02


ポートマフィア内では幹部及び其れに匹敵する準幹部、部隊長には個人の執務室が与えられており、扉続きの部屋には仮眠室も設けられている。仮眠室と言っても浴室も完備され、充分な広さに加え、仮眠用とは思えないベッドなど設備が整っている為、多忙な日々を送る幹部等は外に自宅があっても本部で生活する者も少なくない。

中原中也もその一人である。



(……朝か、)


カーテンから漏れる朝日に眩しさを感じ目を覚ます。数回瞬きを繰り返すとぼやけた視界がハッキリと写り、同時に意識も浮上する。

昨夜の任務報告を終え、自分の執務室に戻って来た頃にはすっかり日付けが変わっていた。
疲れが残る身体に鞭打ち、寝返りを打とうと身体を動かすが、妙な圧迫感を感じ視線を下げると自分の胸に顔を埋めるように眠るナマエの姿が目に入った。



(いつの間に入って来たんだ此奴)


気付かず寝ていたのもどうなのか、という自分への疑問はさて置き相手がナマエであれば納得もいく。
朝目が覚めると自分の寝床にナマエが潜り込んでいるという現象に中原中也は何度も遭遇しているのだ。
故に慣れて来ている部分もあり、仕事上でも私生活でも一番近くにいる彼女の存在は、幾らマフィア幹部且つ気配に敏感な中原と言えど、身体が無意識に感知する事を止めているのかもしれない。



(…だいぶ伸びたな)


数ヶ月前に自分が切り揃えたナマエの髪に指を絡め優しい手付きで耳にかける。
男の目から見ても綺麗で柔らかい髪の彼女だが、当の本人は”あまり長いと変装する時に何かと不便だから”という理由で胸にかかる位にキープしている。
仕事に対して実直、それでいてプライドを持つ何とも彼女らしい理由だと、毎回髪の手入れを頼まれている中原は思う。自分を信頼しての事ではあるが、端正な顔立ちをしている彼女がこの艶やかな髪を伸ばしている姿を見たいと思うのも事実である。




「ん、」


数回髪を撫でた所でナマエの身体がピクリと反応する。だがすぐに規則的な寝息をたて始めた。

いつもは周囲の人間に隙を見せないナマエだが、そんな彼女が自分だけに見せる無防備な寝顔を見て、中原は優越感に浸っていた。

暫くこの温い感情に身を任せ、彼女を腕の中に閉じ込めておきたい衝動に駆られるが、ベッドサイドの携帯で今の時間を確認するとそうもしていられない時刻だった。




「ナマエ」



耳元で中原が囁くと僅かに身体を揺らし、ゆっくりと瞼を動かす。



「………ちゅうや?」
「起きろ。今日は重役会議だ」
「…ん」
「オイコラ」


一度は覚醒した意識を再び沈めようとするナマエを見て額を軽く小突く。

ナマエは決して寝起きが悪い訳では無い。むしろ眠りが浅く少しの物音や気配に反応してすぐに目を覚ます。
どんなに睡眠時間が短くても早朝の会議や仕事には決して遅刻しないのだが、中原と一緒になると一気に緊張感が解け自力で起きるはほぼ無いのである。

普段と余りにも違う彼女の姿を見る度に中原は驚きを通り越して呆れる事もあるが、仕事中の凛々しい姿が嘘のように甘えるナマエに胸焼けを覚える程の愛しさを感じ、結局最後にはとことん甘やかしてしまう。




「つーかいつ来たんだよ。戻って来た後は自分の部屋に行っただろ」
「………部屋、さむくて」
「懐炉か俺は」
「…シャワーで煙の匂いとれなくて、寝れなくて、中也の匂いを求めたら、身体が、勝手に」
「…餓鬼かお前は」


経緯を話しながらも目は閉じたまま、ナマエは中原の首に腕を回し首筋に顔を押し付ける。
ふわりと揺れたナマエの髪からは煙の匂いどころか甘い香りが漂ってきた。



「マジで起きろ。本部に引きずってくぞ」
「……中也はそんな事しないくせに」
「……そうか、じゃあ目覚ましてやるよ」
「…っん、ぅ」


ベッドに肘を付き上半身を起こすと、必然的に顔の近くにあるナマエの耳に舌を這わす。
突然の出来事にナマエは反応出来ず、ぴちゃりという水音と舌の動きを感じ、一気に顔に熱が集中する。

ちゅ、ちゅと音を出し、時折甘噛みをしながら中原の手はナマエの背中を這いながら下降し太腿をゆっくりと撫ぜる。
ナマエが着ているのはいつも寝巻きにしているシャツワンピースのみ。既に露わになっている柔肌を堪能しながらも、こんな軽装で自分の部屋に来たのかと僅かばかり怒りを感じた。



(…前に注意したの響いてねェな)


手の動きはそのままに、視線をナマエに移すと固く目を閉じ、口からは抑えきれない吐息が漏れていた。
しかし抵抗する様子は見せず、首に回した腕に力が加わるのを感じた。




「ハッ、何だコレを待ってたのか?」
「ぁ、ちゅ、や」
「…目は覚めたみたいだな」
「は…んッ、」


耳の軟骨をなぞりながら、舌を首筋に降ろしていく。ナマエが弱い箇所を刺激するとビクッと肩が上下したのを見て口角を上げる。

足を開き自身の身体を滑り込ませ、ナマエの膝裏に手をかけたその時、扉をノックする音が室内に響いた。




「……………何だ」
「御休みの所失礼致します中原様。首領より重役会議の開始時刻を早めると連絡が」
「……嗚呼、直ぐ用意する」
「失礼しました」



扉の向こうの部下の気配が無くなったのを確認すると、深く息を吐く。
ふと視線を下げるとナマエも同じように肩の力を抜き、ゆっくり呼吸していた。



「…おら、行くぞ」


背中に手を入れ、ナマエを抱き起こす。中原の上に跨って座る形になったナマエは首に絡めた腕を解き、代わりに後頭部にやんわり手を添えた。




「中也」
「あ?」



素早く顔を近付け唇を重ねる。リップノイズを響かせ、ナマエは目尻を下げ、はにかんで笑った。




「おはよう」






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