04


ヒラヒラと手を振り去って行った太宰の後ろ姿をナマエは恨めしげに見ていた。
同時に周囲を見渡し気配を伺い、誰もいない事を確認する。



「……もう、」


人の気も知らないで、と心の中で呟く。



何故自分の名前を呼ばないのか、過去に何度も太宰に聞かれた。

中也と同等以上の立場、それでいてナマエにとって唯一無二の存在である筈の自分だけが線引きされたかのように他人行儀な呼ばれ方をされ続ければ、それは気になる所ではあるし追及もしたくなるだろう。

そういった太宰の心情は理解している。
理解しているが、私は首を縦に振らなかったし、これからも本当の理由を言うつもりは無い。



(云ってしまえば、私も治もきっと、)



自分の気持ちを押し殺すように深い深呼吸をして、中也の執務室へと足を向ける。

嗚呼、彼と同じように嫌な顔をするのが目に浮かぶなぁ。





























「遅ェよこの糞幹部」
「まだ十分も経って無いよ。全く短気だなぁ」



急遽変更された作戦により、ポートマフィアが誇る最悪最恐の二人組、「双黒」の異名を持つ太宰と中原が呼び出された。

太宰が拠点に到着した時には、既に中原が苛々した様子で煙草をふかしており、さも当たり前かのように遅れて登場した太宰に対し、中原の眉間には更に皺が寄っていた。


「そういう台詞は一度でも時間に間に合ってからほざけよ。唐変木の手前が歴代最年少幹部なんざ俺は今でも認めてねぇからな」
「別に中也の許可なんか無くても私の実力の結果だよ。それに、遅刻するのは君との任務の時だけだから」
「上等だコラ面貸せ!!」




任務前から一触即発な空気の二人を目の前に、部下の男達は内心冷や汗をかいていた。

止めようにも声を掛けられる雰囲気では無く、そもそも異能力者二人を前にそんな命知らずな行為に出る者などいなかった。
あの二人を自分達が仲裁するなど、限りなく不可能に近いと重々承知しているからである。



こんな時あの人がいてくれれば、と部下十数名が同じ事を考えていたまさにその時、思い描いていた人物が静かに現れた。



「その威勢は買うけど、任務に向けてくれる?」
「一条さん…!」


救世主を見るような目で自分を見る部下の男達に、申し訳なさと情けなさでナマエは溜息を吐く。


当の本人達は予想外の人物の登場に驚いているようだった。



「あれ?ナマエどうしたんだい?」
「…計画書に手前の名前は無かったと思うが」
「部下の失敗は上司の責任。今回の仕事は私が立てた計画だったから尻拭い位しないとね」



それに、とやや冷やかな目で太宰と中原を見つめる。



「私の力量不足で急遽計画が変更になって組まされた御二方のサポートは当然のことでしょう?」



言葉の裏に隠された"こうなると思ってたからよ"というナマエの本心を読み取り、二人は静かになる。
ナマエから伝わる只ならぬプレッシャーを感じ、当事者では無い部下達も背筋が伸びる気持ちになった。



「ふふ、ならまぁ結果オーライかな」
「…チッ」


中原が掴んでいた太宰の胸倉を離した事でその場は落ち着き、固まっていた部下達も本来の仕事に戻り動き始める。



標的である組織の現在の状況や、人員配置について部下に指示を出すナマエに視線を合わせながら、太宰は口を開いた。



「ところで中也」
「…何だよ」
「今朝はナマエと一緒だった?」


ナマエから中也の煙草の匂いがしたのだけれど、と言葉を続ける太宰。

先程本部の廊下でナマエに触れた時、何時ものナマエの香りの他に嗅ぎ慣れた相棒の匂いが混ざっている事に太宰は気付いていた。


にこりと読めない表情で聞いてくる太宰に対し、中原は特段表情を変えず、煙草に火を点けながら答えた。


「気色悪ィな、犬か手前は」
「鼻は良い方だね。仕事上は役に立つよ?」
「……別に、一緒だった所で手前には関係無ェだろ」
「そう、関係ない」




「ナマエは誰のものでも無いからね」




そう口にした太宰の言葉にどんな意味が込められているのか、中原は少なからず理解した。

彼女にとって同じような位置づけにいる太宰とは、ナマエの事に関してだけは恐らく共通の考えを持っている。



「ま、とりあえず今は仕事に集中しよう」
「んな事手前に言われなくても分かってんだよ」
「あ、そう。じゃあついでに言っておくけど中也、」
「あ?」




「背後には気をつけた方が良い」



良からぬ事を企んでいる時の目をしている相棒の顔を見て、中原は今日の任務が無事に終わる事を祈った。

そして哀れな事に中原の悪い予感はこの後的中する事になる。





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