とりあえず


「ふざけてんのテメェは」


スパーッと勢いよく出る煙草の煙と共に漏れる説教は目の前の部下によく響いた。土方の命令で罪もなさそうな一般市民を監察したというのに、この仕打ち。いや、でも、あの、何てもごもご口ごもりながらも自分の言い訳など何の意味もない事を長い経験でよく知っている。散々殴られた頬をかきながら、監察者ーーー山崎は「すみません」と小さく項垂れた。


「これのどこが報告書?ただの日記の間違いだろ。とりあえず百回切腹しやがれ」

「ちょ、切腹って自分でするもんですよね!?何で副長が刀構えてんすか!」

「うるせぇ。」


嗚呼、何て横暴な上司だろう。転職してやると心の中で百回以上は呟いた気がする。ギラリと光る、まるでヤクザのような眼差しから山崎を救ってくれたのは、意外にも沖田の声だった。「何してんですかィ」どう見ても刀を振り落とされる寸前の部下の顔を見て顔色ひとつ変えない。そりゃそうだ。この人も理不尽にこの上司に刀を振り落としてるのだから。


「何してんじゃねぇーよ。つーかお前も何当たり前のようにサボってんの?いっつもいっつもあの激辛団子の出所はここかよ!」

「いやだなあ。仕事に忙しい上司に気遣って活気のある食いもん差し入れしてるだけじゃねぇですかィ。」

「その仕事増やしてるのお前ぇえええ!!」


ぜぇぜぇと肩で息をする土方に比べて沖田はのらりくらりと表情ひとつ変えない。その温度差は毎度のことながら、飽きないものだと山崎は思う。とばっちりを食らうのは御免なので顔に出さないように気をつけ哀れみの心で土方を見た。目があった。近くにあった硯が顔面目掛けて飛んできた。どうやら上司は負の感情に敏感らしい。


「とにかく、佐藤千春は今の所見逃してやるが、万事屋同様ちょっとでも怪しい動きがあれば叩っ斬る。いいな。」

「へーへー。あんな細っこい腕一瞬でへし折ってやらァ」


この人ならやりかねないな、と心から同情する。ただその日は来ないだろうという謎の確信が山崎にはあった。勿論根拠などない。言うなれば長年監察をして悪事を働く人間や無害な人間を見てきた自分の勘だろうか。見た目で判断する訳ではないが、とても悪い人間には思えなかった。少なくとも自分達が刀を抜くような相手ではないと思う。


「あー、そーだ土方さん。さっき近藤さんが呼んでやしたぜィ。」

「あ?……さっきって何時だ」

「さァ?ざっと2時間ぐらい前だったかな。」

「………………分かった」


随分と長い沈黙の間に、土方の額に浮かぶ青筋は何本浮かんだだろうか。怒鳴りたい気持ちを渾身の力で踏みとどまったように低く短く返事を落とす土方に山崎は心の中で拍手を送る。因みについ1時間程前に沖田が縁側で昼寝しているのをしっかりと確認していたのは聞かれるまで黙っておこうと思う。本当に、よくこんなので隊士一の剣の腕を持つのだから世の中は全くもって不公平である。


「そ、それじゃあ俺も仕事に戻りますね」

「あぁ。…山崎、近頃また高杉の目撃情報が増えてる。警戒を強めろと見回りに言っておけ。」

「あ、はい!」


鋭く光る土方の瞳に思わず山崎の背が真っ直ぐに伸びる。果たして自分達が高杉を見たとして、そう簡単に捕まえられるだろうか。否、断言できる。不可能だと。できれば沖田か土方が一緒の時に会いたいものだ。高杉の狂気に満ちた瞳を思い出し、ぞくりと震える心臓を抑え山崎は土方の部屋を後にした。

Azalea