純然たるファクト


 同じクラスになる前から僕は康太《こうた》が好きだった。放課後に、テニスコートでラケットを振る姿をこっそり眺めてはため息をついていた。

 目にかかるくらいの長めな前髪が、ラケットを振るたびに宙へ舞って、綺麗な形をした額や凛とした眉が露になる。そんな姿を見ているだけで満足していたのに、まさか。

「圭《けい》のことが、好きだ。気持ち悪いと思うかもしれないけれど、付き合って欲しい」

 放課後、何となく教室に残っていたら、ジャージ姿でそこに現れた康太から突然言われた。

 ――これは夢なのではないだろうか。

 つばを飲み込みながら頷くことが精一杯だ。

 僕よりも高い身長をした彼を見上げていると、緊張していたような表情が一気に緩んでいった。その、窓から差し込んでくる夕日に照らされた泣きそうな顔が、すごく綺麗で余計に、身体は固まってしまう。

 廊下から、康太を呼ぶ声が聞こえてきた。

「それじゃあ、俺、部活あるから……返事はオーケーということでいいんだよな?」

 ベリーショートに整えている髪をくしゃりと撫でられて、顔が熱くなる。

 やはり頷くことが精一杯だ。

 ああ、そんな、嬉しそうにされたら――高鳴った胸が破裂してしまいそう。

 走り去ってゆく後姿もやっぱり綺麗で、熱くなった頬を何度も抓った。痛みを感じるので、きっとこれは現実だ。

 どうしよう。こんな、嬉しくて死んでしまう。足に羽が生えたみたい。ふわふわと、足元が定まらない。

 男同士だから絶対に無理だと思っていたのに。ずっと見つめ続けているだけで、話だってろくにしたことがない。だだ、時たま視線が絡む感じは覚えていたので……期待を持ち続けていてよかった。

 家にどうやって帰ったかは覚えていない。夢うつつな状態で、本当に、これが現実なのだと実感できない。

 ご飯も食べずにベッドへ入った。明日、康太にどんな態度を取ればいいのだろうか。

 いきなり彼氏面をするのはいけないだろうし、周囲にばれてはならないから、友達になりましたという感じで軽く接してゆけばいいのかな。いや、でも、それだと何だか寂しいような気がする――


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