涙雨


激しい雨が降りしきる中、千春はやっとの思いで公衆電話を見つけた。この世界も携帯電話が多く普及しているのだろうか。ぜぇぜぇと肩で息をしながら今は失われつつある公衆電話に手を伸ばす。


「あれ、こっちも110番でいいのかな…?」


真選組とか警察とか。そういうものが存在しているのは分かっているのに肝心の通報の仕方を確認していなかった。一瞬止まった手は雨のせいか寒さでガタガタと震えている。時間はない。これじゃあ自分の方が倒れて誰かに通報されてしまいそうだった。


プルルルル


電話は千春の不安をよそにあっさりと繋がった。ガチャッ。受話器を取る音とすぐに、ハキハキとした男の声が千春の耳を震わす。


「はい。こちら警察です。事件ですか?事故ですか?」
「あ、あのっ…!歌舞伎町の、公園近くの路地裏で人が倒れているんです…!」
「通報ありがとうございます。すぐに向かいますので、貴方の名前を教えて下さい。」
「え、あ、あの、私っ…!すぐ行かないといけなくて…。公園のすぐ側にある赤い屋根の奥です!お、お願いします…!!」


不自然極まりないだろうな、と自覚しながらも千春は慌てて受話器を元に戻した。戸籍も身元を証明する物も持っていない現状では警察のお世話になる訳にはいかない。   既に土方や沖田と絡んではいるのだが。
第一発見者は疑われるというし、事情聴取など受けないに限る。そう考えた千春は匿名での通報を選んだのだ。


念のため受話器の指紋を拭き取り、そそくさと逃げるようにその場を去った。自分は何も悪い事などしていないというのに。これではまるで自分が殺人犯のようだ。何だか惨めで情けない気持ちが千春を襲う。無意識に下唇を噛み締めながら、今はとにかく雨から逃れるべく急ぎ足で家路に向かう。


ドンッ


「きゃっ!?」
「…とっ、!やっと見つけだぜ」


下を向いていたせいか、真正面から人にぶつかった。反動で後ろに倒れそうになるのをぶつかった相手が力強い手で支えてくれる。慌てて顔を上げると、雨に濡れていつものパーマが半減した銀時が千春を見下ろしていた。


「銀、さん…!?」
「お華のババアから連絡あってな。たっくよー、随分探したぜ。雨の日に散歩たァいい趣味してんじゃねーか。」


ぐしゃぐしゃと千春の頭を撫でる手は大きく暖かい。雨の中、傘もささずに自分を探していたのだろうか。申し訳なさと嬉しさが同時に湧き上がる。不意に銀時の手が千春の頬を掠め、ピタリと動きが止まった。「…冷てぇな」ボソッと呟かれた言葉は豪雨のせいで千春は上手く聞き取ることができなかった。


「行くぞ」
「えっ?」
「こんな雨ン中いつまでも此処にいる理由なんざねーだろ。ババアにも連絡しねぇーと今度はババアが探しに来ちまう」
「で、でもお華さんの家あっちですよ!?」
「いや銀さん家の方が近いんだって。マジでもう雨ヤバイから。お前ガッタガタじゃん。震え方尋常じゃねぇじゃん。」


千春の手を繋いで、半ば無理矢理銀時は自分の家へと走り出した。千春は銀時の言葉で寒さと震えをハッキリと自覚した。震えているのはさっきから知ってはいたが、人に言われると余計に意識してしまう。雨のせいでべったりと肌に張り付いた着物が余計に体温を奪っているのだろう。


「….ごめんなさい」


銀時だって同じように濡れているのに。わざわざ雨に濡れながらも探しに来てくれたことに。お華にも心配ないと言ったのに迷惑をかけたことに。人が死んでいるというのに自分を守る行動しかできなかった事に。    誰に言うまでもなく雨の中に呟かれた千春の謝罪は、激しく地面に打ち付ける雨音にかき消されてしまった。


Azalea