で繰り返した。





"治、私ちゃんと死ねるかな"




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