青の破軍

8


新しい鉄華団のマークを眺めていたら、いつのまにかとっぷりと日が暮れていた。明日は忙しくなるということで、まだ興奮という名の酔いがさめぬまま、私たちは自分達の寝床へ戻るよう言われた。

もちろん、だからと言って早々に眠れるわけがない。鉄華団のマークを大々的に掲げたことによって、主に参番隊の自由を改めて実感することになった。

参番隊のメンバーはほとんど子供だし、半分はまだ15才以下。そんな中でこれからを考慮して、無理をしてでも身体を休ませることまで気を回すことができない。

そんな彼らにとって、そう、例えるなら、参番隊だけの宇宙航海は遠足みたいなもの。小学生が遠足の前日に眠れないのと同じ。不安と興奮でアドレナリンを多く分泌している彼らの中で、いつものように眠れているのはいったいどれくらいだろう。

私? ああ、うん。実は、こんなこと言ってる私も寝れません。いやあ、久しぶりの宇宙が楽しみで仕方がない。そんでもって更に生まれ故郷に帰ることができるのがね。

まあ、眠れないのは他にも理由があるけれど。


『狙イ撃ツゼ! 狙イ撃ツゼ!』

「はいはいわかったらハロ」


ハロはピコピコ言いながら、絶えず喋り続け辺りを転がり回った。ときどき、ベッドの上から放り出してる足にこつんと当たる。こいつがハイテンションなのはいつものことだけど。

ころころと入り口に転がって、開いたドアにこつんとぶつかった。ハロはまたもピコピコ言いながら私の方に帰ってきた。


「すまねえアイリン、少し手間取っちまって」

「全然いいよ」


私は準備していた椅子にオルガを勧めた。それからポッドからお湯を出して、お情け程度のインスタントコーヒーを差し出す。

さんきゅ、とオルガは呟いて、カップを口につけた。だいぶ濃いめに作ってあるけど、今はそれくらいが一番いいだろう。

参番組だけで宇宙に上がるのは始めてだもんね、やることとかきっと沢山あるもん。

私がオルガをこの忙しいときに呼び出したのは他でもない、今日のことをどうしても報告しなければならなかったからだ。しかも宇宙へ上がる前、早急に。


「それで、町に降りてギャラルホルンの奴と会ったんだって?」


私はこくりと頷く。オルガはカップから口を離し、苦笑した。


「お前もしたたかというか、なんというか」


出会ったのは偶然だったんだけどね、と私は言った。そこから何か情報が得られるかもしれないって、しばらく、半ばムリヤリ一緒に行動したけど。ただお金が目当てでアインさんを引き連れてたわけじゃないから。

まっ、私の心はとぅるっとぅるに潤ったけどね!!


「顔はわかるか」

「うん、ハロに写真撮ってもらった」


私はハロに指示をして、写真を出してもらった。ハロはでっかいシャボン玉を作り、そこに写真を映す一連の動作を見て「粋なことをするな」とオルガが笑った。

シャボン玉に写し出されたのは、黒髪の若い青年。写真はファミレス的な所で写したものなので、彼は私が食事をしている間、青い瞳をあちらこちらに移動させたり、かと思えばハロ(もっと言えばその隣にいた私)に向かって何かを訴えている。

きっと、食べ過ぎだとか、買い物をしすぎだとか言ってるんだと思うけど。


「若いな」


オルガがぼそりと呟いた。


「始めの戦闘でMSに乗ってたんだって。3機の中で唯一の生き残り。なんでもあれが初陣らしいよ」

「何か情報はなかったか」

「ある。どうやら、宇宙でまた戦う気らしいよ。たぶん、その動画も残ってると思う」


ハロに少し早送りしてもらい、最後の別れのところを映してもらった。ハロが絶えず動くからピントはあまり合ってないけど、声の録音はできていて、アインさんが言っていることはちゃんとわかる。


「お前が鉄華団の人間だって知らないな? しかも、新人でメンタル的にもだいぶ参ってるように見える。嘘はついていないな」


私も同意見だ。その意味を込めてこくりと頷く。

しかし、アインさんのことは置いといて、ひとつだけ引っ掛かることがある。

どうしてこっちが明日出発するって情報が知られているのだろう?

ギャラルホルンにこっちの情報を流すようなことをしてた覚えはないし、外の人たちは、アトラや身内以外に宇宙へ行くことを知ってる人も少ない。ネットワークにハッキングされたとか?

するとオルガは心当たりがあるらしく、片目を閉じて顔を曇らせた。


「どうせトドの野郎が口を滑らしたに決まってる。お前のMSを昭弘たちと出しといて正解だった」


オルガは私に、みんなには知らせていない本当のプランを教えてもらった。

元々トドは信用できなかったから、案内人と合流した少し後で同時刻に元々CGSが所有していた戦艦『イサリビ』に乗り換える予定を、念を入れて、トドの紹介した案内人と同時刻に合流させる計画らしい。

ミカちゃんにも、万一、いつどこで戦闘があっても対応できるようバルバトスを準備させておくという。

そういえば、私、知らないうちにガンダムを移動させられてたんだっけ。

そのことをオルガに聞いてみると、「言ってたつもりだったんだけどなあ」と言われた。わざと惚けてるようでもないようだし、本当に不手際だったっぽい。忙しいし仕方がないか。

私はコーヒーを少し飲んだ。私のぶんも、少しきつめに淹れてある。

トリップして、戦争に本格的に参加するようになってから、私はすぐお酒の味を覚えた。その後、ブラックの苦いコーヒーを飲めるようになった。

どちらも、精神安定剤のようなものだった。戦場での光景が目に焼き付き、どうしても離れられないときは酒でムリヤリ忘れようとしたし、連戦続きで気が狂いそうなときも酒でごまかした。

逆に、気持ちが興奮したりしたときは、コーヒーを飲むようにした。お酒を飲むようになったのは13くらいで、それから半年も経たないうちにコーヒーを嗜むようになった。

カフェインを取ると眠れなくなるとか言われてるけど、そんなことはない。特に私は若いせいもあって効き目が薄いのかもしれない。

コーヒー、特にブラックなんて大人の飲み物だと思ってたけど、いざ飲んでみると、大人とかそんなのどうでもよくなった。アルコールとカフェインに依存しているのだ、私は。


「すまねえな、巻き込んじまって。お前のMSはすでに治ってるんだ。戦闘をしたらまた……」


オルガがコーヒーを一口飲んだ。


「傷をつけるような使い方はしない。それに、今回の任務が終わるまで、ついてくよ私」

「いいのか? 最後まで付き合ったら、どうなるかわかんねえんだぞ」

「オルガや参番隊のみんなにはお世話になったし、初仕事がこんなに大変なことだったらね。私がいなくなってすぐ宇宙でどかーん! とか嫌だもん」


なによりこんな状態で彼らから離れることは非常に不安だった。正規の軍であるギャラルホルンの戦力に対し、こっちのMSはバルバトスのみ。しかも全員が、参番隊だけの宇宙の仕事や戦闘に慣れていない。

みんなもだいぶやり手だけど、あっちだってバカだけじゃない。今までの戦いは運が良かったんだ。

そしてなにより、私が彼らに情を持ってしまった。彼らに、もう誰一人として死んでほしくなかった。

私と、私のHi-νガンダムで少しでも役に経つことができるといいのだけれど。


「本当に、頼りにしていいのか?」


オルガは少し不安そうだった。それは、私に対する遠慮や、罪悪感も含まれていると思う。そんな顔だ。

でも、そんなの今更だ。私としてはオルガにだってたくさん世話になったんだし、ちょっとくらい恩返しはしたい。

私はふっと笑った。


「私の愛馬は狂暴ですよ? 社長」



to be continued…….



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