「いい朝ですね」

 振り向くとそこには綾部の姿。さほど高くない身長と細身な体つきは電柱の影に隠れる事を安易にさせている――正直今はそれが羨ましい。俺のこの、百七十七センチある身長を彼の頭に乗せてやりたい。

「お前が持っていったのか」

 顔をしかめながら吐き捨てると、無表情のまま頷かれた。

「だって岡本さん、ゴミが出された瞬間寝ていたじゃあないですか」

 糞。まさか同じ人物をストーキングする奴がいるなんて、予想もしていなかった。

「子供はそんなことをしていないで早く学校へ行けよ」

「岡本さんだって、出勤しないと」

 その通りだと、腕時計の針が伝えてくる。

 ああ、今朝は羽島君を見られないのか。あの糸目。常にやさしげに微笑んでいる唇……無念だが、致し方なし。

「じゃあ途中まで一緒に行こう」

 提案をする。この場にこいつだけ残して去れるか。

「いいですよ。それにしても岡本さんはいつになったら羽島を諦めるんですか」

 横に並ばれ、歩き出す。桜の花びらが視界を邪魔してきた。

「綾部こそさっさと羽島君を諦めろ。それと、彼は大学生なんだぞ? お前、年下なんだからちゃんと敬語を使えよ」

 鼻から息を吐きながら言うと、首を傾げられた。

「人の勝手でしょう」

 ――糞生意気な奴。拳をお見舞いしてやりたくなるのだが、年齢差がそれを止めさせる。

 駅まで歩いてゆくと、改札の前で綾部が立ち止まった。

「俺は定期を買わないといけないので、ここで失礼します」

「そう言いながら現場に戻るんじゃあないのか」

「まさか。遅刻するようなことはしませんよ」

 肩を竦めながら言う彼を見て、心の中で、よく言うぜと悪態をついた。


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