仕事中


千春たちが去った後、無言でその背を見送る沖田の後ろから、タバコをふかした土方が歩み寄ってきた。

「おい総悟、何か分かったのか?」
「さァ?土方さんが昨日の夜こっそりキュービーのマヨネーズキャンペーンに応募してたことぐらいしか分かりやせんね」
「ちげぇええええ!そういうことじゃねぇ!捜査のことが捜査の!!」
「否定はしねぇーんですね」


まあ否定するも何も事実なんですけど。へっと心底馬鹿にした表情で笑う沖田に、土方の額に青筋が浮かぶ。事実だけれども。別に悪い事などしてないはずなのに何だろう、この敗北感。
ぐぬぬぬ、とまたしても喧嘩が始まりそうな雰囲気になった時、2人の背後から人影が現れる。ーーー真選組局長、近藤勲だ。


「おいおい2人とも。上のお前らが遊んでちゃ部下に示しが付かないだろう。」
「遊んでねーよ!つーかどう見てもストーカー帰りのアンタに言われたくねーよ!」
「近藤さん、また派手にやられましたねィ」


そうか?がははは!
なんて笑う近藤の姿は目も当てられないほどのボロボロぶりである。それでも組織のトップにいるのだから、世の中不思議なものである。今日も今日とて思い人にフラれ(ついでにボコボコにされ)朝の日課と言う名のストーカーを終えた近藤が仕事に合流するのも、果たして部下の教育にどう影響するか考えものである。


「それで?何か捜査に進展あったか?」
「あー、いや。特にこれといった目撃情報もないな。昨日は酷い雨だったし、外を出歩く人間もそうはいねぇよ。」


スパーッと煙草の煙を吐きながら、土方が答える。そう、昨日は大層な大雨だった。だからこそ匿名の通報者が雨の中路地裏で死体を発見したというのは、偶然とも考えにくいのだった。


「通報者は、万事屋と一緒にいたあの女、丁度あのぐらいの歳の声か。」


つい先ほどまで沖田と話をしていた人物たち。流石に会話までは聞き取れなかったが、沖田がわざわざ絡みに行くもの珍しい。何か理由でもあるのかと沖田を見れば、彼は表情をほんの少しだけ厳しくさせた。


「なんか臭うんでィ。」
「え!?俺臭い!?昨日風呂入ったんだけど!!」
「近藤さん、そうじゃねぇ…。…どういう意味だ、総悟。」

大袈裟にリアクションを起こし脇の臭いを嗅ぐ近藤にげんなりしつつ、続きを促す。適当なあしらい方にほんの少しだけショックを受けつつ、流れる真面目モードな雰囲気に近藤も沖田を見やった。


「不自然なんでさァ。」
「不自然?」
「笑いながら警戒して、こちらの出方を伺ってるような。何でもねぇ顔して何かに怯えてるようで。中々にドSの心を擽る…じゃなかった警察として要注意人物な気がしやすぜ。」
「何か途中変な感想聞こえたんですけど!?」


ふむ、と顎に手を当てて土方は考える。真面目なんだか不真面目なんだか分からぬこの男だが、こういう時の勘は、不思議なことに中々にして頼りになるのだった。

特別警戒するべき相手にも見えない。袖から覗く腕はひ弱で、ポキリと折れてしまいそうなほど細かったし、自分達とは似ても似つかぬ穢れない目をしていた。それはおかしい事ではない。普通に生きていれば、大抵の人間はそんな目をしているだろう。


だけど、何故か。


引っかかるのは、土方も一緒であった。上手く説明はできないが、何かが引っかかる。千春の笑顔には、どうにも江戸の街に似合わぬ何かがある気がした。


「…ま、こういうのは得意な奴にやらせるべきか」


短くなった煙草の火を消しながら、にやりと笑う土方。そしてその笑みに、嫌な予感を敏感にも感じ取ったのは3人からは離れた位置で様子を伺っていた1人の監察者だった。

Azalea