昼下がりの日常


自分の店が休みという事もあって、千春は銀時に教えて貰ったオススメの甘味処に神楽を連れてきた。ライバル店だろうに人の良い笑みを浮かべ店主は千春達を出迎えてくれた。「どう?いっそこっちで掛け持ちでもしない?」そんな軽口を叩きながら店主はオマケだよ、とメニューにない羊羹を二つプレゼントまでしてくれる。


「神楽ちゃん、何食べる?」

「全部!」

「あは、みたらしと餡子ときな粉二つずつ下さい」

「無視アルか?無視したアルか?」


天気も良かったので二人で道に面した縁台へと腰掛けた。ワクワクとメニュー表を開き、さらりととんでも注文する神楽の意見をスルーして千春はにっこりと財布に見合った注文をする。
不服そうに頬を膨らます神楽が可愛くて、ついぷにっと頬を摘んだ。「ぽへっ」なんて口から漏れた息が何だか愛らしい。


「そういえば何で私の名前知ってるネ。」

「え?さっき自分で名乗ってたよ。」

「不公平ヨ!お前の名前も教えるヨロシ」

「それもそうだね。初めまして。佐藤千春です。さっきはごめんね。」


笑って右手を差し出せば想像以上に強い力で握り返された。「別にもう気にしてないアル」そう言った神楽の顔は本当に気にしてなさそうで、細かいことは気にしない性格なのか切り替えが早いのか。ご機嫌に足をぷらぷらさせる神楽に千春もこれ以上謝るのをやめる。


「神楽ちゃんって、普段も洋服着てるの?」

「おうヨ。チャイナ服は男の妄想を育てる良い武器になるからナ。」

「う、うーん?」


メイド服然り、彼シャツ然り。確かにチャイナ服も男の浪漫に該当する……のか?納得した様なしない様な微妙な気持ちでいる千春の元に、注文通りの品物が届く。「まー、スリットから覗く生脚ってのも堪んねぇのは間違いないわな。」余計な一言もついでに。


「ロリコン…」

「いやいやいやいや!違うからね、おじさんそんなんじゃないからね!あくまで一般論!世間の意見を代弁しただけだから!」

「大声で言う程怪しいアル。もう私に近づかないで。」

「神楽ちゃーーん!?普段どんだけ君たちのツケ待ってあげてるとおもってんの!?」

「それは銀ちゃんに支払い義務があるから私には関係ないネ。」

「殆ど食べてるの君だけどね!?」


全くもう、なんて言いながら他の客に呼ばれ去っていく店主の背中を見送り、一つ目の団子を噛る神楽に振り返る。「……銀ちゃん?」ピンッと一つの糸が繋がった気がした。ぼそり呟いた千春の声に反応し神楽も千春に振り返る。


「銀ちゃん知ってるアルか?万事屋銀ちゃんこと坂田銀時。私の下僕アル。」

「……あ、あー!そっか、そう言えばうちの神楽ちゃんってもろ名前言ってたんだ!チャイナってそのまんま服装で言ってたんだ!そっか、そういうことか!」

「何一人でブツブツ言ってるネ。気でも狂ったアルか?」



あの時は沖田の視線が怖くてあまり二人の会話を記憶に残している余裕も無かった。
チャイナ、と沖田が呼んでいた子。うちの神楽ちゃん、と銀時が言っていた子。その子が今目の前にいる少女だ。何ともまあ、世間は随分と狭いらしい。


「ごめん。うん。銀さんには凄くお世話になってるの。それで、この前神楽ちゃんの事が少し会話に出てるの聞いて…」

「私の?」

「うん。沖田さんが、チャイナって呼んでて。…お友達?」


何気なく聞いたその一言に、神楽の顔がこの世の元と言えないほど歪んだ。思わず「ひっ、!」と小さく悲鳴が上がるぐらいには、一瞬の間に凄い変わりようである。その変化に聞かなくても分かる。友達のわけがない。


「冗談じゃないないネ!!あんなサド野郎なんて土下座されたって友達になんてなってやんないアル!!」

「そ、そうなの?」

「まあアイツが?褌一丁で?鼻水撒き散らしながら土下座して神楽様友達になって下さいって言ったら下僕ぐらいにはしてやっても良いけどナ!」

「冗談じゃねぇですぜ。てめーの下僕になるくらいならミジンコに頭下げだ方がマシでさァ。」


神楽の言葉が言い終わらないうちに、第三者の声が千春の耳に届く。それと同時に、勢いよく何かが側を横切った。


ガキィンッ   ……!


金属同士がぶつかったような音がして、キーンと響く耳を抑えた。何事かと音のなった方を見れば神楽に刀を振りかざす沖田と、それを持っていた傘(ただの傘じゃなかった事にも驚いた)で受け止めている神楽の姿があった。可笑しい。色々可笑しい。

驚き何も言葉が発せれない内に、神楽が傘で薙ぎ払い素早く右足を蹴り上げた。が、それも沖田が刀で受け止め二人は店外に勢いよく飛び出して行った。


「…っ神楽ちゃん!?」

「千春はそこにいるヨロシ!このクソサドォオオオ!乙女のおやつタイムに何するアルか!!」

「え?乙女って何処にいんの?え?まさか目の前の鼻息荒いゴリラの事ですかィ?え?いつからゴリラの事乙女って言う法律が始まったんで??」

「ムッキィイイイイイ!!!」



飛ばされる罵声と罵声。繰り広げられる素早い攻撃と防御。呆然とその光景を眺めていると、「お、ラッキー。みたらしじゃん」と軽い声が届く。人が買った商品をラッキーだなんて一言で食べてはいけない。そんか常識は自分だけのものだったのかもしれない。いつの間にか隣に銀時が座っていて、当たり前の様に千春の皿から団子を一つ拝借して相変わらずの死んだ魚のような目でぼんやりと神楽たちの姿を眺めている。

まあいいけど、なんて呆れた顔で見やるとそんな視線の意味さえ気にしてないのか銀時はチラリと視線だけ千春にやって、ふ、と口元を緩めた。


「すっかり馴染んだな、お前」

「馴染んでる、んですかね、これ。すっかり置いてけぼりなってますけど。」

「まあそのうち飽きたら終わんだろ。」



くあ、と大きく欠伸をする銀時にそんなものなのかと目の前で広がる凄まじい乱闘を眺める。道行く人まで慣れてるようにやれやれだなんて顔で二人のそばを避けて歩いていた。そうか。これが日常か。

空を見上げれば呆れるくらい澄み切っていて、どうやら歌舞伎町はこれぐらいが平和らしい。

Azalea