青い瞳と遭遇


梅雨が明け初夏の匂いがじわりと江戸の街を包み始めた頃。定休日により暇を持て余した千春はぶらりと街を散策していた。ここに来てからどれ程月日が流れただろう。今ではすっかりこの世界観がごちゃまぜの景色も見慣れて来てしてまった。


「(…、あれ)」


ふと、広い公園の前を通りかけた頃。鮮やかな赤色が視界に入り思わず足を止めた。地面に落書きでもしているのか、小さな丸い背中が蹲っている。それは此方では珍しい洋服だった。背格好からまだ成熟していない少女だと思われる。何となくその後ろ姿を眺めていると、突然くるりと少女が振り返った。


「私の背後を取ろうなんて百年早いネ。」


正確には彼女たちの間には十分すぎる程の距離があり、背後を取るという言葉は成立しないであろう。しかし自分は少女が視線を感じる程見つめすぎてしまっていたのかもしれない。逸らされない視線を受け困った千春は少女の元へと足を進めた。


「ごめんね。洋服が珍しかったから、つい見過ぎちゃった。」

「ふん。この神楽様が可愛くて見過ぎるのは当然の事アル。」


立ち上がった少女は手に持っていた細い枝を放り投げ腕を組んだ。それから、つん、っとそっぽ向いて横目で千春を睨む。強がりなのか本音なのかは分からないが、少なくとも注目を浴びる事は多々ある事なのだろう。透き通るような白い肌に澄んだ青い瞳は人形のようであったし、洋服ーーしかもチャイナ服ーーではその視線に何の意味が込められていようと集まることに変わりはないだろう。


「うん。すごく可愛くて吃驚しちゃった。」


そうお世辞なくそういえば、青い瞳はまん丸く大きく見開いた。パクパクと数回口を開閉したかと思うと、組んでいた手を落とし力が抜けたように千春を見た。その意外な反応に今度は千春がパチクリと目を瞬かせた。もぞもぞと口を動かしたかと思うと、小さい少女の声が千春の耳に届く。


「お前、変わってるアルな。」

「そうかな?本当の事なんだけどな。」

「私の周りはすぐゴリラだの怪力娘だのレディに向かって失礼な事ばかりか言うアル。」

「えー?!こんな可愛い女の子にそれは失礼だね。」


ふて腐れたように頬を膨らます少女からはとてもそのようなあだ名(?)が付けられる様には見えない。寧ろか弱い女の子にしか見えなかった。意地悪な友達が多いのか、はたまた好きな子ほどなんちゃらの心理によっての発言なのか。不満気な少女が嫌な思いをしてるのならどっちにしろ良くない事だろうけれど。


それにしても、と千春はマジマジと少女を見た。どうも先程から何かが胸をつっかえていた。チャイナ服に見覚えがあるわけではないのだが、妙に既視感の様なものを覚えたのだ。そう遠くない過去の何処かで、何か引っかかるものがある気がしてならない。ぐるぐると1人考えに耽っていると、ぐぅうううううという盛大な腹の虫が騒ぐ音が響いた。


「…え、と」

「……まだ、オヤツ食べてないネ」

「ふ、ふふふ」

「何笑ってるネ!オヤツを笑うものはオヤツに泣くってテレビで言ってたヨ!!」


ぽつりと呟かれた一言に、思わず笑い出してしまうと少女は憤慨だと言わんばかりの声を荒げた。その理由も何だか可笑しくて、千春は緩んだ頬を引き締める事ができなかった。「ごめん、ごめんね」くつくつと肩を揺らしながら謝れば、勿論誠意は伝わらなかっただろう。少女はむっつりとした顔で千春を睨んだままだ。


「えー、と。じゃあ一緒にお団子でも食べに行く?笑っちゃった事と、ガン見しちゃったお詫びに。」

「行く!!」


先ほどの怒りは何処へやら。千春の提案に目をキラキラして少女は大きく返事をした。「ひゃっほー!タダ飯アル!!」くるくるとそさの場でご機嫌に飛び跳ねる姿に、また千春の笑いが止まらなくなるのだった。

Azalea